○ からかわれているのだろうか駅前のポケットティッシュついに貰えず (迷羂索)
川添英一さんが、歌集「流氷記・第五六号」をご恵送下さった。
一年半ぶりに刊行された今度の歌集のタイトルは「迷羂索」である。
手元の辞書に拠ると、「羂索」とは「鳥獣を捕らえる道具」のことであり、「(それを胸に抱いた)不空羂索観音様は、その大悲の羂索で以って一切の衆生をお救い下さる」のだと言う。
その「羂索」で以って、才人・川添英一さんは一体いかなる鳥獣を捕えんと企て、かつお迷いになって居られるのでありましょうか?
或いは、その有り難い不空羂索観音様の前に膝を屈して、歌人・川添英一さんは一体何をお迷いになって居られるのでありましょうか?
それはそれとして、川添英一さんの作品と言えば、昨年黄泉路に旅立たれたご尊父さまへの思いをお述べになった作品とか、教育者として生徒さんの前に立たれる時の思いをお述べになった作品とかを思い浮かべるが、本作は従来のそうした作風とは異なった、軽妙洒脱かつ自己分析の行き届いた作品である。
学生風の若者が、サラ金業者やパチンコ店などから依頼されて、客引きの為の「ポケットティッシュ」を配っている光景は、電車通勤をしている者なら殆んど毎日のように目にすることである。
そうした場合は、「チラシなら邪魔だが、ポケットティツシュならいくらあっても邪魔にならないから」といった軽い気分で彼らに近づいて行き、ひょいと手を出して貰おうという意志を示すことは、鳩山兄弟以外なら何方でもすることである。
ところが、そういう時に限って、あろうことか、わざわざ手を伸ばしてやった自分だけが貰えないで、せっかく伸ばした手のやり場に困ったりもするのである。
配っている側としては、予め依頼主側から申し渡された配布方法を守ろうとしただけのことであり、この中年野郎をからかってやろうとか、焦らしてやろうとかといった特別な悪意は持ってないのだが、わざわざ手を伸ばしてまで貰おうとした側にとっては、「私はこいつに<からかわれているのだろうか>」とまで思ってしまうのも無理からぬところである。
この一首に接して、私は、あの謹厳実直を絵に描いたような紳士・川添英一氏に、私と幾ほども変わらない庶民的な一面が在ったことを発見したような思いになり、歌人・川添英一さんに対する親愛感を益々深めたことであった。
〔返〕 一見し頑固教師と判るからサラ金ティッシュは配らなかった 鳥羽省三
○ その上を雲ゆったりと流れつつフジテック塔流されてゆく (迷羂索)
○ フジテックの文字無き塔が煙突に見えてほどなく消えてゆくらし
○ 次々と行き交う列車見下ろしてフジテック塔壊されてゆく
○ ジテックとなってしまいしフジテック塔を優しく満月照らす
○ フジテックジテックテックと低くなる様を見ている数日哀し
○ 少しずつ上から解体されていくフジテック塔テックとなりぬ
○ フジテックジテックテックとなってゆき今クの半ば塔崩れゆく
○ フジテックジテックテックク崩れゆく塔の名前も今はもうなし
○ 次々にフジテック塔壊されて今朝見し高さ半ばとなりぬ
○ フジテックジテックテックと塔高く聳えしが今更地となりぬ
○ フジテック塔を映しし安威川も空行く雲が今映るのみ
○ フジテックタワー解体父母の亡くなりて後と記憶に残る
作中の「フジテック塔」とは、主として海外市場向けのエレベーターを生産している<フジテツク㈱>がエレベーターの性能実験を行う為に、1975年、大阪府茨木市内の阪急京都線・総持寺駅近くに建てた、高さ150mの威容を誇る実験塔である。
ところが、そのオーナーのフジテツク㈱は、その本社を滋賀県彦根市に移転し、次いで実験の為の新施設も完成したので、茨木市のランドマークとして地元住民の誇りとなっていたこのタワーは、2008年の9月22日を限りとして、無用の長物として解体されることになったのである。
「紅・白・紅・白」と紅白のだんだら模様に塗り分けられていたこのタワーには、紅色をした天辺部分からその下の白・紅・白に至るまでの脇腹に、「フジテック」という社名を示すカタカナ文字が書かれていた。
