親友を裏切って恋人を得たが、親友が自殺したために罪悪感に苦しみ、自らも死を選ぶ孤独な明治の知識人の内面を描いた作品。鎌倉の海岸で出会った“先生”という主人公の不思議な魅力にとりつかれた学生の眼から間接的に主人公が描かれる前半と、後半の主人公の告白体との対照が効果的で、“我執”の主題を抑制された透明な文体で展開した後期三部作の終局をなす秀作である。
出版社:新潮社(新潮文庫)
高校2年のときの読書感想文の課題図書は、漱石の『こころ』だった。
もう15年近く前のことだけど、その感想文で何を書いたか、大雑把にだけど覚えている。
要点を書くと、以下のようなものだったと思う。
「先生」はKを精神的に追いつめて死に追いやったけれど、なぜそれを奥さんに言わないのだろう。
自責の念にさいなまれ、思いつめた末に、結局奥さんに本当のことを言わないまま、苦しめるだけ苦しめて、何も知らせず自殺するなんて、あんまりではないか。
奥さんは「先生」の話を聞いても、きっと「先生」を責めずにそれを受け入れてくれたはずだ。
実際、「先生」自身、「妻の前に懺悔の言葉を並べたなら、妻は嬉し涙をこぼしても私の罪を許してくれたに違いない」って言っているではないか。
それをもっともらしい理屈をつけて、奥さんを残して自殺した「先生」の行動を、僕は許しがたいと思う。
以上のような感じである。
自分で言うのもなんだが、なかなか感性がお若い。
17歳の僕の感想は一面では正しいと思う。
だが30過ぎになって再読した僕は、それとは少し違う感想を抱いた。
なぜ、「先生」は妻に本当のことを言わなかったのか。そう責めることは、あまりに一方的に過ぎる。
なぜ、「先生」は妻に本当のことを言えなかったのか。そう考えることこそ、ここでは重要なのだ、多分。
とは言え、なぜそれを妻に言えなかったのか、「先生」は本の中で述べている。
「私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです」とのことらしい。
確かに、それはまったくの嘘でないと思う。
だが、それが理由のすべてではない、という気が僕にはする。
「先生」は手紙という形で真実を告白しているが、100パーセント、本当のことだけを言うとは思えない。
人間、見栄がある以上、多少いい格好はしたがるし、自分の知られたくないポイントほど、嘘をついてかくすからだ。
僕個人は、「先生」が妻に本当のことを言えなかったのは、「先生」の弱さゆえだ、と思っている。
その理由について、つっこんで語る前に、ちょっと「先生」というキャラについて、考えてみたい。
「先生」という人は、基本的に頭でっかちな人である。
学問の世界が高尚であると考え、その考えに自縄自縛になって、自分を追いつめてしまうKと比較すると、幾分見劣りはするが、基本は理詰めで物事を考えて、結論を出すタイプだという印象を受ける。特に学生時代はそうだ。
「先生」は自殺の理由を、「明治の精神に殉死する」ためと語っているが、こんなもったいぶった言葉が出てくること自体、頭でっかちの証拠なのだ、と思う。
当時の時代の空気はわからないけれど、普通の人はそんな言葉を使わないような気がする。
「先生」はそんな風に理屈をこねくり回して、一人で考えたがる人のように、僕には見える。
加えて、「先生」は自分の思ったことも言えない人のように見える。
そう見えるのは、明治という時代もあろうし、恋愛がらみということもあるかもしれない。
だが本質的な性質としては、内気で、自分の世界を強く持ちすぎているがゆえに、他人に対するアウトプットが乏しいタイプのように感じられる。
さらに言うと、叔父の一件もあってか、他人に対して猜疑的で、自尊心の強い面もある人のようだ。
だがそんな彼も、妻のことは本当に好きだったと見える。
そうでなければこんな「幸福な一対」としか見えない夫婦にはなりえないだろう。
そんな頭でっかちで自尊心が強い彼が、愛する妻に本当のことを言えなかったのはなぜのだろう。
「先生」というキャラを考慮して、妄想を駆使するなら、多分次のような理由と僕は思う。
それは、「先生」は単純に妻に嫌われたくなかっただけなのだ、ということである。
あるいは、妻に嫌われているかもしれない自分を見たくないためだ、と言う方が正確かもしれない。
もちろん「先生」自身が述べているように、妻は「先生」の過去を気にせず許してくれるだろう。
だが問題は、「先生」が自分の過去について、真実を話したとき、妻が許してくれるかどうかにあるのではないのだ。
実際に許してくれる妻の心を、「先生」が本当に信じることができるか、というのが問題なのである。
これは一方的な決めつけだが、頭でっかちで、猜疑心の強い「先生」は、妻のことを信じたくても、できないのだろう、と思うのだ。
真実を告白したとしても、ふとした拍子に「先生」は疑心暗鬼になり、妻を疑いなじることもあるかもしれない。
だが同時に、そんなことを「先生」は、妻に対してだけはしたくないのだろうと、僕は思う。
多分とことんひざを突き詰めて、妻と話し合えば、「先生」の疑心暗鬼が消えることだってあったのだろう。
だが言うまでもないけれど、それができたら「先生」は自殺などしない。
「先生」は妻に対してさえ(あるいは妻だからこそ)、どうしても自分を解き放つことができない。そういう人なのだ。
そういう意味、「先生」は少しだけ勇気が足りなかったのだと思う。
そしてそれこそ「先生」の弱さと僕には見えるのだ。その事実を、僕はあまりに悲しいと思う。
そうやって考えると、『こころ』という作品は、自分の考えから抜け出せない人間の、コミュニケーション断絶の話である。そうも言えるのかもしれない。
ともあれ、久しぶりに読んでいろんな発見があった。
はっきり言って陰気な話なのだけど、内容は普通におもしろい。
超有名な作品というのもたまに読むと、楽しいものである。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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『草枕』
『門』