臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日俳壇から(9月1日掲載・其のⅡ・水曜朝刊)

2014年09月03日 | 今週の朝日俳壇から
[大串章選]

(神奈川県大井町・新井たか志)
〇  刈干しや卑弥呼のやうな女ゐて

 阿蘇や久住高原などの九州地方での旅行詠でありましょうか?
 「卑弥呼のやうな女」が「ゐて」、「あそこの茅を真っ先に枯るべし!」、「あの山には蝮が出るから、十分に注意して刈るべし!」、「あのミヤマキリシマを刈って仕舞わないように十分に注意して刈るべし!」などと、男性の草刈り人足どもに、いちいち指図していたのでありましょうか?
 〔返〕  刈干の峰に響くや「馬草負えヨ」と
      刈干の山に響くや「日が長いヨ」と
      刈干の胸に響くや「わしゃひもじヨ」と
 

(枚方市・山岡冬岳)
〇  山寺に芭蕉の蝉と出会ひけり

 件の「芭蕉の蝉」に就いては、芭蕉研究史的にも有名な、歌人・斎藤茂吉と文芸評論家・小宮豊隆との「山寺の蝉論争」があるが、その概略は次のようなものである。

 即ち、「1926年、歌人の斎藤茂吉は、『閑さや岩にしみ入る蝉の声』という、松尾芭蕉の句に出て来る蝉に就いてアブラゼミであると断定し、雑誌『改造』の9月号に掲載された『童馬山房漫筆』で発表した。これを契機に、俄然この句に出て来る蝉の種類についての文学論争が起こったのであるが、1927年、岩波書店社主の岩波茂雄は、この件について議論すべく、神田にある小料理屋『末花』にて一席を設け、齋藤茂吉をはじめ安倍能成、小宮豊隆、中勘助、河野与一、茅野蕭々、野上豊一郎といった文人を集めていろいろと考究させた。アブラゼミ説と主張して止まない斎藤茂吉に対して、小宮豊隆は、『閑さ、岩にしみ入るという語はアブラゼミに合わないこと』、『この句を芭蕉が詠んだ元禄2年5月末は太陽暦に直すと7月上旬となり、アブラゼミはまだ鳴いていないこと』を理由にして、茂吉の主張する『アブラ説』は間違いであり、この句の蝉はニイニイゼミであると主張して大きく対立した。その詳細は1929年の『河北新報』に寄稿されたが、科学的問題も孕んでいたため決着がつかず、結論は持越しとなったが、その後、茂吉は実地調査などの結果をもとにして、1932年6月、自らの誤りを認め、芭蕉が詠んだ句に登場する蝉はニイニイゼミであったと結論付けた」とのこと。

 ところで、大阪府枚方市にお住いの山岡冬岳さんは、「山寺に芭蕉の蝉と出会ひけり」と詠んでいるのであるが、山岡冬岳さんが謂うところの「芭蕉の蝉」とは、ニイニイ蝉でありましょうか?それとも、アブラ蝉でありましょうか? 時期が時期だけに「山寺」にはニイニイ蝉のみならず、アブラ蝉も居ることが予測されますので、その点に就いては、作者の山岡冬岳さんに聞いてみなければ判りません。
 〔返〕  山寺の玉蒟蒻は旨かった


(宝塚市・横山嘉子)
〇  水中に風あるごとき金魚かな

 水槽の中で泳いでいる「金魚」の尾や鰭が、「水中に風ある」ヒラヒラと揺れているのでありましょう。
 〔返〕  水泡眼めだま揺らして泳ぎをり


(大垣市・伊藤英司)
〇  百選の水の都の盆踊り

 掲句中の「百選」とは、昭和60(1985)年3月に、環境庁(現在の環境省)が選定した、日本各地の「名水」とされる100ヶ所の「湧水、河川(用水)、地下水」、即ち「名水百選」を指して言うものであり、その基準となっているのは、「日本各地の『名水』と称するものの中で『保全状況が良好』で『地域住民等による保全活動がある』ということであり、『そのまま飲める美味しい水』という意味ではなく、飲用には煮沸が必要とされているものもある」との事である。
 
