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私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「ヒア アフター」

2011-02-22 19:43:45 | 映画(は行)

2010年度作品。アメリカ映画。
ジャーナリストのマリーは、東南アジアで津波に飲み込まれ、呼吸が停止した時に不思議な光景を見る。サンフランシスコ―かつて霊能力者として働いていたジョージ、今では工場に勤めている。ロンドンで暮らす少年マーカスは、突然の交通事故で双児の兄を失う。兄を思うマーカスは、霊能力者を捜すうち、ジョージのWebサイトに行き着く。一方、マリーは臨死体験を扱った本を書き上げた。やがて異なる3人の人生が交錯する日が来る…。(ヒア アフター - goo 映画より)
監督はクリント・イーストウッド。
出演はマット・デイモン、セシル・ドゥ・フランスら。




傑作を多く物する作り手は、新しい作品をつくるたびに、過去の傑作群と比較される運命にある。
そんなことをどこかで書いた気もするが、この場で改めてそう指摘しておこう。

イーストウッドは言わずと知れた名監督なわけで、これまで数多くの傑作を生み出してきた。
それと比較するのも、どうかと思うのだが、「ヒア アフター」は、及第点だけど、それらの傑作には及ばない作品であった。


多分そう感じたのは、言葉足らずの面が多く目立ったからかもしれない。
メラニーの過去に何があったのか、そもそもジョージが霊能力を使った商売をやめたのにはどんなくわしい理由があるのか、ジョージがマリーに書いた手紙には何が書いてあったのか、なぜジョージがマリーと握手したときに、霊視が起きなかったのか。
そういった細かいことは、映画中ではほとんど説明されない。

もちろん説明しすぎるよりは全然いいし、これでも物語を追うことは可能だ。
ただ、いくつかの場面ではもう少し言葉を尽くしてもいいような気がして、不満が残った。


だが映画そのものは決して悪い作品ではない。

この作品は、乱暴に要約するなら、以下の二つのテーマに分けられるだろう。
一つは、愛する存在を失った人たちが、その死を克服する話。
一つは、霊が見えることで、疎外感を覚え、傷ついている人が死者を介した交流の果てに希望を見出す話、である。


前者のテーマの代表例は幼い双子の兄弟だ。
弟は兄の事故死を目撃して傷つき、内向的になっている。
その彼が霊能力者ジョージの手を借り、兄の言葉を聞くシーンがすてきだ。
兄の言葉はぶっきらぼうだけど、弟を思う気持ちがにじみ出ている。そのまっすぐな心根に、見ていてじーんと胸震えた。
その場面はこの映画の中で、もっともいいシーンだったと思う。

また後者のテーマとしては、主人公ジョージが象徴的だろう。
自身の霊媒体質のため、彼は他人が触れられたくない、と思っていることまで知ることができてしまう。それゆえ他者と関係をつくることができない。
そのことに傷ついているジョニーの姿は、見ていてもなかなか悲しい。
最後は少しできすぎな感もあるが、救いがある点が個人的には好きだ。


とまあ、不満はそれなりに多いのだが、これはこれで悪くない作品と思う。
イーストウッド作品ということで、見る前の僕は期待がかなり大きかった。だがそういう過大な期待を持たなければ、より一層心に響く一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・クリント・イーストウッド監督作
 「硫黄島からの手紙」
 「インビクタス/負けざる者たち」
 「グラン・トリノ」
 「スペース・カウボーイ」
 「父親たちの星条旗」
・マット・デイモン出演作
 「インビクタス/負けざる者たち」
 「オーシャンズ13」
 「グッド・シェパード」
 「シリアナ」
 「チェ 39歳 別れの手紙」
 「ディパーテッド」
 「ボーン・アルティメイタム」

「白夜行」

2011-02-03 20:55:10 | 映画(は行)

2010年度作品。日本映画。
昭和55年、廃ビルの中で質屋の店主が殺された。刑事の笹垣は被害者の10歳の息子・亮司と会い、彼の暗い目に驚く。殺害された日、被害者が西本文代という女性の家を訪ねていたことが判明。文代には雪穂という10歳の娘がいた。やがて文代が自殺し、被疑者死亡のまま捜査は終了するが、笹垣は納得できないままだった。数年後、雪穂は遠縁に引き取られ、美しい女子高生に成長した。ある日、雪穂の同級生がレイプされる事件が起こる。(白夜行 - goo 映画より)
監督は「60歳のラブレター」の深川栄洋。
出演は堀北真希、高良健吾 ら。




原作の『白夜行』は主人公である雪穂と亮司のつながりをなかなか見せない作品だった。
恐らく二人につながりはあるんだろうな、と思うけれど、はっきりとした形では表に出ない。
物語構成としてはかなり特殊で、個性的な作品であり、挑戦的な作品でもあった。

それが不満だったのか、それでは1クールもたない、と判断したためか知らないが、綾瀬はるかと山田孝之のドラマ版の方は、主人公である雪穂と亮司のからみが多かった。
これはこれでありだったが、深く踏み込みすぎているな、という感じを持ったのは覚えている。

映画版である本作は、二人の主人公のからみはラストに至るまで、ほとんど見えてこない。
そういう点、本作はドラマよりも原作寄りの設定と言える。

キャラクターから受ける印象は原作と異なるような気がするが(だいぶ前に読んだので、自信はない)、そこの部分を受け入れれば、何となく原作ファンでも楽しめるように見える。
あれだけの内容を上手く端折れている点は個人的にいいと感じる。


だが原作云々を抜きにしても、映画単品として見て、本作はなかなか優れた作品と、僕は思うのだ。

個人的に良質だと思ったのが、サスペンスフルなトーンだ。

ひとつの殺人事件が起き、それから事件の関係者たちが次々と死んでいく。
物語の展開には緊張感があるし、事件の後を生き延びる二人の周辺で不穏な事件が起きる展開にもぞくりとさせられる。
それでいて、全体のトーンは静かである。加えて画面も若干暗めのためか、さながらホラーのような味わいがあって、寒気を覚えてしまう。青酸カリのシーンはこわかった。
その雰囲気の描き方が個人的には好きだ。