この工事は、タワー本体を3メートル単位で輪切りにして徐々に解体して行くという工法であったので、その下で長年暮らし、それを郷土の誇りとして来た地元住民たちは、「ああ、今日は<フ>が無くなった。明後日はは<ジ>が無くなり、もう一週間もすると<フジテック>というは名前全体が無くなってしまうに違いない」などと、何かとその工事のことを話題にして、その名残を惜しんだことであったと推測される。
この作品群の作者・川添英一さんは、そうした地元住民の一人として、この解体工事の一部始終を目の当たりにしていて、その有様をこの作品群に、リアルに詠み表したのでありましょう。
この解体工事が行われていた期間は、川添英一さんのご尊父様及びご尊母様がお亡くなりになられた時期と重なっていたと推測されるが、そういう哀しいご事情もお在りになったからなのか、作者・川添英一さんにとっては、その解体を惜しまれるお気持ちが特に強かったのでありましょう。
〔返〕 大阪府摂津富田の駅近くかつて住みにし弟・省吾 鳥羽省三
そのかみの天井川の安威川よ今も映すか空行く雲を 々
○ 女歯科技工士の胸間近にて戸惑いながら治療受けおり (迷羂索)
こんな他愛無い日常茶飯事を詠んだ一首さえも、大阪府高槻市と神奈川県川崎市との距離を確実に縮めるのである。
〔返〕 女性歯科技工士の胸に息を吐き川添さんは治療受けてる 鳥羽省三
○ 夜の闇に刺客紛れて木枯らしの阿鼻叫喚を聞きつつ眠る
「夜の闇」に紛れ、「木枯らしの阿鼻叫喚を聞きつつ眠る」「刺客」とは、本作の作者・川添英一さんご自身のことでありましょう。
ご自身を「刺客」に擬え、「木枯らし」の音を「阿鼻叫喚」として捉えるのは、いかにも川添英一さんらしい認識である。
さて、今は「夜の闇」に「紛れて」、「木枯らしの阿鼻叫喚を聞きつつ」眠っている、この「刺客」殿は、明日は何方のお命を頂戴するのか?
〔返〕 夜の闇に紛るる我の失格の永久に弾けぬ檸檬爆弾 鳥羽省三
川添英一さんが、歌集「流氷記・第五六号」をご恵送下さった。
一年半ぶりに刊行された今度の歌集のタイトルは「迷羂索」である。
手元の辞書に拠ると、「羂索」とは「鳥獣を捕らえる道具」のことであり、「(それを胸に抱いた)不空羂索観音様は、その大悲の羂索で以って一切の衆生をお救い下さる」のだと言う。
その「羂索」で以って、才人・川添英一さんは一体いかなる鳥獣を捕えんと企て、かつお迷いになって居られるのでありましょうか?
或いは、その有り難い不空羂索観音様の前に膝を屈して、歌人・川添英一さんは一体何をお迷いになって居られるのでありましょうか?
それはそれとして、川添英一さんの作品と言えば、昨年黄泉路に旅立たれたご尊父さまへの思いをお述べになった作品とか、教育者として生徒さんの前に立たれる時の思いをお述べになった作品とかを思い浮かべるが、本作は従来のそうした作風とは異なった、軽妙洒脱かつ自己分析の行き届いた作品である。
学生風の若者が、サラ金業者やパチンコ店などから依頼されて、客引きの為の「ポケットティッシュ」を配っている光景は、電車通勤をしている者なら殆んど毎日のように目にすることである。
そうした場合は、「チラシなら邪魔だが、ポケットティツシュならいくらあっても邪魔にならないから」といった軽い気分で彼らに近づいて行き、ひょいと手を出して貰おうという意志を示すことは、鳩山兄弟以外なら何方でもすることである。
ところが、そういう時に限って、あろうことか、わざわざ手を伸ばしてやった自分だけが貰えないで、せっかく伸ばした手のやり場に困ったりもするのである。
配っている側としては、予め依頼主側から申し渡された配布方法を守ろうとしただけのことであり、この中年野郎をからかってやろうとか、焦らしてやろうとかといった特別な悪意は持ってないのだが、わざわざ手を伸ばしてまで貰おうとした側にとっては、「私はこいつに<からかわれているのだろうか>」とまで思ってしまうのも無理からぬところである。
