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私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「舟を編む」

2013-04-17 20:01:30 | 映画(は行)

2013年度作品。日本映画。
玄武書房という出版社の営業部に勤める馬締光也(松田龍平)は、真面目すぎて職場で少々浮いている。しかし言葉に対する卓越したセンスを持ち合わせていることが評価され、新しい辞書『大渡海(だいとかい)』の編纂を進める辞書編集部に異動となる。今を生きる辞書を目指している『大渡海(だいとかい)』は見出し語が24万語という大規模なもの。曲者ぞろいの辞書編集部の中で、馬締は作業にのめり込む。ある日、ひょんなことから知り合った女性(宮崎あおい)に一目で恋に落ちた馬締。なんとかして自分の思いを彼女に伝えたいが、なかなかふさわしい言葉が出てこず苦悩する。そんな中、会社の方針が変わり、『大渡海』の完成に暗雲がたちこめる……。
監督は石井裕也。
出演は松田龍平、宮崎あおい ら。




本が好きな人はたいていそうだと思うが、僕は結構辞書が好きである。

今でこそ電子辞書を使っているが、むかしは国語辞典を開いては、知らない単語を調べたり、ぱっと開いたページの言葉を何となく拾い読みをしたりしていた。
言葉を調べるだけで、新しい世界が広がり、知識が広まっていくように感じられ、それがとても楽しくてならなかった。


そんな辞書が、ここまでの労苦の果てに生み出されているものと知り、単純に驚いてしまう。

新しい言葉の採取に始まり、掲載する言葉を決定するための他の辞書との対照調査、語釈の記述、そしてミスがあってはならないだけに、五回にもわたって校訂を行なっている。
地味で地道である分、相当な根気がなくてはできない仕事だろう。しかもそれが十五年にもわたって続くのだ。
本当にしんどい作業だな、とつくづく思う。

それだけに、これほどの苦労の果てに、辞書を生み出している人に、単純に敬意を払いたくなる。


本作の主人公馬締は、そんな辞書作りにはうってつけの人だろう。
馬締は文字通り、まじめでオタクっぽい人でもあり、偏執的なくらいの情熱で、一つのことに打ち込んでいる。その姿勢は本当に尊敬に値するのだ。

そして彼が、本当に言葉が好きな人だな、ということもまた伝わってくる。
その感情がよくわかるだけに、すなおに彼の行動に共感を覚えることができた。

また表情の動きの少ない人だけど、内に情熱を抱え持ってもいるのだ。
辞書に対する情熱は無論のこと、人を好きになるときの純粋さ、一緒に辞書作りをしていた仲間に対する義理堅い行動などは、彼の熱情を感じさせ忘れがたい。
根暗そうに見えるけれど、実に好青年なやつだと思う。

そんな彼の姿に、一人の女性がちゃんと気づいてくれる点が、見ていて微笑ましくもあった。
恋文に関しては、笑ってしまったけれど。


そしてそんな馬締に感化されたように、みんなも一所懸命になって辞書作りに打ち込んでいく姿が心に届く。
チャラい感じがあり、馬締とは合いそうに見えないオダギリジョー演じる先輩や、雑誌から転属になったお高い感のある後輩も、みんな辞書作りに打ち込み、サポートしていく。
そんなチームの姿に、じーんと胸が震えてしまう。


辞書作りという一見地味な本の中にも、熱いドラマと人の感情や思いが眠っているのかもしれない。
そんなドラマと感情と思いが、観客である僕にも鋭く突き刺さってくる一品であった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

「フライト」

2013-03-06 21:44:10 | 映画(は行)

2012年度作品。アメリカ映画。
パイロットのウィトカーは、睡眠不足と飲酒の状態が抜けないままアトランタ行きの旅客機に乗り込む。激しい乱気流での離陸になったが、彼の操縦テクニックは抜群で、機体は安定する。そんな中、アクシデントが発生!機体は制御不能となり急降下。ウィトカーはそのテクニックで緊急着陸に成功し、多くの乗客の命を救った。“奇跡の着陸”と一躍ヒーローとなった彼だが、事故後に行われた検査の結果、血液からアルコールが検出される。
監督はロバート・ゼメキス。
出演はデンゼル・ワシントン、ドン・チードルら。