 以下に列挙するのは、「名水百選」に選定されている「名水」(名称・種類・所在地)の一覧である。
1~羊蹄のふきだし湧水(湧水・北海道虻田郡京極町)
2~甘露泉水(湧水・北海道利尻郡利尻富士町)
3~ナイベツ川湧水(湧水・北海道千歳市蘭越)
4~富田の清水(湧水・青森県弘前市紙漉町)
5~渾神の清水(湧水・青森県平川市唐竹)
6~金沢清水(湧水・岩手県八幡平市松尾寄木)
7~龍泉洞地底湖の水(湧水・岩手県下閉伊郡岩泉町)
8~桂葉清水(湧水・宮城県栗原市高清水桂葉)
9~広瀬川(河川・宮城県仙台市)
10~六郷湧水群(湧水・秋田県仙北郡美郷町)
11~力水(湧水・秋田県湯沢市古館山)
12~月山山麓湧水群(湧水・山形県西村山郡西川町)
13~小見川(湧水・山形県東根市羽入)
14~磐梯西山麓湧水群(湧水・福島県耶麻郡磐梯町)
15~小野川湧水(湧水・福島県耶麻郡北塩原村)
16~八溝川湧水群(湧水・茨城県久慈郡大子町)
17~出流原弁天池湧水(湧水・栃木県佐野市出流原町)
18~尚仁沢湧水(湧水・栃木県塩谷郡塩谷町上寺島)
19~雄川堰(用水・群馬県甘楽郡甘楽町)
20~箱島湧水(湧水・群馬県吾妻郡東吾妻町箱島)
21~風布川・日本水(湧水・埼玉県大里郡寄居町)
22~熊野の清水(湧水・千葉県長生郡長南町佐坪滝ノ上)
23~お鷹の道・真姿の池湧水群(湧水・東京都国分寺市西元町)
24~御岳渓谷(河川・東京都青梅市)
25~秦野盆地湧水群(湧水・神奈川県秦野市)
26~洒水の滝・滝沢川(河川・神奈川県足柄上郡山北町)
27~竜ヶ窪の水(湧水・新潟県中魚沼郡津南町)
28~杜々森湧水(湧水・新潟県長岡市西中野俣)
29~黒部川扇状地湧水群(湧水・富山県黒部市・下新川郡入善町)
30~穴の谷の霊水(湧水・富山県中新川郡上市町)
31~立山玉殿の湧水(湧水・富山県中新川郡立山町)
32~瓜裂の清水(湧水・富山県砺波市)
33~弘法池の水(湧水・石川県白山市釜清水町)
34~古和秀水(湧水・石川県輪島市門前町鬼屋)
35~御手洗池(湧水・石川県七尾市)
36~瓜割の滝(湧水・福井県三方上中郡若狭町)
37~御清水(湧水・福井県大野市泉町)
38~鵜の瀬(河川・福井県小浜市神宮寺)
39~忍野八海(湧水・山梨県南都留郡忍野村)
40~八ヶ岳南麓高原湧水群(湧水・山梨県北杜市)
41~白州/尾白川(河川・山梨県北杜市)
42~猿庫の泉(湧水・長野県飯田市羽場)
43~安曇野わさび田湧水群(湧水・長野県安曇野市)
44~姫川源流湧水(湧水・長野県北安曇郡白馬村
45~宗祇水/白雲水(湧水・岐阜県郡上市)
46~長良川<の中流域>(河川・岐阜県美濃市、関市、岐阜市)
47~養老の滝.菊水泉(湧水・岐阜県養老郡養老町)
48~柿田川湧水群(湧水・静岡県駿東郡清水町)
49~木曽川<の中流域>(河川・愛知県犬山市~可児川合流点)
50~智積養水(用水・三重県四日市市)
51~恵利原の水穴<天の岩戸>(湧水・三重県志摩市磯部町)
52~十王村の水(湧水滋賀県彦根市西今町)
53~泉神社湧水(湧水・滋賀県米原市大清水)
54~伏見の御香水(地下水・京都府京都市伏見区)
55~磯清水(地下水・京都府宮津市文珠)
56~離宮の水(地下水・大阪府三島郡島本町)
57~宮水(地下水・兵庫県西宮市)
58~布引渓流(河川・兵庫県神戸市中央区
59~千種川(河川・兵庫県宍粟市、佐用町、上郡町、赤穂市)
60~洞川湧水群(湧水・奈良県吉野郡天川村)
61~野中の清水(湧水・和歌山県田辺市)
62~紀三井寺の三井水(湧水・和歌山県和歌山市)
63~天の真名井(湧水・鳥取県米子市)
64~天川の水(湧水・島根県隠岐郡海士町)
65~壇鏡の滝湧水(湧水・島根県隠岐郡隠岐の島町)
66~塩釜の冷泉(湧水・岡山県真庭市)
67~雄町の冷泉(湧水・岡山県岡山市中区)
68~岩井(湧水・岡山県苫田郡鏡野町)
69~太田川<の中流域>(河川・広島県広島市
70~今出川清水<出合清水>(湧水・広島県安芸郡府中町)
71~別府弁天池湧水(湧水・山口県美祢市秋芳町)
72~桜井戸(湧水・山口県岩国市)
73~寂地川(河川・山口県岩国市)
74~江川の湧水(湧水・徳島県吉野川市)
75~剣山御神水(湧水・徳島県三好市)
76~湯船の水(湧水・香川県小豆郡小豆島町)
77~うちぬき(自噴水・愛媛県西条市)
78~杖の淵(湧水・愛媛県松山市)
79~観音水(湧水・愛媛県西予市)
80~四万十川(河川・高知県西部)
81~安徳水(湧水・高知県高岡郡越知町)
82~清水湧水(湧水・福岡県うきは市)
83~不老水(地下水・福岡県福岡市)
84~竜門の清水(河川・佐賀県西松浦郡有田町)
85~清水川(河川・佐賀県小城市)
86~島原湧水群(湧水・長崎県島原市)
87~轟渓流(河川・長崎県諫早市)
88~轟水源(湧水・熊本県宇土市)
89~白川水源(湧水・熊本県阿蘇郡南阿蘇村)
90~菊池水源(河川・熊本県菊池市)
91~池山水源(湧水・熊本県阿蘇郡産山村)
92~男池湧水群(湧水・大分県由布市)
93~竹田湧水群(湧水・大分県竹田市)
94~白山川(河川・大分県豊後大野市)
95~出の山湧水(湧水・宮崎県小林市)
96~綾川湧水群(河川・宮崎県東諸県郡綾町)
97~屋久島宮之浦岳流水(河川・鹿児島県熊毛郡屋久島町)
98~霧島山麓丸池湧水(湧水・鹿児島県姶良郡湧水町)
99~清水の湧水(湧水・鹿児島県南九州市)
100~垣花樋川(湧水・沖縄県南城市)

