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妻の由紀子さんを殺した警察官(中田充さん)を擁護しちゃダメなの?

2017年06月10日 17時10分39秒 | 善悪中毒(最初に読んで)
小郡市で、現役の福岡県警の警察官が、妻子3人を殺害したという事件のニュースが、世間を騒がせているようですが・・・
周囲の人たちの評価としては、一見、この家族は「理想の家庭」と言われるくらいの印象だったらしいし、容疑者(犯人?)の中田充さんについても、普段から変な言動があったわけじゃなく、職場でも警察官としての仕事をマジメにやっている「いい人」という印象だったらしいね。
 
「なんで、あんなに良い人が、こんな事件を起こしたの?」
「なんで、あんな立派な家庭に、こんな悲劇が起こるの?」
 
こんな風に思っている世間の人々が、沢山いるらしいけど、この事件の裏側に、一体どんな背景があったのか?という事が、あれこれ追加で報道されてるみたいですね。
 
実は、すでに数年前から夫婦仲が上手く行ってなくて、離婚したほうがいいのだろうか?といった悩みを、充さんは知人に語っていた?
でも、家庭内では、充さんは無口なほうで、あまり文句を言ったりしない人だった?
逆に、妻の由紀子さんのほうは、教育熱心な感じの人で、それゆえに、あれこれ悩みを抱え込んでしまって、色々と文句ばかりを言っていた?
子供は2人とも発達障害だった?(生まれつき周囲と接するのが苦手な面がある子供だったとニュースで言ってる)
 
まあ、どこまでが本当の情報なのかは分からないので、推測でしか語れないんだけど、色んな苦労話があったのだろう、という事は間違いないだろうねぇ・・・
何も無かったのに、いきなり、こんな事件が起こるハズがないし・・・
もし、家族を殺しても罰せられるような法律が存在しなかったとして、「家族が気に入らないんだったら、殺してしまってもいいんだよ!」なんて事を、どこかの偉い人が言ったりしたからといって、実際に殺してしまおうとする人なんて、ほとんど存在しないだろうし・・・
ましてや、中田充さんは「警察官」であって「正義の味方」なんだから「人殺しは悪だ!」くらいの信念を持っていたとしても不思議ではないだろうし・・・
 
じゃあ、なんで中田充さんは、こんな事件を起こしてしまったの?
という事について、ヒントになりそうな絵本があったので、紹介してみます↓
 
平和の絵本「子供を愛しなさい!」
http://www.j15.org/MustLove/Picturebook-ChildAbuse/index.html
 
平和の絵本「平和主義?」
http://www.j15.org/Picturebook-Pacifism/index.html
 
妻の由紀子さんは、もしかしたら「子供を愛することは善」「子供を愛せないことは悪」という善悪中毒になってたのかも知れないね。
だから、一生懸命、子供を愛せる母親になろうと努力していたけれど、それが出来ない・・・
でも、子供を愛せないままでは母親として失格なので、熱心に子供を教育する事で、子供たちを、なんとか「良い子」に変える事によって、愛そうと努力した・・・
「しつけ」「教育」などという便利な言葉を使いながら、来る日も来る日も、自分の価値観を子供に押しつけ続けた(もちろん善意)
その結果、子供たちは恐怖に怯えるようになって、ますます何も出来ない、ますます母親の言う事を聞かない子供へと育ち、「発達障害」の状態に該当する子供たちを作り上げる事ができた。
だが、このような状況を、夫の充さんは、何年も前から心苦しく思っていて、子供たちが、かわいそうだと思っていた。
でも、ちょっとした事で怒鳴ってしまうようでは「警察官」としては、カッコ悪いので、不満はあったが、妻の由紀子さんに対して強く言うことが出来なかった。
でも、心の中では「この、バカ女は、いつまで、こんな事を続けるつもりなんだ?」という思いが積りに積もっていて、ある日、ついに限界を超えてしまった。
「ぶっ殺してやる!」
 