予告編を見た段階では、飛行機事故をめぐるサスペンスタッチの作品かと思っていた。
だが内容としては、飛行機事故そのものよりも、パイロットに視点を据えた、ヒューマンドラマという方が適切である。
具体的には、弱い人間が、自分の弱さを見つめる過程を描いた作品といったところだろう。


主人公のパイロットはアルコール中毒で、ジャンキーでもある。
そういうわけで、人間的にはそれなりに問題がある人らしい。

しかし飛行機操縦の腕前だけは一級なのだ。
そしてその腕前により、下手したら、乗客乗員全員死亡となりかねなかった飛行機事故も、わずかな死亡者だけで収めることができている。

アクロバティックな飛行といい、危機を回避するための苦闘といい、事故のシーンは、なかなか見ごたえがあった。
しかし事故後の血液検査でアルコールが検出されたことから、彼は苦境にさらされることとなる。


デンゼル・ワシントン演じるパイロットは本当に重度のアルコール中毒である。
後半になるにつれて、その深刻度具合が増していき、痛ましさすら覚えるほどであった。
アルコール中毒が病気であることを、知識としてではなく、実感として、まざまざと見せ付けられる思いがした。

アルコールがいけないことは彼にだってわかっているし、何度も禁酒しようとしている。
しかし最終的には酒に逃げる毎日をくり返すばかり。

新しい恋人ができたときにも、アルコールから抜け出すチャンスはあった。
実際彼女は麻薬中毒で、そのためのカウンセリングを受けているし、彼をその依存症患者の集会にも誘っている。

しかし彼は自分が依存症であることを、なかなか受け入れようとせず、逃げ続けている。
そして保身をはかるため、アルコールを飲んでいたという事実を何とか隠ぺいし、偽証も依頼する始末。
そんな彼の、心の弱さを見ていると、やりきれない思いに駆られる。


だがそんな彼も、事故調査委員会の供述をきっかけに改心する。
正直、改心の動機付けとしては弱いが、再生が描かれて、見ていて正直ほっとした。
それに彼を支えてくれる人がいてくれたことにも救いを感じる。

丁寧に人の心を描いて好ましい一作であった。

評価:★★★(満点は★★★★★)

「ホビット 思いがけない冒険」

2012-12-16 19:38:10 | 映画(は行)

2012年度作品。アメリカ=ニュージーランド映画。
ビルボ・バギンズは、ドラゴンに支配され失われてしまったエレボールのドワーフ王国の再建をかけ、壮大な冒険の旅へ出る。ある時、魔法使いのガンダルフに突然声をかけられ、ビルボは、伝説的な戦士トーリン・オーケンシールド率いる13人のドワーフから成る一団に参加することになる。道中、ゴブリンやオーク、破壊的なワーグと巨大な蜘蛛、シェイプシフター、そして魔術師で埋め尽くされた危険な荒野へと誘われていく一団。彼らは東を目指す。目的地ははなれ山の荒地にあり、そこに辿り着くためには何としてもゴブリン・トンネルを生きて通り抜けなくてはならない。そこでビルボは自身の人生を永遠に変えてしまうクリーチャーと出会ってしまい……。
監督はピーター・ジャクソン。
出演はイアン・マッケラン、マーティン・フリーマンら。




「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚とも言うべきお話だ。

そういう点、なつかしい気分に浸れる映画である。
しかし新しいことに挑戦していないなとも感じた。
個人的にはその点が、どうにももどかしい。


今回の主人公はフロドの叔父のビルボで、ドラゴンの襲撃のため故郷を失われてしまったドワーフのために、一緒に旅をするというのがメインのお話だ。
その過程で、トロルやゴブリンといった「ロード・オブ・ザ・リング」らしい怪物と遭遇し、戦いながら、ドワーフたちの失われた故郷を目指していく。

一見それなりにおもしろそうな話ではある。
だけどそれは、指輪を捨てるため旅に出たフロドたちと構図的には一緒なのだ。

加えて怪物たちも既視感あるものばかり。
それをなつかしいと感じる面もあるが、ただ売れた作品を焼直しただけという風にも感じられてならなかった。
これでビルボが指輪の魔力にはまってしまったら(前シリーズのビルボからしてその可能性は高い)、まったく前シリーズと同じである。