そんな数々の事件の果てに、長年事件を追い続けてきた刑事は、被害者の息子と、加害者の娘の間に、強いきずながあることを見出していく。

被害者の娘の雪穂は、加害者の息子の亮司の助けを借りて、底辺からどんどん上を目指していく。
そして上を目指すためなら、障害物を非情な手段を使って排除していくことも辞さない。
そんな行動を取る彼女の姿は本当にえぐい。原作ではそこまで思わなかったが、映画版の彼女はどうしようもないくらいの悪女に映る。

自分が性犯罪の被害者なのに、ほかの女性をレイプさせたり、自分を助けてくれる亮司に、父親が犯したのと同じような形で犯罪行為をさせる時点で、かなりひどいやつにしか見えない。

特にラストシーンの表情の変化を見ていると、その思いはさらに強くなる。
雪穂は自分が上に立つためなら、多くのことを切り捨てることもできる人間なのだろう、とその表情の変化を見ていると感じる。
堀北真希ははっきり言って、この役に合っていないと思うのだが、その悪女めいた行動は印象的である。


そして被害者の息子の亮司はそんなどうしようもない女のため、献身的と言っていいほどの行動を続ける。
彼の自己犠牲の精神がどこから来るのか、映画を見ても、僕には理解できなかった。
雪穂以上に、僕は彼の心がよくわからない。同性だからよけいそう思うのだろう。
彼の行動基準は、恋と名づけるには安易だし、きずなというには悲惨すぎる。

だがその行動理由がどこから来るのかはともあれ、周囲を犠牲にし、自分自身苦しみながらも、一人の女の上昇志向を助けるため、行動する亮司が(やっていることはともかく)、僕にはあまりに悲しいやつに見えてならなかった。
彼はあんな人生を送って、幸せだったのだろうか、と見ていて感じる。
その姿はどこか悲壮にさえ見えて、あまりに切ない。


本作ははっきり言って後味は悪い。それでも残酷とさえ映る二人のきずなと姿が強く心に残る一品である。
原作を上手く調理し、映画としての存在感も出している、そんな作品と感じた次第だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・高良健吾出演作
 「南極料理人」
 「ノルウェイの森」
 「フィッシュストーリー」

「プレシャス」

2010-09-15 20:30:40 | 映画(は行)

2009年度作品。アメリカ映画。
ニューヨーク・ハーレムに暮らす16歳の黒人少女プレシャスは、二人目の子どもを妊娠していた。二人とも、実の父親に性的虐待されてできた子どもだ。彼女は実の母からも虐待を受けている。妊娠の事実が学校に知れ、プレシャスは学校を退学になる。代替学校に通い始めたプレシャスは、レイン先生と出会い、文字が読めるようになり、自分の感情を文字で人に伝える方法を知る。そして、劣悪な環境から抜け出そうと戦い始める…。(プレシャス - goo 映画より)
監督はリー・ダニエルズ。
出演はガボレイ・シディベ、モニーク ら。




本作は親から虐待を受けてきた少女の物語だ。

その少女を痛めつける母親を演じるモニークが本当にすごかった。つうかこわかった。
彼女は、娘を目ん玉をひんむいてののしるし、相手の心を傷つけるような言葉を平気で吐いたりする。
それだけでも充分こわいのだけど、急にキレたりするし、突然ものを投げつけるなど、行動や怒り方に突発的な部分があるのだ。
見た目もこわいけど、彼女のその先の読めない行動の方がこわかった。


演技つながりで言うなら、意外にマライア・キャリーの演技が良かった。

とは言え、ソーシャル・ワーカー役で出ていたマライアに、最初僕は気づかなかった。
だがその分色眼鏡なしで見れた部分はあると思う。実際、マライアだと気づかないうちから、端役なのにすごい存在感あるな、と感心しながら見ていたくらいだから。
やはりトップを取る人はオーラというものがちがうのかもしれない。

もっともサングラスなしのレニー・クラヴィッツの方は(やはりまったく気づかなかった)、あまり印象に残っていないから、偉そうなことは言えないけれど。


映画そのものは、なかなか苛酷な内容である。

少なくともプレシャスが背負わざるをえないものは、ティーンエイジャーが引き受けるにはあまりに重たい。
少女らしい憧れや、いまより良くありたいという向上心はあるけれど、現実の環境は厳しく、彼女の思いはつぶされることが多い。
そんな中で教師や(ポーラ・パットンも存在感があった)友人など、人の助けを借りながら、前に進んでいく。そのストーリーラインは見ていても美しい。

母が娘を虐待した理由も、なかなか悲しく、業のようなものを感じさせる。


幾分演出に独りよがりなところはあるけれど、役者の演技がそれをカバーしており、ストーリーも重いわりに前向きな要素もある。
佳品と言ったところだろう。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

「BECK」

2010-09-08 20:13:11 | 映画(は行)

2010年度作品。日本映画。
内気な高校生の幸雄(通称コユキ)は、ある日、ニューヨーク帰りで天才的なギターテクニックを持つ竜介と運命的な出会いをし、音楽の道にのめり込んでいく。ボーカルの千葉、ベースの平、そしてコユキの親友サクがドラムに加わり、バンドBECKが結成された。ライブハウスでの活躍、自主制作CDの作成、そして大型ロックフェスへの出演が決まり、順調に見えたかの船出。しかし、ライバルバンドの大物プロデューサーが罠を仕掛けてくる。(BECK - goo 映画より)
監督は「トリック」の堤幸彦。
出演は水嶋ヒロ、佐藤健 ら。




原作にわりに忠実につくられた映画だと個人的には思った。

もちろん原作付き映画だからと言って、原作に忠実である必要はない。
だが、少なくともこれなら、原作ファンも納得できるだろう、という気がする。

もちろん原作を知らない人にも、楽しめるつくりになっている。


原作のイメージ通りだな、と感じたのはやはりキャラクターだ。
コユキや竜介を始め、BECKのメンツは、かっこよすぎるが、ほぼ原作のイメージ通りである。
つくり手が原作を尊重しようとしている様子がそれだけでもよく伝わってくる。

また音楽の方向性も、ほぼ原作のイメージ通りだった。
オルタナ風?なのかくわしくないので知らないけれど、洋楽っぽいバンドサウンドになっていて、聴いていてとっても心地よい。
こういうゴツゴツした音楽って僕は好きだ。


