私的感想:本/映画

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『パンドラの匣』 太宰治

2009-09-15 21:49:54 | 小説(国内男性作家)

「健康道場」という風変りな結核療養所で、迫り来る死におびえながらも、病気と闘い明るくせいいっぱい生きる少年と、彼を囲む善意の人々との交歓を、書簡形式を用いて描いた表題作。社会への門出に当って揺れ動く中学生の内面を、日記形式で巧みに表現した「正義と微笑」。いずれも、著者の年少の友の、実際の日記を素材とした作品で、太宰文学に珍しい明るく希望にみちた青春小説。
出版社:新潮社(新潮文庫)



『パンドラの匣』は、明るさが前面に出ている作品である。
作者である太宰はこの数年後に自殺するわけだが、この作品を書いた人間がそんな風に人生を終えるとは思えないほど(そういう読み方は正しくないだろうけど)、作品全体に漂う雰囲気はポジティブだ。
その理由は、以下のものであろう、と僕は思う。
一つは結核療養所に入所している主人公のひばりが若いという点、そしてもう一つは、彼の周りにまっとうな大人がいるという点だ。

ひばりは、若者であるがゆえに、ときとしてとことん青臭いところがある。
だが彼が青ければ青いほど、ビルドゥングスロマンめいた味わいを感じることができるのだ。それが個人的には清新な印象を受ける。

さて、主人公であるひばりの生活で中心になってくるのは恋だ。
実際、彼は結核療養所の助手に恋をしている。
その真実が明らかになるのは、最後の方になってからだが、そこに至るまでにも、恋をほのめかすような雰囲気があって、それが読んでいておもしろい。
特に、マア坊と竹さんとのやりとりは良かったと思う。そこにある微妙なとしか、言いようのない空気感がなかなかいい感じだ。
つくしからもらった手紙を巡るマア坊との会話は(特にカアテンのところの下りは)心に残るし、竹さんのことで嘘をついていたことを手紙で吐露する部分は切なく、同時にちょっとした若さも感じられて、胸に迫ってならない。
彼が最後の手紙で告白した嘘も、ある意味、彼のいい意味での未熟さの表れなのだろう。
だがそれはとっても純粋で、まっすぐなものであり、心に響いてくる。その辺りの描き方は見事だ。

また花宵先生のラストの言葉もなかなか美しい。
その言葉からは、戦争が終わり、新しい時代に向けて生きていこうという希望のようなものが感じられ、読んでいて清々しい気持ちにさせられる。
『パンドラの匣』というタイトルが示すように、その中には希望を信じようという力強い意思が見えてくるようだ。
そして、そのポジティブで、明るいラストゆえに、『パンドラの匣』は青春小説らしい輝きを備えていると、僕個人は思う次第である。


併録の『正義と微笑』も若者を主人公にしているため、どこか青臭い面のある作品だ。
ただし、『正義と微笑』は『パンドラの匣』と違い、若者を主人公にしていると言っても、清々しいわけではない。

実際、『正義と微笑』の主人公は、『パンドラの匣』の主人公と違って、ちょっとイヤな奴だ。
世間知らずなくせに、生意気で、相手の事情を忖度せず他人を軽蔑する傾向があるし、物事の見方が単純な面もある。読んでいてイラっとしてしまうところもなくはない。
だがそれもまた、若者らしいと言えば若者らしい。
そういう性格の人物ということもあってか、幾分危なっかしいところがある。だが読んでいる分には、その危なっかしさこそひとつの魅力だろう。
若者らしさが最終的に失われる過程も含め、それなりにすてきな作品に仕上がっているという印象を受けた。


『パンドラの匣』、『正義の微笑』共に、太宰のベストではないかもしれない。
だが、太宰の違った魅力を示す作品ではないか、と僕は思う。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


そのほかの太宰治作品感想
 『ヴィヨンの妻』
 『お伽草紙』
 『斜陽』
 『惜別』

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