 こうして、改めて一覧表を作ってみると感じられるのであるが、一口に「日本名水百選」と言ってもその内容は様々であり、例えば、「№94」の「白山川(はくさんがわ)」は、大分県南部の豊後大野市を流れる大野川水系の河川である中津無礼川と奥畑川の総称であり、指定区域内には、日本最大の水中鍾乳洞として知られる「稲積水中鍾乳洞」が在り、源氏ボタルの生息地として知られている、その流域全体が「名水百選」として指定されているのに対して、「№11」の「力水」は、通称「学校山」と呼ばれていた名も無い低山の麓の岩の隙間から湧き出て来る冷たい水が地元の人々の喉を潤していた程度の事であったが、「日本名水百選」の選定に当たって、「我が故郷の、みちのくの小京都・湯沢にも観光客を呼べるような名所地が欲しい」との地元民の熱い要望と地元選出の国会議員の誘致策とが功を奏して、目出度く「日本名水百選」の一つとして名を連ねる結果とは相成った、といった程度の代物でしか無いのであり、同じ湯沢市内には、「力水」と同様に、過去数百年間に亘って地元民や通りすがりの喉を潤して来た湧水が数十ケ所も在るのである。
 本句を鑑賞するに当たって注意するべき点は、上掲の一覧表に示された通り、「名水百選」に選定されているのは、岐阜県郡上市に在る「宗祇水(白雲水とも云う)」であって、郡上市全体が「名水百選」の対象となっている訳ではない、という事である。
 「名水百選」とは別に、我が国には、国土交通省所管の「『水の郷』審査委員会」なる団体に拠って選定された「水の郷百選」なる、広域に亘る名水の地が在り、岐阜県郡上市の旧八幡町地区は「人と自然が調和した交流文化のまち」として「水の郷百選」に選定されているのである。 郡上八幡の盆踊りに就いては、今更説明を要さないと思われます。
 〔返〕  我が国の水の都は大阪だ郷土自慢も大概にしろ
 郡上八幡市の旧八幡町地域は、我が国に数在る「小京都」の一つに数えられ、毎年、大勢の観光客が押し寄せているのであるが、だからと言って、それを「百選の水の都」とまで言ってしまったら、それこそ「贔屓の引き倒し」になってしまいましょう。


