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南会津生活記

南会津での日々の〝ひとコマ〟をご紹介しています。
by s-k-y (presented by taito)

イザベラ・バードが歩んだ道 その5

2008年05月13日 06時37分29秒 | いにしえへの思い
旅も二日目!
前日の疲労と筋肉痛と足に出来たマメに耐えながら、朝4時起床、5時20分の電車に飛び乗り、今日のスタート地点である〝会津下郷駅〟へ!場所はここ→Mapfanの地図



前日の昼間の暑さは何処へやら!?濃い霧が立ち込め、空気がヒンヤリする朝となりました。

日本奥地紀行『水田を通りすぎると、荒海川という大きな川に出た。私たちはその支流に沿って二日間とぼとぼ歩いてきたのであった。』
イザベラが言っていた川が下の写真に写っている〝阿賀川〟だと思います。そして支流とは山王峠に流れる山王川のことだったと思います。



駅から2kmちょっと、ようやく下野街道の入り口に辿り着きました。
田島宿からここまでは国道121号となっているので省略して、ここからがスタート 場所はここ→Mapfanの地図





前日歩いたルートには下野街道の痕跡は残っていませんでしたが、ここから大内宿までの間にはこのように当時の雰囲気を楽しめる街道跡が残っています。



途中にはこのようなご神木も!



新緑に包まれた爽やかな区間もあれば、このように陽の光が遮られたちょっと寂しい区間もあり、ワクワクドキドキ好奇心が掻き立てられます



    
イザベラ・バードが歩んだ道
一日目 旅のはじまり その1 その2 その3 その4 番外編(鴫山城)
二日目 その5 その6 その7 その8 その9 その10 


鴫山に登ってみた!

2008年05月10日 07時10分48秒 | いにしえへの思い
〝イザベラ・バードが歩んだ道〟が田島まで来たところで、以前散策した田島のシンボル!?鴫山の写真をご紹介します。場所はここ→Mapfanの地図
上の写真の尖がり山が鴫山です。



ここには昔、お城があったそうで、石垣の一部が復元されています。





山の中を進むと神社がいくつか点在。



あまり訪れる人がいないのか、苔がビッシリ
切り倒された木の幹にも苔が生えていて、かなりの時間が経過しているのでしょうね!



石段にも苔が!
寄進した方の名前も苔に覆われ、歴史の一部となっていくのですね



鴫山の頂上には軍神を祭った神社があります。



ここからの眺めはなかなかなもの 解説によると標高749mだとか!
こうして見ると平地が少ないですね!まさに山間の町。





この頃はまだ緑も少なかったのですが、今では周囲の山が新緑で盛り上がってきました。その写真はいずれまた!


イザベラ・バードが歩んだ道
一日目 旅のはじまり その1 その2 その3 その4 番外編(鴫山城)
二日目 その5 その6 その7 その8 その9 その10 


イザベラ・バードが歩んだ道 その4

2008年05月09日 08時11分07秒 | いにしえへの思い
イザベラが嫌った川島宿を後に、この日のボクの旅もいよいよ終盤。
体力的にも限界に
会津鉄道に沿ってブラブラよたよた歩き続けましたが、スイセンや菜の花以外には特筆・特写する被写体も無く、歴史的な風情も無く、ただ歩を進めただけでした



しばらく歩くと会津鉄道の中荒井駅に到着。場所はココ→Mapfanの地図



この近くに〝開当男山酒造〟があったなと思い立ち、寄ってみることに!
どこか絵になる場所は無いかな~と見回していると、裏手の方に雰囲気の良い祠がさらに奥に廃校となった小学校の校舎とシダレザクラ
訪れる人もほとんど居ないのでしょう。近所の方々だけが楽しむ憩いの地と言った感じでした。



廃校とシダレザクラに出会えて、この日の写欲はほぼ満たされたのでした
最後に〝枇杷のかげ運動公園〟で桜と鯉のぼりをパシャ






 日本奥地紀行『私たちは田島で馬をかえた。ここは、昔、大名が住んでいたところで、日本の町としてはたいそう美しい。この町は下駄、素焼、粗製の漆器や籠を生産し、輸出する。』
この前の川島宿とは大違いの賛辞ですね!
イザベラはここには泊らず、次の宿場〝大内宿〟へ向かったようです。