プロットも、原作を単純化しているものの流れは忠実だ。
ただマンガを読んでいる間はまったく気にしなかったけれど、いくつかのエピソードは、やややりすぎな感じはする。
いかにもハロルド作石な演出を再現する必要もないと思うし、主人公たちの危機も極端すぎて嘘っぽい。

だが盛り上がるようにつくられているのがわかり、見ていて充分に楽しめるのは確かだ。


そしてバンド映画ということもあってか、音楽にはずいぶん力が入っているのが伝わってくる。

ギターソロの部分にはしびれてしまったし、ラストのライブシーンはすなおにかっこいい、と思った。
「EVOLUTION」は初めて聴く曲だけど、見ている間はノリノリになる。

ただ惜しむらくは、コユキの歌を映画の中で聴けなかったことだろうか。

コユキのボーカルがすごい、というのを伝えるために、あえてあのような演出を取ったことはわかる。
でも、あそこは失敗してでもいいから、生の歌声を聴かせるべきだったと僕は思う。
あれはこの映画で一番大事なシーンなだっただけに、見ていて少し醒めてしまった。
たとえそのボーカルがすごい、というのが伝えられなくても、一所懸命練習して撮影されたシーンなら、必ず観客の胸に響くと思うのだが、どうだろう。


と、欠点もそれなりにある映画ではある。だが非常に楽しい作品になっているし、音楽も心地よい。
個人的には満足そのものの一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・堤幸彦監督作
 「20世紀少年」

「瞳の奥の秘密」

2010-09-01 20:55:02 | 映画(は行)

2009年度作品。スペイン=アルゼンチン映画。
刑事裁判所を退職したベンハミンは、残された時間で25年前に起きた忘れ難い事件をテーマに小説を書くことを決心し、かつての上司で今は判事補のイレーネを訪ねる。それは1974年、銀行員の夫と新婚生活を満喫していた女性が自宅で殺害された事件。当時、渋々担当を引き受けたベンハミンが捜査を始めてまもなく、テラスを修理していた二人の職人が逮捕されるが、それは拷問による嘘の自白によってだった…。(瞳の奥の秘密 - goo 映画より)
監督はフアン・ホセ・カンパネラ。
出演はリカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミル ら。




「瞳の奥の秘密」は、極めて上手い作品である。

過去の事件を引きずったまま、いまを生きる男が、むかしのトラウマを克服し、精神的に蹴りをつけ、前へ進んでいく過程を非常に丁寧に描いている。
その時折の登場人物の心情を丁寧にあぶり出し、事件とリンクさせるあたりはなかなか優れている。
その構成は巧みと言うほかない。


物語の運び方も巧妙で、場を盛り上げるように語る手腕はさすが。
2時間強の作品だけど、その2時間の間、集中力が切れることはほとんどなかった。
プロットにはよどみもゆるみもなく、ときに意外なできごとが起きたりと飽きさせないつくりに終始している。

作品があまりに上手すぎるため、隙がなさすぎるな、と感じる面もあるが、それは言ってみれば、ぜいたくな注文なのだろう。


しかし25年前の事件は多くの人を傷つけている。
主人公もそうだが、被害者の夫の傷は相当にでかい。
だから被害者の夫が犯人に復讐を決意する理由もよくわかるのだ。

その復讐方法も、彼なりに考え込まれていて、いくらか残忍だ。
犯人に絶望を与えようと行動する彼の姿は、この映画でもっとも印象に残る。

また、主人公の方も、この事件で仲間が死んでしまい、心に傷を負った。
だが、真実にたどりつくことで一つの区切りをつけ、前に進みだそうとしている。


とは言え、彼のラストの行動は、果たして正しいのかどうかはわからない。
だが少なくともそれはセンチメンタルな、裏を返せば、思い切りの悪く、行動が遅い、主人公にはふさわしいと言えるのかもしれない。

ラストでいろいろ複雑な気分になるものの、トータルで見れば納得の一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」

2010-08-25 20:49:13 | 映画(は行)

結婚を控えた花婿のために男友達が集まってハメを外すバチェラー・パーティー。2日後の本番を前にしたダグは、親友のフィル、スチュ、そして婚約者の弟のアランとラスベガスへ向かう。高級ホテルのペントハウスを借り、乾杯後に街へ繰り出したはずだが…。翌朝、部屋でひどい二日酔いで目を覚ました友人たち。部屋は荒れ放題、ダグは失踪、そしてなぜかクローゼットに赤ん坊、バスルームにはトラが!?いったい昨夜、何が起きたのか?(ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い - goo 映画より)
監督はトッド・フィリップス。
出演はブラッドリー・クーパー、エド・ヘルムズ ら。




学生のノリができるのはいつまでなのだろうか、と考えてみる。
思うに、それは二十代までがいいところなのだろう、という気がしないでない。

先日の盆に実家へ帰った折、大学の友人と酒を飲んだ。だが学生時代と違い、みんなのノリはいたって普通だった。
30過ぎになるとどうしてもみんな、理性や恥じらいや常識とかの感情が働いてしまうらしい。

だが裏を返せば、理性さえ取っ払えば、人はアホなノリで突っ走れるのかもしれない。
まあ、極論だが、映画を見た後に、そんなことをちょっとだけ考えたりする。


映画の中の男たちは、酒と薬のせいもあって、理性がぶっ飛び、羽目をはずし、トラブルに巻き込まれることとなる。
基本的に彼らの行動はアホなわけだが、男ってのはどこかそういうガキっぽいところがあるのかもしれない。下ネタがやたら多いところとかも、ああ男のノリだな、なんて思ったりする。
もっとも、アメリカの下ネタは、日本人の僕にはほとんど笑えないのだけど、それはそれとして。

そして羽目をはずしたツケを酔いが醒めた後で払うこととなる。


しかし彼らは実にいろんなトラブルを引き起こしている。
トラやパトカーにも驚くが、チャイニーズギャングや、マイク・タイソンは予想外で、楽しませてくれる。
それらのアイデアは豊富で、テンポも良く、見ていてなかなかおもしろい。