それでも充分おもしろいけど、ちょっとだけガッカリしたのは否定できない。


しかし前作を知っている人間にとっては、なかなか楽しめる要素もある。
ガンダルフが再登場して今回も活躍しているし、フロドやエルフたちの登場にはなつかしさを感じる。

特にゴラムは今回も存在感があり、おもしろかった。ちょっとマッドな感じがして僕は好きだ。
それに指輪が、今回も出てきたのが印象深い。

ストーリーもそれなりに楽しめるものになっている。
戦闘シーンは見応えはあるし、CGを駆使した映像には臨場感があり、自然豊かなニュージーランドの風景は今回もきれいだった。


今回のシリーズも前作同様、三部作であるらしい。
現時点では映画館で見るかは不明だが、単品としてはそこそこ楽しめる作品になっていると思った次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)

「ふがいない僕は空を見た」

2012-12-05 20:50:23 | 映画(は行)

2012年度作品。日本映画。
助産院を営む母子家庭で育った高校生・卓巳は、あんずと名乗るアニメ好きの主婦・里美にナンパされ、コスプレをした情事を重ねていた。しかし同級生から告白されたことをきっかけに、卓巳は里美と別れる決意をする。里美は子作りを求める姑と頼りにならない夫との生活の中で、卓巳との情事だけが心の拠り所だった。一方、卓巳の友人の福田は、コンビニでバイトをしながら、出口の見えない貧しさに絶望を感じていた。
監督はタナダユキ。
出演は永山絢斗、田畑智子ら。




「ふがいない僕は空を見た」は3つの話が並行して語られる作品である。
1つ目は、不妊治療に悩む主婦里美と、彼女と不倫する高校生卓巳の話。
2つ目は、いい加減な母親のせいで生活に困窮する、卓巳の同級生福田の話。
3つ目は、助産師をしている、卓巳の母親の話だ。

物語の時間軸は共有しているが、それぞれのエピソードのテーマ性は結構ちがっている。
ある意味、群像劇的な話ではあるが、それぞれのストーリーの骨格は強固なので、バラバラの話が組み合わされたという印象を受けかねない。

実際前半で、里美と卓巳の話が終わり、福田の話に移ったときなんかは、物語のトーンががらりと変わってしまう。
だから見ている間は、これ大丈夫か、下手したら散漫な物語になるんじゃないか、とこっちは不安になったものだ。


しかしそれぞれのトーンが異なりながら、3つのエピソードは全体としても、きれいにまとまった作品となっていた。

1つ目の話で、セックスという行為と、その結実としての妊娠を描き、
2つ目の話で、無責任なセックスの果てにできた子どもが苦しむ話を描き、
3つ目の話で、出産を描いて、生まれ来る子どもたちへの祝福を描く。

確かに見ようによっては、細かなテーマ性はちがう。
しかし物語全体を貫いているテーマは、一貫しているのだ。

つまりはセックスと生である。
そしてその背骨が、個々のエピソードのトーンにもまして強固で、それゆえに心に残る。


だが生に伴うのは、常にある種の生きづらさだ。
それも丁寧に描いていて、なかなか忘れがたい。

1つ目の話だと、里美は、なかなか子どもができず、そのせいで姑からは何かといびられている。
夫はフォローもせず、それだけ見ていて本当にいたたまれない気もちになる。
田畑智子がそんな主婦を体当たりの演技で熱演しており、結構好印象だ。


2つ目の話も結構好きだ。
これは窪田正孝の存在感が光っていたと思う。
大河の平重盛といい、この人は役者になりそうに思う。

彼が演じているのは、親は頼りにならず、認知症の祖母を抱えて、生活もままならずバイトの日々を送る高校生だ。
福田は矛盾に満ちた存在である。
施しをもらうことを拒否する程度にプライドは高く、他人の不幸をさらに煽ろうとする程度に卑劣で、不幸に打ちひしがれているような同級生にいらだつ程度にまっすぐだ。
そこには一貫性があるとも見えない。

しかしその矛盾っぷりがやけにリアルで、むちゃくちゃ屈折していて、いらだちが存分に伝わってきて、非常にすばらしく何とも切ない。


そんな生きづらさにあふれたエピソードの中で、最後の母親の言葉が心に残った。
そこにあるのは、生まれ来る子どもたちに対する幸福を祈る気持ちだろう。
その中に、ぼんやりとした救いを見るようで、心に沁みる。


