徒然なるままに~のんびり、ゆったり、こまやかに

猪突猛進型の60代。そして卵巣がんですっ転んで8年。目指すはのんびり、ゆったり、細やかな生活!無理かなー(#^.^#)

「あした、二階でお留守番です」-急性胃腸炎は保育園の冬の風物詩ー

2016-11-26 10:03:15 | 子どもの情景
金曜日は私の保育園お迎え当番。
この日は仕事も順調に終わって、
予定通り4時前に保育園に到着した。

2階の年中組に迎えに行くと、
いつも飛び出てくるKJが出てこない。
「あ、KJ君は下の事務室です」と担任の先生。
あれ、おかしいなと思ったが、
すぐに1階に引き返した。

事務室には園長先生と主任の先生。
KJは椅子に座って、ビニール袋に顔を突っ込んでいた。
ま、ま、まさか、「あれ」ではないでしょうね・・・。
でも、そのまさかの「あれ」だった。

「あれ」とは「急性胃腸炎」。
またの名を「保育園や幼稚園の冬の風物詩」ともいう。

今まで、キャッキャと元気に遊んでいた子どもが、
急にしゃべらなくなったかと思うと・・・
「オエッ、オエッ」と始まるあれだ。

その場はあっという間に吐しゃ物でうまる。
殊勝な子はトイレや洗面所に駆け込む。
まだ、4歳、5歳というのに思わず偉いなって思ったり。

O-157が出て以来、保育の現場は吐しゃ物の扱いには
細心の注意を払っている。
菌が飛ばないように、やれることをすべてする。

と、まあこんな事後処理を、
クラスの複数の子どもたちがいる中で
保育士さんたちはテキパキとこなす。

KJは洗面所に駆け込んだのだが、
流しの一歩手前で残念ながら・・・
ということになったようだ。

しかし、その後も吐き気は収まらず、
事務室で園長先生たちと一緒だったという次第。

うわー、これじゃあ、このまま歩いては帰れない。
4月から通っているこの園には私鉄で2駅。
家から5分、電車で3分、駅から保育園まで3分という経路。
無理だ。なんたって、吐き気は収まってないし。

で、タクシーを頼んだ。
そしてタクシーまでは園長先生が抱っこ。
そして家までの予定が・・、
家の前は運の悪いことにガス工事が進行中。
大分手前で降ろされた。
よし、がんばっておんぶだ、と思っておんぶをしたら、
私、よろけた。

KJ曰く「おばあちゃん、大丈夫?僕歩くよ」
KJはビニール袋を抱えて歩き出した。

ごめん、KJ、祖母の限界・・・・。

と、なんとか、かんとか家にたどり着いた。
そして、母親と連絡。
かかりつけの医者に行くために駅の前で待ち合わせとなった。

今度こそは、おんぶしたってよろけないぞ!
それに、KJにも、もう「ボク、歩くよ」という元気は残されていなかった。
よいしょっと!!
何とかおんぶできた。
そしてオイッチニ、サンシと掛け声をかけながら歩き始めた。
いやー、おんぶに抱っこなんて
なんでもなかった現役の母親時代が嘘のよう。
人間、寄る年波にはかなわない・・、
なーんて独り言ちながら、5分(*_*;頑張った!!
やっとのことで、めでたく、母親にバトンタッチ。

この日は金曜日。
土日と休んで、大事をとって月曜日も休むことに。
その日曜日の夕方、KJが二階にやってきた。
「じゃあ、これ!」といってメモを私に渡した。


解読すると
「KJくんだけ あした 2かいでおるすばんです」となる。
階段を下りていくKJに
「わかったわー。じゃああしたね!」と返事した。
それからしばらくして、また上がってきた。
手に何か持っている。


「はい、これ!」と言って降りて行った。
みると「そば」。
そこにもメモが貼ってあった。
「あした そばお つくって」
という風に読めた。

まだ、おなかの具合がイマイチなのだろう。

そして月曜日。
もう、ほとんどなおっているKJは元気に一日休んだ。
ジジババと遊んだり、昼寝をしたり、、
まったりと過ごしたのだ。

4月からのはじめての病気らしい病気。
でも、ちょっぴり嬉しかったようでもある。
あのよろよろのおんぶもあったし・・。

それで思い出した。
私が6年生の冬。今思えば急性胃腸炎で私も倒れた。
2階から1階にあるトイレに一人で行かれなくて・・、
そうしたら母がおんぶして連れて行ってくれた。
その背中越しの母のぬくもりと、
一歩一歩注意深く階段を降りる母の足音は
今でも私の心に焼き付いている。
嬉しかったなあ・・・。

病気って、ときにはこんなぬくもりを残してくれる。

それにしても、若いつもりでも、
65歳過ぎたら「高齢者」であることを
認めざるを得ないなって思った「
急性胃腸炎騒動」の一コマでした。