基本的に後に残るものはほとんどないのだが、エンタメに徹しており、いい意味でバカバカしい。
多少引いてしまう面もあるものの、総じて言えば楽しい一品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)

「ぼくのエリ 200歳の少女」

2010-07-28 20:27:18 | 映画(は行)

2008年度作品。スウェーデン映画。
ストックホルム郊外に母親と2人で暮らす12歳の少年オスカーは苦痛に満ちた毎日を送っていた。学校で陰湿な苛めにあっているのに誰も気づかない。それほど孤独だった。ある日、隣りに謎めいた少女エリが越してくる。「君の友だちにはなれない」といきなり告げるエリだったが、毎晩のように中庭で顔を合わせ、寝室の壁越しにモールス信号を送り合うようになる。その頃、町では猟奇的な殺人事件が起きていた。(ぼくのエリ 200歳の少女 - goo 映画より)
監督はトーマス・アルフレッドソン。
出演はカーレ・ヘーデブラント、リーナ・レアンデション ら。




ヴァンパイアものということもあり、ホラーっぽい雰囲気の映画である。
だが無理にこわがらせようとせず、雰囲気重視でつくっているところが個人的に好印象だ。

映画の画面は基本的に暗いものが多い。
ヴァンパイア映画だから当然だけど、そのためにおどろおどろしい雰囲気が出ている。加えてエリ役の少女の顔の彫りが深いため、顔の陰影が際立つことになり、不気味な感じが出ているのが良かった。
それに、スプラッタな描写もおどろおどろしさに一定の効果を与えている。
オスカーの部屋に入るとき、「入っていい」と言われなかったために、エリの体中から血がじわじわとにじみ出るシーンが個人的には好きだ。

全体的に派手な演出はないけれど、そこはかとなくホラーな味わいがある点に、センスを感じる。


さて、お話の方だが、はっきり言って、脚本的に雑な部分は多いと思う。
だがトータルで見れば、それなりにおもしろい。

ヴァンパイアものの常として、エリは人から忌み嫌われ、排除される運命にある。
人を殺しているのだから、当たり前だけど、その孤独な境遇は同級生からいじめを受けているオスカーと微妙に呼応し、惹かれあうようになる。
それを抜きにしても、少年と少女が仲良くなる部分や、少年は少女のために、少女は少年のために動くところなどはすてきである。

そういう意味これは、愛の映画なのだろう、と強く感じる。


だけど、愛は、それが自己完結的であるほど、愛の中にいない者に対して、排他的にふるまうこともある。幼い恋ならなおのこと。

それを象徴するのは、プールのシーンだろう。
これがなかなか衝撃的なのだが、そのシーンはある意味、少年と少女のきずなの強さを示すものと言えるのかもしれない。

だけど、僕は見ていて幾分引いてしまった。
もちろん物語的にはおもしろいのだけど、あんな展開で本当にいいのだろうか、という風に思わなくもない。

似たようなことは、その後で少年が列車に乗るシーンを見たときにも感じた。
それもやっぱり、オスカーとエリのきずなの強さを示すものだけど、二人の行動はあまりに危うい。
ラストシーンの雰囲気はポジティブで明るい。
だがラストシーンの後の二人に待っているものは悲劇でしかないんじゃないだろうか。こんな締めで本当に大丈夫なんだろうか。
見終わった後の僕は、そんなことを考えてしまい、もやっとした思いを抱いた。


そういった上述のラストシーンもあり、おもしろいのだけど、いささかすっきりしない。
トータルで見れば納得の出来だけど、ところどころで判断に迷う映画である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

「春との旅」

2010-06-01 21:04:21 | 映画(は行)

2009年度作品。日本映画。
19歳の孫娘・春と、北海道の漁村・増毛で暮らす74歳の忠男。かつて漁師だった忠男は、妻と春の母である一人娘にも先立たれ、兄弟たちとも疎遠になっていた。しかし、春が勤めていた小学校が廃校になり、春は都会へ出たいと言う。そこで、忠男は兄弟たちの家に居候するために、春とともに兄弟たちの家を訪ねて行くことにする。最初に訪れた長兄・重男は、忠男の申し出を拒んだ。実は、重男は老人ホームへの入居が決まっていた…。(春との旅 - goo 映画より)
監督は「バッシング」の小林政広。
出演は仲代達矢、徳永えり ら。



映画において長回しってのはどのような意味があるのだろう。
そんなことを映画を見ている最中に考えたりした。
というのは、この映画ではやたら長回しが多用されているからである。

それは俳優の演技の良さを引き出すための手法なのかもしれないな、と僕はぼんやり思ったりする。
実際仲代達矢や徳永えりのナチュラルな演技は見応えがあったし、印象に残ることは否定しない(特に徳永えりはノーマークだったのでよけいにそう思う)。

だけど、長回しのせいでテンポが損なわれている面もあるのだ。
そのため、映画を見ている最中、上のようなよけいのことを考えてしまう。
ほかにも、なぜ徳永えりはがに股歩きなんだろう、ああいう歩き方をする子はスカートよりもジーンズを好みそうだし、仮にスカートとしても、少なくとも下にレギンスくらいは着るんじゃないの? とか(偏見かな?)、どうでもいいことを考えてしまう。

おまえが悪いと言われれば、そうだね、としか言いようがないのだけど、テンポの悪さのため、物語から気が逸れてしまう面もなくはない。


しかしこの祖父と孫の組み合わせはなかなか味がある。

たとえば、何気ない二人の会話のシーンとかは、とぼけたような笑いがあって、普通におもしろい。
そんな何気ないシーンに現われているのかもしれないが、二人で旅をすることから見えてくるのは、家族のきずななのだ。


祖父は久々に会った兄弟とけんかし、孫は久しく別れていた父と再会し、いままでの思いを吐露する。
そこにある感情はつらいものかもしれない。けれど、その感情のぶつかり合いは家族だからできることだ。

そして孫と祖父は、そのようにほかの家族とぶつかることで、互いの結びつきを再確認する結果にもなっている。


だが正直言うと、この祖父と孫の二人の結びつきは、好ましいものとはどうしても僕には思えなかった。
なぜなら、祖父は結果的に孫の未来を縛っているし、孫は祖父に自分の将来を縛られることを自ら欲するような形になってしまうからだ。