セックスから出産、そして子育ては、ある意味ひとつながりなわけで、そこには各種の厄介な問題がつきまとう。
それを丁寧にあぶりだし、その中からぼんやりとした希望を浮かび上がらせていて、見事な限りだ。なかなかの佳品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



原作の感想
 窪美澄『ふがいない僕は空を見た』

「ヘルタースケルター」

2012-07-18 20:11:03 | 映画(は行)

2012年度作品。日本映画。
完璧なスタイルと美貌を持った人気No.1モデルのりりこ。実は彼女の美貌は全身整形で作られたものだった。副作用に苦しみ整形を繰り返す彼女は、日本中から愛されながらも、後輩のこずえに人気No.1の地位を奪われるのではないかと恐れ、精神的に不安定になっていた。自分に心酔するマネージャーの羽田美知子とその恋人を利用し、こずえを陥れようと企むりりこ。そんなりりこを通じて美容整形業界の闇を暴こうとする男がいた…。
監督は「さくらん」の蜷川実花。
出演は沢尻エリカ、大森南朋ら。




岡崎京子の『ヘルタースケルター』は、間を置いて2度読んだことがある。
原作に対する率直な感想としては、悪くはないけど、さほど心に響かない、ってところだ。

映画は原作にわりかし忠実だが、個人的には映画の方が、原作よりおもしろく思えた。

それはたぶん映像の勢いと、沢尻エリカの存在感によるところが大きいのだろう。


蜷川実花の映像は、AKB48の「ヘビーローテーション」しか見たことはないが、彼女の写真同様、やはり色合いは独特だ。
原色の多用は幾分わずらわしく、ついでに音楽もうるさいくらいだけど、何かしらのインパクトがあり、心にも残る。

そしてその色合いゆえか映像世界にふしぎな勢いが感じられる。
それが女性の美をテーマにした作品とうまくマッチしている。


全身整形したモデルのりりこが、芸能界のトップスターとなり、やがては破滅していく姿を描いている。

主人公りりこを演じる、沢尻エリカの存在感は抜群である。
彼女をたたく人は多いけど、それだけたたかれるのは、それだけ目立つからなんだろうな、なんて思ったりする。

沢尻演じるりりこは、はっきり言って性格が悪い。
マネージャーには冷たい態度を取り、仕事を取るため枕営業もするし、ほかの女が自分より目立とうものなら嫉妬心を露わにし、そして自分の美に強烈なまでに執着する。
しかし同時に、過剰なプレッシャーから、もろさを見せるほど、繊細なところもある。

そんなりりこは、まさに沢尻エリカにうってつけのはまり役だった。
感情表現豊かに、ときに鬼気迫る表情を見せるあたりの演技はいい。
人が何と言おうと、この人はやっぱり何かをもってる女優だと思う。


また原作を読んだときはさほど響かなかったが、女性の美というテーマ性も良かったと思う。

男女とも外見がいい方が得だが、女性は特にその判定にさらされる頻度が多い気もする。
りりこが美に執着するのもそのためで、その結果として芸能界を上り詰めるに至る。

一方、りりこの後から登場する新人こずえは、ほとんど芸能界に執着しない。
たぶんそれは、こずえが最初から美をもっているからなんだろうな、と思う。
元々、美の世界にいなかったりりこにとって、一度つかんだ美しさは、とてもじゃないが、手放せるような代物ではないのだろう。

だけど美しさなんて、所詮社会においては消費されるだけのマテリアルでしかない。
そういった主題の描き方と、それに伴うある種の虚しさ、破滅へと向かわざるをえない必然的な展開が印象的だ。


無駄なシーンがかなり多くて間延びしているけど(セックスシーン長すぎだろ。見たいけどさ)、映像、キャラクター、物語、沢尻エリカをはじめとする俳優陣の演技など印象深い。

世間的にどう捉えられるかは知らないが、僕はこの作品が好きなようだ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

「別離」

2012-06-19 21:02:44 | 映画(は行)

2011年度作品。イラン映画。
シミンとナデルはテヘランに住む夫婦。娘のテルメーとナデルの父と4人で暮らしている。シミンは娘の将来を考え、家族揃っての国外移住を考えていたが、夫ナデルの父がアルツハイマーに罹ってしまい、夫は介護の必要な父を残しては行けないと主張してきかない。娘のためには離婚も辞さないと言うシミンは、娘を連れて実家に戻ってしまう。ナデルは家の掃除と父の介護のために、敬虔なイスラム教信者のラジエーという女性を雇う。
監督は「彼女が消えた浜辺」のアスガー・ファルハディ。
出演はレイラ・ハタミ、ペイマン・モアディら。




