ユラーナ Ulana - A bridge between Japan and Overseas Countries

龍神由美のブログ。江戸の面影を残す川越に、先祖代々300年住んでいます。私の川越暮らしを綴ります。

Long-long-ago in Kawagoe No.26アップとなりました

2017年05月01日 | 川越今昔ものかたり
小江戸川越観光協会の英語版HPに掲載しているLong-long-ago in Kawagoeの26号がアップとなりました。(事情により、4月はお休みになってしまいました。)

今回は明和4年(1767)以来、七代約百年間、川越城の城主であった松平大和守家の後、川越城主となった松平周防守康英について書きました。

周防守家は、関ヶ原の戦い以前から徳川家康の家臣でありました。初代は、松井左近忠次といいましたが、家康から「松平」の姓と一字をもらい「松平康親」を名乗りました。

時を経て、時代は、幕末。周防守家の13代当主は、康英。康英は、幕府から遣欧使節の副使として、フランス、イギリス、オランダ、プロシア、ポルトガル、ロシアを一年かけて訪れました。帰国して間もなく、康英は、慶應元年(1865)に、老中職につきました。

その翌年、康英は、棚倉から川越への移封を命じられ、川越城主となりました。幕末の動乱期にあって、康英が、川越城に入ることが出来たのは、明治になる直前でした。

今も、周防守の家臣であった方の子孫は、川越に住んでいらっしゃる方も多いです。

動乱期を生き抜いたお殿様の立派なお墓は、小仙波町の光西寺にあります。合掌。




ユラーナ
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