(金沢市・今村征一)
〇  磨きたる窓より秋の立ちにけり

 本句に於いては、暑さを堪えて立秋まで漕ぎ着けた事に因る感激を込めて「秋の立ちにけり」という言い方をしているが、季題は立秋である。
 「磨きたる窓より秋の立ちにけり」という表現は、立秋の頃になると朝晩涼しくなり、硝子戸を通して感得する空気の気配が急に澄んで来るような気がするので、具体性を伴った感覚的な表現ではある、と言えましょうか。
 〔返〕  磨かれた硝子扉の向こう側 秋の粒子たちがダンスをしている


(福津市・松崎佐)
〇  立秋やいのち惜しみて寝そびれし

 「つい昨日まではあんなに暑かったのに、今日の夕べの涼しさは、まるで別世界を旅行しているみたいだ!こんなに涼しくては寝るのが惜しいよ!」などと、夫婦二人で言い合って「寝そびれ」てまったのでありましょうか?
 〔返〕  松崎の松に花咲く立夏かな


(伊丹市・保理江順子)
〇  朝顔の今朝咲く花の高さかな

 夏の深まりと共に、「朝顔」の花の咲く位置が根元から枝先へと徐々に徐々に高くなるのであり、秋近くになったある朝、目覚めてみたら、朝顔の花が手を伸ばしても届かないくらいの高さに咲いていた、という経験は、誰でも一度や二度ぐらいはした事でありましよう。
 〔返〕  朝顔や保理江順子はまだ醒めず 


(草加市・本間まりも)
〇  空蝉の精緻に型の残りけり

 本句で謂う「空蝉」とは蝉の抜け殻であるが、蝉の抜け殻というものは、その空洞の中で蝉という儚い命の生き物が生きていた事を証拠立てるような精緻な形をしているのである。
 私の連れ合いのS子は、先日、我が家の狭庭の葡萄の葉っぱにカマキリの抜け殻がしがみついているのを三度も目にしたそうだ。
 「カマキリの身体は脱皮する度毎に次第に成長して行くので、私が目にしたカマキリの抜け殻は、次第にその身の丈に合わせたように大きくなり、三個三様の大きさと精緻な形をしていた」とS子は云うのである。  
 〔返〕  空蝉は空蝉なれど形あり


(川越市・大野宥之介)
〇  卵抱き続ける鳩や終戦日

 今日が「終戦日」であろうが「敗戦日」であろうが構わずに、大野宥之介さんちの軒端に巣を掛けた「鳩」は「卵」を「抱き続け」ているのであり、家主の大野宥之介さんとしては、そうした有り様を目にしていると一抹の哀れさを感じざるを得ないのである。
 かくして、埼玉県川越市にお住いの大野宥之介さんは、毎年、「終戦日」に出会う度ごとに、生きとし生きる者の哀れさを胸に噛み締めているのである。
 〔返〕  我思う故に我在り終戦日


(横浜市・神尾幸子)
〇  敗戦日無残に青き空なりし

 あの「敗戦日」の空を、本句の作者の神尾幸子さんは「無残に青き空なりし」として記憶していると言う。
 あの日の空の青さは、私の場合は、単に「あの日は天気が良かったから空が青かったのだ」といったぐらいにしか思っていないのであるが、神尾幸子さんは、私よりは年上であった所為なのでありましょうか、「敗戦日無残に青き空なりし」と、敗北感に打ちひしがれたようにして記憶しているのである。
 〔返〕  敗戦日そこ除けそこ退け稲田が稔る
 彼の自民党切っての右派議員として名を馳せた稲田朋美女史が、この度の内閣改造人事に伴って、内閣府特命担当大臣から自由民主党の政務調査会長の椅子に横滑りするとか。 


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