私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『きつねのはなし』 森見登美彦

2009-08-20 22:33:45 | 小説(国内男性作家)

「知り合いから妙なケモノをもらってね」籠の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。
通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという“家宝”を持った女が現れて(「水神」)。
闇に蟠るもの、おまえの名は? 底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。
出版社:新潮社(新潮文庫)



この作品集でもっとも目を引いたのは文体だ。
その語り口は、淡々としており、静謐さすら感じられる。加えてどこか詩的でもあり、非常に印象的だ。
この作品集で描かれる京都は、少し妖しげな雰囲気があるのだが、その空気を描くにあたり、この文体が見事なくらいにマッチしている。
森見登美彦と言えば、饒舌体の一人称が得意というイメージが強いけれど、こういう内田百を想起させるような文章も、使いこなせるらしい。才筆である。

その文章で描かれる世界は、先に触れたが、どこか妖しく、不穏なものすら感じられる。
文中から不気味さがにじみ出ており、その様が読んでいてぞくぞくする。
くわしく語りすぎていないため、物語中には余白があり、その余白が空恐ろしい空想をかき立てる力にもあふれている。その技術は洗練されていると言っても言い過ぎではあるまい。。
また収録された四作品に、強固ではないものの、ゆるやかな連関性があるのも趣向としてはおもしろい。


個人的には『魔』が一番気に入っている。
一番目を引いたのは、「私」が魔に魅入られる状況だ。魔に関する描写はどこか薄気味悪く、そのため読んでいてひやりとした感触を覚える。
その魔が結局何なのか、くわしいことはわからないのだけど、語りすぎず、しかし決して言葉足らずになることなく、言葉をつむいでいる点は上手い。そのため、読み手の想像力をあおるものがあり、いろいろなことを想像せずにはいられないのだ。
最後にきれいなオチをつけなかったのも、個人的には好印象である。

そのほか収録の三作品も、『魔』と同じく世界観の造形がすばらしい。
『きつねのはなし』は天城の存在感が、『果実の中の龍』は先輩の悲しみが、『水神』は何者か判別できないからこその恐ろしさがある水神の存在が、それぞれ心に残っている。


ややもったいぶりすぎたところがあり、それが全体の印象を大きく損ねているけれど、ちょっと恐ろしい世界をしっとりと叙情的に描き上げている点は一読忘れがたい。何とも達者な作品集である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの森見登美彦作品感想
 『新釈 走れメロス 他四篇』
 『太陽の塔』
 『夜は短し歩けよ乙女』


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