「別離」は抜群に上手く、後味の悪い作品である。

キャラクター造形はうなってしまうほど優れており、物語の構成は卓越している。
だが主要登場人物が総じて不幸に陥るという、ある種の鬱映画に仕上がっているからだ。

僕的にはありだが、たぶん評価は分かれるのだろう。


物語は離婚調停を申請する夫婦が登場するところから始まる。妻は外国への移住を希望しており、夫は父の介護を理由に移住を拒否している。その結果の離婚調停である。妻は自分の代わりに義父の面倒を見る家政婦を手配するが、やがてトラブルが発生する。
そういう映画だ。

主人公は離婚調停する二人の夫婦だが、この人物描写が個人的には印象的だ。

夫ナデルは父親思いで、娘も大事にしており、責任感もあるようだが、何かと意固地になりがちで、少しケチでもある。
少しつっこんだ見方をするなら、未練がましい態度を女々しいと考えるような男なのだろう、と思う。すこぶるマッチョだが、融通は利かない。

一方の妻シミンの方は、一番バランスの取れた人物だ。意地ばかり張っているわけでなく、妥協点を見出し、現実的な解決を探ろうとする。
ただ幾分性急なところがあり、大事なところは自分で言うよりも、相手に気づいてほしい、と考える傾向がある。ある意味女性的かな、と思うが、偏見だろうか。

ともあれ、どちらもそこらにいても、おかしくない人物造形である。


さてそんな二人の離婚だが、傍目的には、充分回避可能な問題だなと感じた。

シミンは自分の意見を通すため、試すように離婚を口にしたっぽいようだが、ナデルはそれを引き止めようともしなかったことが、どうも物事の根本だったらしいことが仄めかされる。
決して憎みあっての末の離婚ではない。

そういう状況である以上、どっちかが折れれば済むだけの問題だ。
それに気づいているから、娘は間に立ってがんばっている。おかげでトラブルを契機にやり直す機会は幾度か生まれた。

だが意地を張り合った挙句、二人は抜き差しならない状況にどんどん陥ってしまう。
それが見ていて悲しい。


悲しいのは、家政婦夫婦も同じことだ。
家政婦は信仰心が厚い女性で、その夫は短気で粗暴な男だ。
もうこの夫婦関係の時点で哀れなのだが、そこから子どもの流産、そして最後の示談とあくまで不幸に襲われていく。

もう少しみんなが上手く立ち回っていれば、主人公夫婦の離婚と言い、流産をめぐるトラブルと言い、回避できるポイントはあったのだろう。

しかし一度狂った歯車は最後まで狂い続け、誰もが不幸という袋小路にはまっていく。
何とも苦々しい。


そんな幸福からどんどん離れていく男女の物語を、緊張感あふれる展開と、巧みなストーリーテリングでぐいぐいと引っ張っていく。

内容的に、見る人を選ぶ映画だと思うが、完成度はまちがいなく高い。
僕はこの作品が好きだ。
そう声を大にして叫びたくなるような、すばらしい作品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

「ファミリー・ツリー」

2012-05-22 20:50:50 | 映画(は行)

2011年度作品。アメリカ映画。
ハワイ・オアフ島で生まれ育った弁護士のマットは、妻と二人の娘たちと何不自由なく暮らしていた。カメハメハ大王の血を引く彼は、祖先から受け継いだ広大な原野を所有しており、それを売却し巨額の富を得るか自然を守るかの決断に迫られていた。そんな中、妻がボートの事故でこん睡状態に陥ってしまう。さらに妻には恋人がいて、離婚を考えていた事が発覚する。そればかりか娘が妻の浮気を知っていたと告白、マットは動揺する…。
監督はアレクサンダー・ペイン。
出演はジョージ・クルーニー、シャイリーン・ウッドリーら。




いい映画である。
見終わった直後は、さほどのインパクトを残さないものの、じわじわと心の中に染入る。
同監督の「サイドウェイ」同様、滋味深く、口当たりのいい映画というのが総じての印象だ。