そんな選択をしたのは、そこに家族の情愛があるからなのだろう。
だがそれは本当に良いことなのだろうか、と僕には思えてならない。
旅館の女将をしている、祖父の姉の意見の方が、僕としては賛同できる。

だがふたりがそれを良しとしているのならそれがすべてなのだろうという気もしなくはない。
何より、その関係自体は非常に美しいものなのだ。
ゆがんで見えなくもないけれど、愛情自体は美しい。


以上のように、良い面も納得いかない面も、この映画にはある。
でも、個人的に納得いかない面を含め、家族の情愛を静かに描いた佳品と言えるのかもしれない。
地味ではあるが、味わい深い一品だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・小林政広監督作
 「バッシング」
・仲代達矢出演作
 「男たちの大和/YAMATO」
・徳永えり出演作
 「フラガール」

「フローズン・リバー」

2010-04-16 22:03:26 | 映画(は行)

2008年度作品。アメリカ映画。
夫に新居購入費用を持ち逃げされた妻のレイは、支払期日までに金を工面しなければならなくなる。ひょんなことから知り合ったモホーク族の女性ライラから持ちかけられたのは、移民をカナダ側で車のトランクに積み、セントローレンス川を越えアメリカ側に不法入国させる闇の仕事だった。儲けを山分けにすることを条件に手を組んだ二人は、首尾よく移民の国境越えを成功させるが…。(フローズン・リバー - goo 映画より)
監督はコートニー・ハント。
出演はメリッサ・レオ、ミスティ・アッパム ら。



貧困は、悲劇と直結している場合がある。
この映画を見ていると、そんなことを思う。


主人公の家族はとにかくお金がない。
ギャンブル好きの夫は生活費を持ち出して蒸発したため、妻である主人公はトレーラーハウスの家賃が払えず、家を奪われてしまう。テレビをレンタルしているが、その費用だって払えないくらいだ。当然子どもに与える食事だってひもじいものになってしまう。

そんな彼女は成り行きとは言え、犯罪に手を染めることになってしまう。
その行為に対し、最初の方の彼女は消極的だった。
だが、最後の方になると、彼女自ら能動的に動いて犯罪行為に走ることとなる。
彼女だって、それがやばいこととは知っているのだが、それを行なわずにいられなかった。

結局すべては金がないからなのである。
彼女だって、母親である以上、子どもたちにおもちゃだって買ってやりたいし、家だってほしい。
彼女は切実にお金が必要なのだ。


だが主人公が行なう犯罪は、そう単純に片付くものではない。
犯罪は、警察の管轄外である先住民居住区を利用し、カナダ国境からアメリカへ密航させるというものだ。
当然警察の目をくぐりぬけることを意識しないといけないし、ブローカーからは金をピンはねされることもある。そしてことが密航なだけに、発砲騒ぎに発展することもある。

それでも主人公は危険を冒して、先住民の女とパートナーを組み、犯罪を続けていく。
とにかくお金が必要だからだ。


だが彼女の生活は、金だけがすべての基盤になっているわけではない。
それを象徴するのが、先住民の女との関係だ。

先住民の女と、主人公はビジネスパートナーでしかない。
両者とも金が必要だから、協力して犯罪を行なっているというのが、根本的スタンスだ。
だが二人は金だけで結びついた、ドライな関係というわけでもない。

その理由は、やはり二人とも母である、という点において、共通していることが大きいだろう。
ラストで主人公は、先住民の女に、自分の子どもたちのことを任せている。そして先住民の女も、主人公の思いに応えることとなる。

それは二人とも母親であり、子を持つ女として、自分の子を守りたいという気持ちは共通しているからだ。
二人とも、一番に守るべきものが何なのかを知っている。

そんなラストでの二人の関係が、印象に残る一品である。
地味ではあるが、これはなかなかの佳品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・メリッサ・レオ出演作
 「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」

「ハート・ロッカー」

2010-03-08 20:15:07 | 映画(は行)

2008年度作品。アメリカ映画。
2004年、イラク・バグダッド。駐留米軍のブラボー中隊・爆弾処理班の作業中に爆発が起き、班長のトンプソン軍曹が爆死してしまう。トンプソン軍曹の代わりに派遣されてきたのは、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹。彼はこれまでに873個もの爆弾を処理してきたエキスパートだが、その自信ゆえか型破りで無謀な行動が多かった。部下のサンボーン軍曹とエルドリッジ技術兵は彼に反発するが、ある事件をきっかけに打ち解けていく。(ハート・ロッカー - goo 映画より)
監督は「K-19」のキャスリン・ビグロー。
出演はジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー ら。



戦争の雰囲気はどこかピリピリしている。
もっとも命のやり取りの現場なのだから、それも当然と言えば当然かもしれない。
この映画で描かれるのは、イラク戦争における爆弾処理班を描いたものである。そんな場面でも(そんな場面だからこそ)、場の空気はピリピリしている。

たとえば爆弾の解体作業のため現場に乗り込むときは、行くまでの途中に敵がいるかもしれないという恐怖に襲われたりする。
現場に着けば、爆弾がいつ爆破するかしれない恐怖があるし、爆破装置を起動する人間が近くにいるかもしれないという恐怖も存在する。
その際の空気はピンと張り詰め、じりじりともしている。恐怖のあまり焦りすら生まれている。
映画のスクリーンで見ているだけでも、それは結構神経をすり減らされるものだ。当の現場ならなおのことだろう。


そんな場面だけにチームプレイは重要となってくる。
しかし新しいリーダーのジェームズは、死を恐れないような無謀な行動を取るし、自分の復讐心から敵を追い、結果的に味方にケガを負わせてしまうような場面だってある。
その姿は、好意的に語るなら、豪放磊落。しかしあまり誉められたものでもないだろう。

けれど、そんな繊細さと無縁に見える彼ですら、戦争という現場を生きていくことで、神経をすり減らしているのだ。


映画の中でジェームズは、イラクで親しくなった少年が人間爆弾の犠牲になったのでは、と思い込む場面がある。
その残酷なイメージが、結果的に彼を極端な行動をとらせるに至らしめている。

