先日から、しばらく活動休止とか言ってたけど、マララさんには、やっぱり心を突き動かされるものがあるよね・・・
まだ体調的にキツイというか、「桂枝加竜骨牡蛎湯」(ケイシカリュウコツボレイトウ)とか飲んで、少しはマシになってきたかも知れないけど・・・
体調が悪くなってくると、ブログで書く文章の内容まで怪しくなってくる?ような気がするので、しばらく「超ひかえめ活動」みたいな感じで行こうかな?
・・・で、本題ですけど、ニュースとか見てたら
「ノーベル平和賞を受賞し感動的なスピーチをしたマララさんに対して、母国・パキスタンでは反発も出ているようです。」
「欧米を敵視する保守派はマララさんの受賞を無視。報道した一部メディアも【世界中が彼女の努力を称えているが、パキスタンの大半の人は受賞に無関心か、敵意をむき出しにしている】としています。」
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2370432.html
そして、こういうニュースの感想として、「マララさんはノーベル平和賞に値しないと、低く評価されているからだ!」みたいな事を言ってる人も多いけどさぁ・・・
「ノーベル平和賞に値するか?値しないか?」
という視点から一歩下がって、もうちょっと単純に考えてみてよ!
マララさんは、今でも、イスラム過激派の人たちから、命を狙われてるんだよ?
そんなマララさんの受賞を、盛大に祝福するような事を言ったら、そういう発言をした人たちは、どうなるんだろうね?
「お前らも、マララの仲間か?!」
こんな風に、イスラム過激派の人たちから睨まれて、自分にも命の危険が及ぶ可能性が発生するとは考えられないかな?
たぶん、マララさんの受賞を、心の中では喜んでるんだけど、「関心が無いフリをしてる」とか「敵意をむき出しにしてるフリをしてる」人たちって、結構いるんじゃないかな~って気がするんだけどね。
それにしても、先日のマララさんの、ノーベル平和賞の授賞式スピーチは、素晴らしすぎ!
なんで、17歳で、あんなスピーチが出来るの?
なぜ「強い」といわれる国々は、戦争を生み出す力がとてもあるのに、平和をもたらすことにかけては弱いのでしょうか。
なぜ、銃を与えることはとても簡単なのに、本を与えることはとても難しいのでしょうか。
なぜ戦車をつくることはとても簡単で、学校を建てることはとても難しいのでしょうか。
あまりにも名言すぎる・・・(汗)
なんでマララさんが、ノーベル平和賞に選ばれたのかが、分かった気がした・・・
マララさんはノーベル平和賞に値しない!とか批判してる人たちって、自分が17歳の時、マララさんがスピーチで語った内容よりも、もっと深い事を考えていたんだろうかね?
自分のほうが天才だとか思ってるんだろうかね?
ちなみに、マララさんの、ノーベル平和賞の授賞式スピーチの全文(日本語訳)が、ネット上にあったので↓
http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/10/nobel-lecture-by-malala-yousafzai_n_6302682.html
マララさんを批判したいなら、せめて、これよりも深い事が言えるようになってから、批判して下さいね☆
それから、最後に一言だけ。
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「なぜイスラム教の女性は自由に教育を受けると殺されなければいけないのか?」