臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(044:ペット・其のⅠ・決定版)

2010年11月23日 | 題詠blog短歌
(夏実麦太朗)
○  何をするでもない春の休日にペット売り場の犬を見ている

 「何をするでも」無く出掛けた「春の休日にペット売り場の犬を見ている」といったことは、まま在り得る事である。
 そんな場面を詠むのが、短歌という文芸様式の積極的に果たすべき役割りの一つである。
  〔返〕 何を買う当てども無しに出掛けたが結局家を買うはめになる   鳥羽省三
 というのは、この8月初めのことでありましたが、今日の場合は、
      ブリキ製のワン公買ひに出掛けしもガレを紛へる照明も買ふ   鳥羽省三
 という、結果になりました。我が家のリビングの照明は、仮住まい時代のものをそのまま使っていたのですが、昨夜からオレンジ色の歪んだガラス製のガレ工房製作品を模したものに替わりました。
 

(松木秀)
○  ペットなら飼うならば遊ぶのならば猫だもちろん殺すのならば...

 この受賞作家は、時々こういう失言をやらかすことがあるのだが、彼が法務大臣でも内閣官房長官でも無いからなのか、それが彼の歌人としての特質乃至は魅力の一つだとして、許容されていたり、賞賛されていたりする向きが無いでも無い。
  〔返〕 ベッドなら買うなら長く使うならパラマウントの医療ベッドを   鳥羽省三


(tafots)
○  バスが来なくて貼り紙を読み尽くす 迷子のペット増えゆく街で

 夏実麦太朗さん作と同様に、こういう事もよく在ることであり、こうした何気ない場面を<五七五七七>の短歌形式に託すのも、優れた歌人の果たすべき積極的な役割りの一つかとも思われる。
  〔返〕 序でにと指名手配の容疑者の顔見たりしてバス乗り過ごす   鳥羽省三


(アンタレス)
○  ペットとし飼いたるインコ手の平に冷たくなりて小さき命逝く

 前作に於いて、剥製となっても家族のみんなから声を掛けられる、と詠まれていた、あの「インコ」ちゃんの臨終場面でありましょうか。
 ごく平凡な表現ではあるが、<アンタレス>さんちの「ペット」として飼われていた「インコ」の「小さき命」を愛おしむ作者の温かい心が一首全体に込められているものと思われる。
  〔返〕 手のひらに余らぬほどの小ささの命惜しめる人の哀れさ   鳥羽省三


(髭彦)
○  他人事と思へぬ病耳なれぬペットロスとふ症候群の

 「ペットロス」とは文字通り「ペットを失う事」であり、その「ペット」を失うと、飼い主やその周辺の者には、様々な精神的・身体的な症状が起こる。
 こうした症状は、ペットたる動物と共生する事によって養われた深い愛情が、突然のペットの死によって向け所を失ってしまうことによって生じるものである。
 その症状の種類や程度の大きさは個人差が大きく、例えば、子供の無い熟年夫婦にとっては、ペットが我が子同然の存在になっている場合があるから、その死によって引き起こされる障害も必然的に大きなものになるのである。
 で、本作に登場する<ペットロス症候群>とは、ペットに死なれたという<ストレス>がきっかけとなって発症した<精神疾患>を言うのであって、その疾患が、精神症状のみならず身体症状となって現れる場合も多いと言う。
 彼の内田百大人の佳作『ノラや』(1957年年)は、未だ<ペットロス症候群>という言葉すら無かった時代に、<ペットレス症候群>を主題として扱った作品として、最近、特に注目されているのである。
 本作の作者・鬚彦さんの周辺には、<ペットロス症候群>に罹っている人物が皆無なのでありましょうか?
 私は、小学生時代に、猫を飼い、兎を飼い、亀を飼い、鶏を飼い、その都度、彼らと死別して来たのであるが、そうした時に味わった大きな失望感は、今になってみれば、<ペットロス症候群>と呼ぶべきものであったに違いありません。
  〔返〕 愛犬を<クロぽん>と呼ぶ信ちゃんも罹ってしまうかペットロス症候群   鳥羽省三
      クロぽんを<この犬>と呼ぶ慶くんは罹るはず無しペットロス症候群      々
 二首の返歌中に登場する<信ちゃん><慶くん>の二人は、旧姓・田中光子さんとそのご夫君・五日市恭祐氏のご愛息です。
 何と驚いたことに、五日市恭祐氏は密かに喫煙を已めていたそうです。


(間宮彩音)
○  踏み出せばふかふかしてるカーペット雲の上かと思いて歩む

 段通でも絨毯でも無く、「カーペット」として買ったからには、それはせいぜい十万円未満の廉価な敷物に違いありません。
 それなのに、「踏み出せばふかふかしてる」と仰り、「雲の上かと思いて歩む」と仰る、本作の作者・間宮彩音さんの生活感覚の何と質素なことよ。
 こういう女性の為にこそ、サンタの伯父さんは豪華なクリスマスプレゼントを用意するべきである。
  〔返〕 我が妻は貰えぬはずのプレゼント我が家の敷物ペルシャ絨毯   鳥羽省三