事故で重体に陥った妻が、浮気をしていた。その事実を知った男と、家族をめぐる物語だ。
ジョージ・クルーニー演じる主人公のマットは、弁護士ということもあり、社会的には成功しているのだろう。だがこれまで家庭を顧みてこなかったし、そのおかげで子どもの接し方もわからなくなっている。
そのほかにもいろいろトラブルを抱えていて、大変そうではある。

マットは決して悪い人ではない。
妻の浮気に対して怒りを爆発する場面もあるが、押し付けがましいところもないし、相手に対する気遣いもできている。
だがその分、トラブルに対して、どうしていいのかわからず、途方に暮れているようにも見えて、興味深い。

ジョージ・クルーニーがそんな中年男性を大変上手く演じているので、よけいに彼の心情を追体験できる。
おかげでマットの苦悩や苦痛が、見ているだけでしみじみと伝わってきてすてきだった。


そんなマットも、やがては妻の死を、彼女がしたことも含め、娘たちといっしょになって受け止めていく。
その過程を無理なく丁寧に描いていて、なかなか良い。

個人的にはラストシーンの、三人でテレビを観るシーンが印象的だ。
冒頭であれほどバラバラだった三人が、家族として親密に暮らしている。その場面を見ているだけで、温かい気分になり、気持ちよく映画館を出ることができる。
そんな気持ちにさせてくれるという、一点をとっても、映画としてはすばらしいことだ。


派手さはないものの、筋運びは上手く、映画の世界をじんわりと堪能することができる。
味わい深い一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

「ポエトリー アグネスの詩」

2012-05-13 18:48:15 | 映画(は行)

2010年度作品。韓国映画。
遠く釜山で働く娘の代わりに中学生の孫息子を育てている初老の女性ミジャ。たまたま通りがかりに詩作教室を見つけ、子供のころ、詩人になればいいと言われたことを覚えていた彼女は、詩を書いてみたいと思い立ち、通うことにする。だが、花鳥風月を眺めては美しい言葉を探す穏やかな日々に飛び込んできたのは、あまりにも厳しい現実だった。
監督はイ・チャンドン。
出演はユン・ジョンヒ、イ・デビッドら。




イ・チャンドンの作品は「ペパーミント・キャンディ」と「オアシス」しか見たことはない。
その程度の知識だけで判断するのもどうかと思うけれど、何となくイ・チャンドンは、文学的な作品を撮るという印象を持っている。

今回の「ポエトリー」も文学的な作風と言える。
全体的に静かな雰囲気が流れており、感情の描き方には、余白があり、豊かで味わい深い世界が広がっている。個人的には好みの作品だ。


孫息子を育てるため、家政婦として働いている初老の女ミジャが主人公である。

ミジャを取り巻く環境は、決して明るいものではない。
まず孫息子に問題がある。孫は祖母を邪険にし、自分勝手に生きているような男の子だ。
思春期らしい青年像なのかな、と最初は思ったのだが、どうやら一人の女子高生の自殺に関係していることがわかってくる。

その事実を知った老女の打ちのめされる姿が、少し切ない。
葬式の場面で衝動的に相手の女の子の写真を盗んでしまうところや、シャワーを浴びながら泣くシーンなんかには、彼女の苦悩がにじみ出ていて、胸に迫る。

だがそんな風に、祖母が苦しんでいるにもかかわらず、当人の孫の方は、死んだ女子高生の写真をあてつけのように見せられても、平然としているのだ。
そのシーンには、見ている僕の方までショックを受けてしまう。僕でさえそうなのだから、ミジャはなおのことだろう。


また孫だけでなく、ミジャ当人にもトラブルは襲い来る。

その最たるものはアルツハイマー病だ。
彼女は詩を書きたいと思っているのだが、そう思っている彼女の頭からは、ゆっくりと単語が消えようとしている。
また被害者の家族に示談のために会いに行ったはずなのに、彼女自身、その目的を忘れてしまうほど病状は進行している。

彼女の中から、多くの大事なものが失われようとしているのが伝わり、見ていて悲しい気持ちになってしまう。

そんな彼女の取り巻く状況を、積み重ねるように丁寧に描いていて、大変好ましい。
そして映画を見ながら、ミジャの言葉にはできない感情を追体験し、共に悲しみ、共感し、憐れみにも似た想いを抱くことができるのだ。
そう観客に感じさせる作品に仕上げている点をとっても、実にすばらしい一品である。