ボクの一日目はココまでが限界
ここまで約20km。
明日は大内宿まで行く予定でしたけど、どうしようかな~。ビール飲んだら動けなさそうだな~ そんな事を考えながら一人打ち上げのおつまみを買出しに向かったのでした!
(結局、次の日も4時起きで旅立ちました



イザベラ・バードが歩んだ道
一日目 旅のはじまり その1 その2 その3 その4 番外編(鴫山城)
二日目 その5 その6 その7 その8 その9 その10 


イザベラ・バードが歩んだ道 その3

2008年05月08日 12時33分40秒 | いにしえへの思い
糸沢宿を出て、またトボトボ歩き出しましたが、国道121号は大変な交通量!栃木県方面から次から次へと関東ナンバーの車がやってきます。まるで、関東で何事かがあって非難してくるかのように、家族連れでたくさんの荷物を積み込んだ車の列が続きます。ゴールデンウィークですからね!
こんな状況で排ガスの匂いのする国道沿いを歩くのは辛いので、国道をそれて農道を歩くことに 一気にのどかな雰囲気へ!


ふと見上げると雪がまだ残る七ヶ岳が雲の中から姿を見せ始めました。
いずれ登ってみたいものです。



30分程歩いてようやく小さな集落が!
ここには茅葺屋根の古民家が今でも現役で使われていました。



日本奥地紀行『川は広くなって静かな流れとなり、かなり大きな水田の中をのろのろと流れていた。』
糸沢宿の前後から、このような景色が広がっています。



日本奥地紀行『最後の宿場間を歩いて川島に着いた。ここは五十七戸のみじめな村であった。』
上の写真で右の方に見える集落が川島宿。場所はココ→Mapfanの地図
イザベラは馬が疲労していなければ一気に田島宿まで行きたかったでしょうに、歩きではここが限界だったようです。あと5kmくらいだったのに
おかげで酷い宿屋に泊まらなければならず、この時のエピソードからもイザベラがこの集落を上の文章のように表現したのでしょうね!
ここまでの表現を残すということは、相当まいったのでしょう





この辺ではまだまだ春の花が最盛期でした!
疲れもいえます



イザベラ・バードが歩んだ道
一日目 旅のはじまり その1 その2 その3 その4 番外編(鴫山城)
二日目 その5 その6 その7 その8 その9 その10 


イザベラ・バードが歩んだ道 その2

2008年05月07日 20時58分27秒 | いにしえへの思い
阿賀川がクネクネと谷間を流れていきます。
ワンコに追い立てられながら、ようやく国道121号、旧下野街道に出ました




 日本奥地紀行『長い山路を登ると、高さ2500フィートの峠の山頂へ出た。』
これが国道121号の山王峠のことだと思います。
上の写真の先にその峠があります。→Mapfanの地図
そちらへ行けば旧街道は残されているようですが、山道を歩くのが今回の趣旨ではないので、ここから国道伝いに宿場町の旧糸沢宿へ!

 日本奥地紀行『山々や峡谷のすばらしい眺めがあった。』
淡白な文章ながら、自然美を堪能しながら歩んだ事が伺えます。


まずは糸沢集落へ辿り着きましたが、ここで休息することに。
糸沢は会津鉄道〝七ヶ岳登山口駅〟がある場所として名が知られています。→Mapfanの地図



この無人駅で遅めの朝食を食べながらしばし休憩
久々の猫背のs-k-yの登場です。



糸沢宿は峠を越えてきて最初に辿り着く宿場町ですが、イザベラはここでは泊らず、つまづいてばかりいる馬をここに置いて歩いて次の宿場へ向かったようです。
現在の糸沢は本陣が残されている程度で、これといった歴史的な雰囲気は残されていませんでした。



集落内にあるお寺は春花でいっぱい



歴史的な雰囲気はありませんでしたが、小綺麗なパン屋さん発見!
でも、開店が遅い。。。今の時間は9時前、お散歩フォトの楽しみの一つでもある〝買い食い〟はまたお預けとなってしまいました



イザベラ・バードが歩んだ道
一日目 旅のはじまり その1 その2 その3 その4 番外編(鴫山城)
二日目 その5 その6 その7 その8 その9 その10