そこにあるのは、紛れもない苦悩である。戦争が彼の心を追い詰めていることは疑いえない。
彼は一見豪放で、危険な行動を取っているが、精神的にやられている姿を見ていると、その大胆な行動は、戦争で心が追いつめられた結果ではないかとすら思えてくる。
平たく言えば、心が追いつめられるあまり、無意識のうちに死を望むようになった。そう見えなくもない。

戦争は恐ろしく、死に近づく場面も多く、心を削られるかのような事態にも出くわす。
戦争を忌避したくなっても、誰も文句は言えまい。


だが戦争の真に恐ろしいところは、そんな苦しい場面を味わったにもかかわらず、再び戦場に戻りたくなってしまうという点にあるのだ。
彼は戦争によって、苦しめられた。
しかし命のやり取りが行なわれるギリギリの状況を生きた彼は、もう平凡な日常に戻ることはできない。
その姿が実に悲しく、恐ろしいのである。


物語として見れば、大しておもしろいわけではないのだが、問題意識の大きさが非常に印象的な一品である。
アカデミー賞を取ったのは、そのテーマ性にあると思う。
ともあれ、これもまた戦争映画の一つの佳品と言えるだろう。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・ジェレミー・レナー出演作
 「スタンドアップ」

「パレード」

2010-02-23 20:45:22 | 映画(は行)

2010年度作品。日本映画。
「上辺だけの付き合い、それくらいが丁度いい」都内の2LDKマンションに暮らす男女四人の若者達。映画会社勤務の直輝、イラストレーターの未来、フリーターの琴美、大学生の良介。それぞれが不安や焦燥感を抱えながらも、“本当の自分”を装うことで優しく怠惰に続く共同生活。そこに男娼のサトルが加わり、同じ町では連続暴行事件が起こり始める。そして彼らの日常に、小さな波紋が拡がり始める…。(パレード - goo 映画より)
監督は「GO」の行定勲。
出演は藤原竜也、香里奈 ら。



吉田修一の原作はだいぶ前に読んだので、どんな内容だったかはいい感じに忘れていた。
確かそのときの感想としては、光るものはあるけれど、パッとしないな、っていう程度だったと記憶している。

だから今回この映画を見て、こんなにもいい作品だったかな、と正直驚いている。
これはむかしの僕が不明だったからか、それとも映画が原作の持ち味をうまく料理していからだろうか。よくわからない。
ともかく、個人的な趣味にマッチした作品である。


プロット自体は大したことがない。
共同生活を送る若者の姿はよくあるような話だし、謎の少年の登場や、連続通り魔など、不穏な要素はあるけれど、際立って盛り上がるエピソードがあるわけでもない。

しかし四人の共同生活は雰囲気よく描かれている。
表層的には仲がいいし、会話には適度に笑いがあるためか、見ていても楽しい。
これはまちがいなく、この映画の美点だ。


そんな四人の生活に、林遣都演じるキャラクターが入り込んでくる。
共同生活を送る四人と比べると、彼は異質だ。男娼という時点でも異質だけど、性質がそもそも違う。

彼は屈折した人間らしく、一緒に暮らす四人の悪口をこぼすし、他人が大事にしているものをこわすような悪意も持ち合わせている。そして他人の家に侵入するし、そこで自慰をするという性癖まで持っている。
あんまりいい子ではない。

だがそんな彼も、四人と一緒に暮らすという生活にそれなりに安らぎを感じている。
それは、彼らの関係が表層的なものにとどまっていて、なあなあでしかないからだろう。
少なくとも彼らといれば、楽しい気分になれるし、互いに傷つけあうような場面だって起こらないからだ。


しかし表層的であるがゆえに、いびつなことだって起こりうる。

表層的な関係とは、大事なことには決して触れない関係だ。
たとえば大事な友人が死んで泣きたい場面でも、その部屋では大事なことを語らない。
それは、そんな大事なことを話すような仲でもないし、それを話すことで、部屋の空気がこわれることを知っているからだ。
彼らにとって、大事なのは、居心地の悪い真実ではなく、誰も傷つかないという空気だ。
その空気を維持するためなら、多少のいびつさも目をつむりかねない。

だから、同居人がたとえどんな悪事を働いても、放っておくし、つっこもうとしないのである。

とは言え、個人的な意見を言わせてもらうと、結局、犯罪のことを知っている人間は、あの中には林遣都以外は一人もいないと思うのだ、多分。
だけど、彼らの関係が抱える不安定さは確かに存在する。
その予感に満ちた、ラストのうそ寒さが非常にすばらしい。


この作品を見た後で、本作がベルリンで賞を取ったと聞いた。
映画を通して描かれた関係は(監督も認めるように)いかにも日本らしいと思うのだが、外国でもこれと似た雰囲気はあるのだろうか。

ともあれ、若者五人の楽しげな雰囲気と、それだけでは終わらない不気味さが印象深い。
僕はこの作品が好きである。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



制作者・出演者の関連作品感想
・藤原竜也出演作
 「L change the WorLd」
 「DEATH NOTE デスノート 前編」
 「DEATH NOTE デスノート the Last name」
・貫地谷しほり出演作
 「ゴールデンスランバー」
 「パコと魔法の絵本」
 「夜のピクニック」
・林遣都出演作
 「風が強く吹いている」
・小出恵介出演作
 「風が強く吹いている」
 「キサラギ」
 「きみにしか聞こえない」
 「初恋」(2006)

「副王家の一族」

2010-01-20 20:01:46 | 映画(は行)

2007年度作品。イタリア=スペイン=ドイツ=アメリカ映画。
19世紀半ば、スペイン・ブルボン王朝支配下のシチリアはカターニャ。国王代理を務める副王の末裔で名門貴族ウゼダ家の当主ジャコモは「憎悪こそ生きる秘訣」を信条に、肉親にも情け容赦を厭わない暴君として君臨していた。そんな父への反抗心を募らせながら嫡男コンサルヴォは成長する。時代が変貌しようとも権力への執着を捨てることはない父を否定し我が道を行こうとするが、やがて自らが当主となる日がやってくる。(副王家の一族 - goo 映画より)
監督は「鯨の中のジョナ」のロベルト・ファエンツァ。
出演はアレッサンドロ・プレツィオージ、ランド・ブッツァンカ ら。