(リンダ)
○  たわむれのペットでいたい願望は吠えて噛むので調教は無理

 「たわむれのペットでいたい願望」とは、蓮っ葉な女性、美しさと教養に自信を持っている女性にままあり勝ちなことですから、私にもよく解ります。
 また「吠えて噛む」のは犬であるから無理が無いとしても、自分自ら「調教は無理」などと言ってはいけません。
 例えば、この作品にしても「調教」ならぬ<添削>が出来るのですよ。
  〔返〕 戯れにペットで居たい願望で吠えて噛むけど調教可能   鳥羽省三


(わたつみいさな)
○  あなたから手紙が届く春さきはペットボトルのお茶ばかり飲む

 「春さき」の乾燥した空気の中で、渇望の思いと共に「あなたから」の「手紙」を待っていたから「ペットボトルのお茶ばかり飲む」のである。
  〔返〕 来ぬメール待ち焦がれてるこの秋はブルマン珈琲ブラックで飲む   鳥羽省三


(はこべ)
○  庭に置くペットボトルの水替えが日課となりて幾年経ぬらん

 習慣の違いということでありましょうが、私は未だに「ペットボトル」に「水」を入れて、庭先や門前に置いたことはありませんし、その意味についても全く解りません。
 聞くところに拠ると、あれは野良猫除けとか?
  〔返〕 庭に置くペットボトルの水冷えて氷りついても恋人は来ず   鳥羽省三


(ぶらつくらずべりい)
○  気がつけばペットに話し掛けるのと同じトーンで僕の名を呼ぶ

 そういう事ってよくありますよね。
 そうした場合、私は、「彼は私のことを動物並みに扱っているのか」と思って、わざと返事をしないで居たりするのですが、案外、彼は、私のことをペット並みに可愛がっているのかも知れませんよね。
  〔返〕 気がつけばペットの食べる焼き干しを味噌汁作りの出汁雑魚にしてた   鳥羽省三


(六六鱗)
○  ペットとは呼べないほどに肥大した鯉の錦が歪んで痛い

 錦鯉には適正な大きさというものがあるので、一定以上の大きさになると、色と色とのバランスが取れなくなり、「錦が歪んで」見えるのだそうです。
 それと同じことが、日本庭園の植樹と巌組の関係についても言えましょう。
  〔返〕 松五尺巌は一丈この庭の完成時期は約二十年後   鳥羽省三


(梅田啓子)
○  赤き水入れれば赤きペットボトルそのひそやかな淋しさを置く

 殆んどの「ペットボトル」は無色透明だから、「赤き水」を「入れれば赤きペットボトル」になるし、<カルピス>を「入れれば」白き「ペットボトル」になるのである。
 このことに何の不思議があろうかとも思われるのですが、「ペットボトル」たちのそうした在り様は、恰も、環境に馴らされ、流されて行く人間の在りようを見ているようで、本作の作者・梅田啓子さんは、ふと「ひそやかな淋しさ」をお感じになったのでありましょう。
 「そのひそやかな淋しさを置く」とした下の句に風情が感じられる。
 で、五句目の「淋しさを置く」とは、「淋しさ」を湛えた「ペットボトル」を、テーブルの上か何処かに「置く」ということでありましょうか?
 それとも、「淋しい」気持ちそのものをご自身の心の中にしまい「置く」ということでありましょうか?
 そのいずれにしても、お題「ペットボトル」中の白眉とも言うべき傑作である。
  〔返〕 パンパンにファンタ詰めたらパンクしたペットボトルに人の世を見る   鳥羽省三


(野州)
○  先に死ぬこともペットの役割と知りつつ泣いて春を数ふる

 「先に死ぬこともペットの役割」とは、真に卓見である。
 そうは「知りつつ」も、愛犬クロの死んだ「春」になると、毎年毎年、その年を数えて、甥の信ちゃんは人知れず涙するに違いないのである。
  〔返〕 信ちゃんは気が優しくて力持ちママの買い物いつもお供だ   鳥羽省三


(理阿弥)
○  八月のペットボトルの汗ばみを真似たふくらな二の腕を噛む

 本作の作者・理阿弥さんは、季節柄、この頃かなり汗ばんでいる奥様の「二の腕を噛む」こともあるのでしょうか?
 でも、それは<愛噛>と言って、一種の愛情表現として、狐・狸・犬・猫・猿をはじめとして、万物の霊長たる人間も、ごくたまにはやらかすのである。
 したがって、本作の作者・理阿弥さんが、奥様の美肌に<愛噛>をやらかしたとしても、少しも不思議なことではありません。
 いや、むしろ、そうした行為を為すことによって、理阿弥さんの仏様ならぬ人間性が保証されるのでありましょう。
 とは言え、この頃、お宅の奥様の「二の腕」がふっくらとして汗ばむようになったのは、何も「八月のペットボトルの汗ばみを真似た」わけでも無いかとは思われますが。
  〔返〕 霜月のペットボトルは干乾びて妻のお腹に似るべくも無し   鳥羽省三


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