・・・まあ、上記は、僕の勝手な想像でしかないのですが、こんな感じの心理状態でもあったんじゃないかな?なんて思ってしまいました。
こんな事になるなら、その前に、さっさと離婚でもしておけば良かったのに・・・
という風に、他人の視点から見れば、そう考えてしまいたくなる部分もありますけど、そういう面についても、異常なほど世間体を気にする心のクセのある人や、必要以上に美化された教育を受けて大人になってしまった人だったら、「離婚」=「悪」という善悪中毒から抜け出せない状態になっている可能性もありそうだね。
そうだとしたら、「離婚」という言葉を聞いた瞬間、耳をふさいでしまって、マトモに話し合いさえ出来ないような状態だったのかなぁ・・・
まあ、上記のような状態が、今回の事件の家族に該当するという証拠はありませんけど、「警察官」という立派な職業を目指す人だったり、「警察官」という立派な肩書きのある人との結婚を望む人だったり、そんな感じの人って、そういう傾向があるんじゃないかなぁ?
たまたま好きな仕事が「警察官」だったとか、たまたま好きな人が「警察官」という肩書きを持ってる人だったとか、そういう理由で結婚した夫婦だったら、こんな事件に発展してしまう事は、あんまり無さそうな気がするんだけど、実際には、その逆のパターンの人のほうが圧倒的に多いだろうから・・・
とにかく「立派であることは善」「立派でないことは悪」みたいな善悪中毒に陥ってしまっている人って、下手にかかわってしまうと、色々と厄介な事になりそうだね(汗)
そして、そういう人にとっては、自分の子供が障害児だったりすると、余計に落胆してしまうのかも知れないねぇ・・・
だから「立派であることは善」「立派でないことは悪」みたいな善悪中毒に陥ってしまっている人には「発達障害は治らない」という説は受け入れられないので、「発達障害は治ります!」みたいな説が必要になってくる・・・
って、今まで、このブログで何回か書いてきたような事を、また書いてるけど(汗)
まあ、何だかんだ、ごちゃごちゃ書いてしまったけど、上記は全部、僕の勝手な想像ですので、変な事を言ってやがるなーと思う方がいましたら、コメントで指摘して下さってもいいし、スルーして頂いても構いません(汗)
 
それにしても、こんな感じの事件が起こるたびに、ネット上では「犯人の家庭には色々な事情(背景)があったという事は理解できるが、だからと言って犯人を擁護するつもりは一切ない!情状酌量の余地も全くない!厳しく罰せられて当然!」みたいな書き方をする人達がいるんだよね(汗)
あのぉ・・・犯人を擁護するつもりが一切ないんだったら、犯人の家庭の事情なんて何も考えずに、ただ単に犯人の批判だけしてればいいんじゃないの?
何が目的で、犯人の家庭の事情について考察してるんだろう?
「自分は、これだけの知識や理解力があるんだぞ!」っていう自慢がしたいのかな?
そして「犯人を擁護するつもりは一切ない!」っていう、この決まり文句は、結局は「自分を守るため」に書いてるんだろうね。
だって、悪人の味方をしてしまったら、自分も悪人だと判断されてしまう!っていう善悪中毒に陥ってしまってるんでしょ?
 
僕は、この犯人を「悪人」だなんて思わないよ。
でも「善人」だとも思わないけどね・・・
ただ、大変な事件が起こってしまったな~
いったい何が原因だったんだろう?
どうすれば、こんな事件が起こらずに済んだのだろう?
どうすれば、この犯人の心の闇を解放して、もとの生活に戻せるんだろう?
 
僕が考えている事は、それくらいの事でしかないんだけど、これだと犯人を擁護してるって事になるのかな?
まあ、そんな風に思われたとしても別に構わないけどね。
犯人は死刑になるのか?無期懲役になるのか?それとも無罪?なんて事を、ずっと考え続けるよりは、未来の事件の予防に結びつく事を考えているっていう自負があるから・・・
 
平和の絵本「犯罪を減らさない方法」
http://www.j15.org/failure/Picturebook-Crime/index.html