19世紀のイタリア貴族の物語である。
僕はイタリア史についてくわしいわけではないのだけど、当時のシチリア貴族の雰囲気を、映画はうまく描いているんじゃないかな、と何となくだけど感じられた。
少なくとも時代がかった雰囲気はよく出ていて、そんな映画の空気が非常に心地よい。
人物が多くて、最初の方はごちゃごちゃしているな、という印象を受けるけれど、雰囲気がよいので、すんなりと映画の中に入っていける。これは見事なことだ。


ストーリーは、イタリアの激動期を背景にした、一族の話である。
そのため、叙事的なムードが漂っていて、楽しい。

だが描かれている内容自体は、叙事的というよりも、ドロドロの愛憎劇だ。
それは、ここに出てくる登場人物が貴族であり、せまい世界観の中で生きているという点が大きいと思う。
そのため、色と金を得たいというエゴとエゴがぶつかり合うこともしばしだからだ。


そんなエゴを象徴するのが、名門貴族ウゼタ家の当主である父親である。
この父親は家族に対して支配的にふるまうことがしばしばある。
その姿は家父長的で、封建的。おまけに旧弊な価値観に縛られているからたちが悪い。自分の言う通りに動くことを、家族に対して要求し、反抗すれば暴力をふるうこともある。
一言で言えば、嫌なヤツだ。

そんな父親に対して、母親も妹も従うことしかできない。
彼女らは、支配的な父親がいる環境に慣れてしまっているのだろう。そのため反抗することも思いつかない。
それはある意味、悲劇的で、見ていて気分のいいものではない(もっとも父親には父親の言い分もあるが)。


そんな父親に対して反抗するのは、長男のコンサルヴォだけだ。
だがそんなコンサルヴォも、僕から見れば、父親と同じ穴のむじなでしかない、という点がおもしろかった。
父親のことを言及され、むきになった挙句、女を犯すところなど、父親と大差なく、支配的な人間なんだなと思ってしまう。
それに、親に反抗しながら、結果的に親のすねをかじっているという点もおもしろい。
キツイ言い方をするなら、コンサルヴォは中途半端な反抗しかできない、甘ったれということなのだろう。


そういう関係ゆえか、彼ら親子は、結果的に負の影響しか与え合っていない。
コンサルヴォは父から愛されていなかったと感じ、父の支配から逃れるには、権力を持つことが重要だ、と学んだと語っている。
その言葉はずいぶん痛ましい。そういう形でしか、親子の関係を築けないとしたら、それは悲しいことだ。

そしてそんな父親も、祖母から憎しみを学んだと語っている。
そういう風に考えてみると、この一族は結果的に、本当に大事なものを親子の間では引き継いではいないのだ、と感じさせられる。
そこには人間の業のようなものが感じられ、いろいろ考えさせられることも多い。


映画としてみれば、いくらか散漫な面もあるけれど、親子だからこそ生まれてしまう負のつながりを、大きな世界観の中で描いており、なかなか魅せられる。
いろいろあるが、個人的には結構好きな作品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

「パブリック・エネミーズ」

2009-12-22 20:34:39 | 映画(は行)

2009年度作品。アメリカ映画。
1930年代前半のアメリカ。鮮やかな手口で銀行から金を奪い、不可能とも思える脱獄を繰り返す世紀のアウトロー、ジョン・デリンジャー。利益を独り占めする銀行を襲撃する大胆不敵な犯罪行為、強者から金を奪っても弱者からは一銭も奪わないといった独自の美学を貫くカリスマ性に、不況に苦しむ多くの国民は魅了され、まるでロックスターのようにもてはやした。そんなデリンジャーとって、一人の女性ビリーとの出会いは、これからの人生を決定付ける運命の瞬間だった。(パブリック・エネミーズ - goo 映画より)
監督は「ヒート」のマイケル・マン。
出演はジョニー・デップ、クリスチャン・ベイル ら。



悪くない作品だとは思うのだ。だけど同時に何かが足りない作品でもある。
そう感じた理由は、いろいろあるけれど、結局は、何がやりたいのかよくわからなかったというのが大きい。

主筋は大恐慌時代のアウトロー、ジョン・デリンジャーの最後の一年を描くというものだ。
そういうわけで、デリンジャーの人生を知るという意味だったら、いい内容と思う。アウトローの一生ということもあり、それなりに楽しめるものにもなっている。
でも本作は、それ以上のものになりえていないのだ。どうも、そこから先のプラスアルファに乏しい。

デリンジャーと恋人との関係や、仲間の死、刹那的と見えかねないデリンジャーの生き様など、いい要素はあるのに、そこから心に訴えかけるものが感じられない。
いかにも中途半端な印象である。どうにももったいない。


けなしてばかりでも仕様がないので、いい部分もあげよう。
個人的にこの映画でいいと思った部分は、銃撃シーンだ。
マシンガンの撃ち合いはギャングということもあって、迫力があるのがすばらしい。その見応えはなかなかだ。

俳優陣も存在感があってさすがである。
捜査官演じるクリスチャン・ベイルも雰囲気があっていいのだが、やっぱり、ジョニー・デップである。
いまさら言うまでもないが、ジョニー・デップはとにかくクールだ。特に気取っているわけでもないのに、自然に演じたらクール・ガイになってましたって感じがたまらなく、カッコいい。
その存在感は抜群である。

物足りない部分は多い映画である。けれど、見るべきものもちゃんとある。
本作に関しては、そんなところであろう。

評価:★★★(満点は★★★★★)



制作者・出演者の関連作品感想
・マイケル・マン監督作
 「マイアミ・バイス」
・ジョニー・デップ出演作
 「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」
 「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」
 「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」
 「リバティーン」
・クリスチャン・ベイル出演作
 「アイム・ノット・ゼア」
 「3時10分、決断のとき」
 「ダークナイト」
 「ニュー・ワールド」
 「プレステージ」

「母なる証明」

2009-12-15 20:30:12 | 映画(は行)