この一首に接して、私は、あの謹厳実直を絵に描いたような紳士・川添英一氏に、私と幾ほども変わらない庶民的な一面が在ったことを発見したような思いになり、歌人・川添英一さんに対する親愛感を益々深めたことであった。
〔返〕 一見し頑固教師と判るからサラ金ティッシュは配らなかった 鳥羽省三
○ その上を雲ゆったりと流れつつフジテック塔流されてゆく (迷羂索)
○ フジテックの文字無き塔が煙突に見えてほどなく消えてゆくらし
○ 次々と行き交う列車見下ろしてフジテック塔壊されてゆく
○ ジテックとなってしまいしフジテック塔を優しく満月照らす
○ フジテックジテックテックと低くなる様を見ている数日哀し
○ 少しずつ上から解体されていくフジテック塔テックとなりぬ
○ フジテックジテックテックとなってゆき今クの半ば塔崩れゆく
○ フジテックジテックテックク崩れゆく塔の名前も今はもうなし
○ 次々にフジテック塔壊されて今朝見し高さ半ばとなりぬ
○ フジテックジテックテックと塔高く聳えしが今更地となりぬ
○ フジテック塔を映しし安威川も空行く雲が今映るのみ
○ フジテックタワー解体父母の亡くなりて後と記憶に残る
作中の「フジテック塔」とは、主として海外市場向けのエレベーターを生産している<フジテツク㈱>がエレベーターの性能実験を行う為に、1975年、大阪府茨木市内の阪急京都線・総持寺駅近くに建てた、高さ150mの威容を誇る実験塔である。
ところが、そのオーナーのフジテツク㈱は、その本社を滋賀県彦根市に移転し、次いで実験の為の新施設も完成したので、茨木市のランドマークとして地元住民の誇りとなっていたこのタワーは、2008年の9月22日を限りとして、無用の長物として解体されることになったのである。
「紅・白・紅・白」と紅白のだんだら模様に塗り分けられていたこのタワーには、紅色をした天辺部分からその下の白・紅・白に至るまでの脇腹に、「フジテック」という社名を示すカタカナ文字が書かれていた。
この工事は、タワー本体を3メートル単位で輪切りにして徐々に解体して行くという工法であったので、その下で長年暮らし、それを郷土の誇りとして来た地元住民たちは、「ああ、今日は<フ>が無くなった。明後日はは<ジ>が無くなり、もう一週間もすると<フジテック>というは名前全体が無くなってしまうに違いない」などと、何かとその工事のことを話題にして、その名残を惜しんだことであったと推測される。
この作品群の作者・川添英一さんは、そうした地元住民の一人として、この解体工事の一部始終を目の当たりにしていて、その有様をこの作品群に、リアルに詠み表したのでありましょう。
この解体工事が行われていた期間は、川添英一さんのご尊父様及びご尊母様がお亡くなりになられた時期と重なっていたと推測されるが、そういう哀しいご事情もお在りになったからなのか、作者・川添英一さんにとっては、その解体を惜しまれるお気持ちが特に強かったのでありましょう。
〔返〕 大阪府摂津富田の駅近くかつて住みにし弟・省吾 鳥羽省三
そのかみの天井川の安威川よ今も映すか空行く雲を 々
○ 女歯科技工士の胸間近にて戸惑いながら治療受けおり (迷羂索)
こんな他愛無い日常茶飯事を詠んだ一首さえも、大阪府高槻市と神奈川県川崎市との距離を確実に縮めるのである。
〔返〕 女性歯科技工士の胸に息を吐き川添さんは治療受けてる 鳥羽省三
○ 夜の闇に刺客紛れて木枯らしの阿鼻叫喚を聞きつつ眠る
「夜の闇」に紛れ、「木枯らしの阿鼻叫喚を聞きつつ眠る」「刺客」とは、本作の作者・川添英一さんご自身のことでありましょう。
ご自身を「刺客」に擬え、「木枯らし」の音を「阿鼻叫喚」として捉えるのは、いかにも川添英一さんらしい認識である。
さて、今は「夜の闇」に「紛れて」、「木枯らしの阿鼻叫喚を聞きつつ」眠っている、この「刺客」殿は、明日は何方のお命を頂戴するのか?
〔返〕 夜の闇に紛るる我の失格の永久に弾けぬ檸檬爆弾 鳥羽省三