臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日俳壇から(12月16日掲載・其のⅠ・決定版)

2013年12月18日 | 今週の朝日俳壇から
[長谷川櫂選]

(新潟市・岩田桂)
〇  七十年七十回の冬に処す

 「鶴は千年、亀は万年、岩田桂は七十年」という訳でありましょうか? 
 ところで、日本人の平均寿命(2012年)は女性が86.41歳であり、男性が79.94歳である。
 こうした現状に在っては、「七十年七十回の冬」を生き抜いてみたからとて、格別に威張れるような事ではありません。
 然るに、掲句の作者・岩田桂さんは、「七十年七十回の冬に処す」などと四角張ったことを仰せ、毅然として憚る事無き態度を示して居られるのである。
 因って評者は、この際、岩田桂さんに対して猛省を促さんとする。(笑)
 〔返〕  張某、汝、№2の分際を弁へざるは僭越至極因って宮刑に処す!
      岩田某、汝、古希の分際で生意気至極佐渡送りに処す!
 
     

(静岡市・松村史基)
〇  熱燗の三十人を染め上げて

 剣菱の「熱燗」は、松村派結成の宴に臨んだ「三十人」の同志の顔を、桜色に「染め上げ」たのでありましょうか?
 〔返〕  熱燗にいつしか顔を真っ赤にし「よしみ日和見」と叫びて止まず
  
 
(玉野市・三好一彦)
〇  湯上がりの髪の真上を冬通る

 シャンプーして逆立った「髪の真上」を、今年の「冬」が一直線に吹き抜けて行くのである。
 〔返〕  湯上がりの髪を逆立て腰を振り冬将軍の夫人が不倫


(伊万里市・田中秋子)
〇  紙を漉くめしひなれども勘で漉く

 「めしひなれども勘で漉く」と詠んでいるが、「めしひであれば勘で漉く」と詠むべきでありましょう。
 〔返〕  紙を漉く椎葉平家の落人の村はダム底帰れずに泣く


(米沢市・草刈邦雄)
〇  飼主とこころよりそひ冬の犬

 夏の犬は、飼主の意思に殊更に逆らうが如く、あちらをうろつき、こちらをうろつきして、さっぱり歩数が捗らないのであるが、「冬の犬」は、「飼主」の「こころ」とびったり「よりそひ」、ただひたすらに距離を稼ぐことに専念しているかの如くに、歩を運ぶのである。
 〔返〕  急くほどに白き息はき冬の犬オーナー我の意思に寄り添ふ


(千葉市・相馬晃一)
〇  湯豆腐やあの泣き上戸死にたると

 「軍事の天才と呼ばれ、草創期の我が国の軍事制度の基礎を創った大村益次郎は、周防国吉敷郡鋳銭司村の村医者・村田孝益と妻うめの長男として文政8年5月3日に生まれたのであるが、幼時より湯豆腐を大好物としていて、後年、我が国最高の軍学者として名を成してからも、故郷の鋳銭司村に帰省した折りには、一丁の湯豆腐をつまみにして濁酒を嗜んでいた」とか。
 また、「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」とは、文豪・久保田万太郎の代表句である。
 事ほど然様に「湯豆腐」は、私たち日本人の嗜好に叶った食物であり、私・鳥羽省三は、昨夜も湯豆腐をつまみにして、ドイツワインの赤をグラス三杯も飲みました。

  湯豆腐や酒中の約の覚束な      能村登四郎
  湯豆腐や裏に瀬の鳴る吉野建     星野秀則
  湯豆腐や古りし象牙の夫婦箸     古川利子
  湯豆腐や日々今日ひと日似て非なる  朱間繭生
  湯豆腐や一件落着せし夫婦      山本涼
  湯豆腐や錦繍帶びし渓望み      河本利一
  湯豆腐や言はで事足る夫なりき    長沼恒子
  湯豆腐や猫は人より猫が好き     佐藤喜孝
  湯豆腐や講釈ながき人とゐし     小梅順
  湯豆腐や一人に大き鍋なりし     谷寿枝
  湯豆腐や小糠雨降る夜となる     國保八江
  湯豆腐やながらふほどに味深し    村上克哉
  湯豆腐や自虐の七味振り掛けて    小山田子鬼
  湯豆腐や手相に出たる苦労性     水原春郎
  湯豆腐や市井に老いて恙無く     田中春子
  湯豆腐や嵯峨野の水のよろしきと   池田倶子
  湯豆腐や今の幸せかみしむる     棗怜子
  湯豆腐や単身赴任重ねけり      市橋香
  湯豆腐や主客どちらも耳遠き     松田泰子
  湯豆腐や友あのころの顔になる    伊吹之博
  湯豆腐や会話のをどる湯気の中    板倉安正
  湯豆腐や土鍋のひびの美しき     二宮一知
  湯豆腐や掴みどころのなき人と    川村清子
  湯豆腐や昨日のことに拘らず     松本周二
  湯豆腐や素直な気持まだありし    吉田政江
  湯豆腐や隠れ遊びもひと仕事     小沢昭一
  湯豆腐や死を忘れたる嫗たち     吉村摂護
 こうして列挙してみると、湯豆腐の好きな人は善人揃いのようである。
 〔返〕  湯豆腐や淡くなりたる妻の萌え若き頃には二交三交


(堺市・奥村英忠)
〇  鴨の陣戦意全くなかりける

 「狩猟免許」所持者の減少及び高齢化が社会問題になっている。
 熊狩りや猪狩りならまだしも、「鴨の陣戦意全くなかりける」とは、だらしないのにも程がありましょう。
 日本海の向こうからミサイルが飛んで来たら、一体全体、どうするつもりなんでしょうか?
 〔返〕  鴨の陣戦意全く無き中に幸妃一人勇み立ちをり


(山形県最上町・松田佳津江)
〇  雪を掻く余計な事は考へず

  掲句の作者・松田佳津江さんのお住いの在る「山形県最上町は、周囲を奥羽山系の山々(神室山・小又山・火打岳・八森山・杢蔵山・禿岳・翁山)に囲まれた盆地(小国盆地)の真っ只中に位置していて、地理的に他の町村と隔絶している上、夏はやませが吹き、冬は我が国有数の豪雪地帯である」とか。
 「雪を掻く余計な事は考へず」とは、掲句の作者・松田佳津江さんが、自らの経験則に拠って知り得た「生活の知恵」とでも謂うべき教訓でありましょうか?
 〔返〕  町の名に相応しからぬ最上町最上川の流域でなし 


(大川市・中原南大喜)
〇  花といふ一番海苔の糶を待つ

 「花」とは何か?
 「一番海苔」を競り落とす行為自体を「花のある男の行いとして『花』」と言うのか?
 それとも、「一番海苔」が高値であるが故に「花」とされているのか?
 或いは、「一番海苔」の異称が「花」であるのか?
 〔返〕  花といふ一番海苔の糶を待つ花の競り人中原南大喜氏


(和歌山市・佐武次郎)
〇  ドロップは青春の味寒雀

 色彩鮮やかな「ドロップ」こそは、まさしく「青春の味」というべきでありましょう。
 〔返〕  ドロップは青春の味 君と飲むカルピスこそは初恋の味
      寒雀ドロップ食べるか食べないか喉に引っ掛けしゃっくりするな


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