2009年度作品。韓国映画。
漢方薬店で働く母は、早くに夫を亡くして以来、子供の心を持ったまま純粋無垢に育った一人息子トジュンと静かに暮らしていた。ある日、街で女子高生が惨殺される事件が起こり、トジュンが第一容疑者になってしまう。事件の解決を急ぐ警察は、乏しい物証にも関わらずトジュンを犯人と決めつける。無能な弁護人も頼りにならない中、母は自分の手で真犯人を捜し出し、息子の無実を証明しようとするのだが…。(母なる証明 - goo 映画より)
監督は「殺人の追憶」のポン・ジュノ。
出演はキム・ヘジャ、ウォンビン ら。



母の愛を描いた作品は洋の東西を問わず、多く存在する。それだけ、母の愛は普遍的なものなのだろう。
それは母子関係が(幼児期は特に)せまく、ある程度密着したものだから、ってのが大きいと思う。
だからこそ母子関係は、接し方によるけれど、濃密なものになりやすい。


この映画に登場する母の愛も、非常に濃密だ。

そのためか、女子高生の殺人犯にされた息子の無実を証明するため、母は必死で行動する。
そのバイタリティーは結構すごいと思う。被害者の葬式で、犯人とされた息子の無実を訴えたり、息子の悪友が犯人ではないかと疑い、不法侵入さえ行なう。

あえて美しく語るなら、それは息子の無実を信じるがゆえの行動なのだろう。
だがそれは非常識な行動でもある。
率直に言うならば、息子を罪人にしたくないがためのもの、という言葉の方が正確だと思う。実際物語の前半で、たとえ人を殺したとしても、殺していないと言え、と息子に向かって言い聞かせたくらいなのだから。

確かにこの映画の母の愛は濃密である。
だがそれゆえに、視野狭窄に陥っていると言ってもいい。


そしてその視野のせまさが後半、いびつな形になって現れることとなる。
母は息子の無実のため、残酷な行動を起こすに至る。
そのシーンからは、人間の身勝手なエゴが感じられる。あるいは業と言ってもいいのかもしれない。
だがそんな自分の行動に、彼女自身大きく打ちのめされることになる。

母が子を思う心は美しいのかもしれない。
しかし、母が子を思って取る行動のすべてが美しいわけではない。そんなことを考えさせられる。


母と子というテーマ以外にも、本作には見るべきものがある。
個人的には「殺人の追憶」と同様に、韓国の警察制度のずさんさを描いているのがおもしろいと思った。
そのほかにも、感情表現を始めとして、韓国的だなと思う部分がいくつも見られる。
そういったものを、いくらかの悪意をもって描く辺りが、いかにもポン・ジュノらしい。


本作は世評が高いらしいが、僕は絶賛するほどとは思わなかった。
だが、母の愛と、その業についていろいろ考えさせられる。良作である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



制作者・出演者の関連作品感想
・ポン・ジュノ監督作
 「グエムル ―漢江の怪物―」

「パンドラの匣」

2009-09-29 21:05:09 | 映画(は行)

2009年度作品。日本映画。
日本が太平洋戦争に負けた年。結核療養のため山里の健康道場に入った青年ひばりは、年齢や境遇も異なるキャラの立った仲間たちに囲まれ、「新しい男」になることを目指す。竹さんとマア坊、生命力に溢れた二人の看護婦さんへの甘酸っぱい気持ちや、結核による突然の仲間の死などなど、日々の心の揺れを、親友宛ての手紙にこまめに書き続ける。
監督は「パビリオン山椒魚」の冨永昌敬。
出演は染谷将太、川上未映子 ら。



結論から書くが、個人的にこの映画は合わなかった。
太宰治の原作はなかなか良かったのに、残念ながら映画の方は、原作の良さを殺しているように見えるからだ。
もちろん、その理由は演出に帰するほかない。


小説の映画化においては、映画化に向く作品と、向かない作品というものがあるものだ。
たとえば、原作となる小説のおもしろさが、プロットにはなく、場の雰囲気の描き方だとか、文体だとかの、プラスアルファにある場合などは映画化には難しい、と思う。

太宰の『パンドラの匣』はプロットだけを抜き出せば、おもしろくもない。
それでもこの作品を魅力的と感じたのは、物語の底に流れる明るさや、主人公の青臭さが心に響いたからだ。

この映画が成功するとしたら、そのプラスアルファ的な要素をどれだけ上手く再現するか、もしくは新しい要素を提示できるかにかかっている。
そういう意味、監督の演出センスが大きく問われる作品と言えるのかもしれない。
そして本作は、その演出に失敗していると、僕は思うのである。


映画はいくつか細かい点で違いはあるものの、概ね原作に忠実である。
だが、映画はプロットをなぞる以上のことができていない。

竹さんとマア坊と主人公のひばりとの関係性、主人公の青臭さ、健康道場の人たちとの交流、花宵先生の存在感など、原作にもあったおもしろくなりそうな要素は映画にも登場する。
その良さを生かせれば良かったが、映画ではどれも表面的な描き方しかできていない。
そのため見ていても、特に深く心に響くわけでもなく、退屈な印象を受ける。

じゃあ何か映画ならではの工夫がされているかと言ったら、そういうのも特にない。
人物の感情の機微が描きつくされているわけでもなければ、心に残るほど映像が美しいわけでもない。
唯一良かったのは、ふとん部屋のシーンがちょっとエロかったくらいだが、それにしたって、演出は独りよがりだ。

そのように、雰囲気の描き方が物足りないため、全体的に中途半端な印象となり、訴えるものに乏しくなっている。結果的におもしろくもないプロットが前面に出るだけで終わってしまったように見える。
好みの問題かもしれないが、どうも僕はこの映画はダメだった。

あえて良かった点を上げるなら、染谷将太と仲里依紗が良かったくらいだろう。


映画化しづらい古い原作を基に作品をつくろうとした、製作者の心意気自体はすばらしいと僕は思う。しかしそれは簡単なことではないようだ。
原作付き映画の難しさというものを見終えた後に、つくづくと思った次第である。

評価:★(満点は★★★★★)



原作の感想
 太宰治『パンドラの匣』

出演者の関連作品感想
・仲里依紗出演作
 「時をかける少女」

・川上未映子作品
 『乳と卵』
 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』