本作は決して派手なものではない。
しかし感情を積み重ねることによって、しんしんと胸に響く作品となりえている。
実に深い余韻に満ちた、すてきな作品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」

2012-04-11 20:45:21 | 映画(は行)

2011年度作品。アメリカ映画。
60年代前半の米国南部の町ジャクソン。大学を卒業して実家に戻ったスキーターは、生まれ故郷の保守的な町で旧態依然の人種差別が公然と行われている事にショックを受ける。友人たちは皆結婚して家事も子育ても黒人メイドに任せっきりの暮らしに何の疑いも抱いていない。進歩的で作家志望のスキーターは、メイドたちの虐げられた実態を伝える本を書こうと決意するが、報復を恐れる彼女たちの口はなかなか開かなかった…。ヘルプ ~心がつなぐストーリー~ - goo 映画
監督はテイト・テイラー。
出演はエマ・ストーン、ヴィオラ・デイヴィスら。




公民権運動の激しい時代の物語である。
舞台がアメリカ南部ということもあってか、特に黒人差別は根強く残っている。

主人である白人たちは、黒人たちと同じ食器を使わせないし、同じトイレも使用しない。黒人の前で差別的な言動をすることもある。
現代に住む僕から見ると、物語の都合で言っているように見えるほど、露骨なまでの差別的対応である。
でもフィクションの要素はあれ、現実にこのようなことは行なわれていたのだろう。
現代日本に生まれた僕は運がいい。


しかし差別する側の白人の生活は、差別される側の黒人によって支えられている。
家事手伝いはすべて黒人が行なうし、何より白人の子どもは、黒人が面倒を見ている。
実の母親は子どもを顧みず、ネグレクトばりの扱いをする始末で、子どもは実の母より、育ててくれる黒人になついているくらいだ。

白人は彼らを排除しながら、多くの部分を彼らに依存している。
よくもまあ、こんないびつな構造が成立していたものだ、と感心してしまう。遠からぬ将来に破綻することは、火を見るよりも明らかだ。

だけど当時の黒人たちは、当然そういう判断はできない。
どれだけ差別されても、黒人たちは雇用の不安から不平を言えないのだ。本当にいびつな事態である。


ジャーナリスト志望の主人公の白人女性は、黒人メイドたちの声を拾い集めていく。
それが構造的にゆがんでいることが明らかだからこそ、それを正そうとするのだ。
その行動は正しく、意味のあることであり、それゆえに美しい行為でもある。

だけど、彼女の行動が真に美しい理由は、黒人女性たちとの間に、きっちりとしたきずなができているからだろう。

社会正義を目的に、人は動くこともある。だけど本当に人を動かすのは、人とのつながりにあるのかもしれない。
そのことが伝わり、淡い感動を覚える。
人間である以上、白人であろうが、黒人であろうが、本質的な部分は変わりないのだ。


ともあれ、いい映画である。
お行儀よすぎるくらいにいい映画であるため、深いところまでは訴えかけてこないけれど、静かに胸を震わす作品だった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・ヴィオラ・デイヴィス出演作
 「消されたヘッドライン」
 「シリアナ」
 「ダウト ~あるカトリック学校で~」
 「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」

「ヒューゴの不思議な発明」

2012-03-06 20:53:28 | 映画(は行)

2011年度作品。アメリカ映画。
ひとりぼっちの少年ヒューゴは、時計のネジを巻きながらモンパルナス駅に隠れ住んでいた。彼は駅の中の玩具店で玩具を盗もうとし、店主のジョルジュに見つかってしまう。ジョルジュは、ヒューゴのポケットの中にあった手帳を見つけ取り上げた。父の遺品であるその手帳には、父が見つけてきた不思議な機械人形の修理法についての研究結果が書かれていた!手帳を取り返すため、ヒューゴはジョルジュの養女・イザベルに協力を頼む。ヒューゴの不思議な発明 - goo 映画
監督はマーティン・スコセッシ。
出演はベン・キングズレー、サシャ・バロン・コーエンら。




ストーリー的にはいまいち弱いが、細部はいい。
それが「ヒューゴの不思議な発明」の個人的な感想である。


予告編やタイトルからして、ファンタスティックでファンタジックな作品かな、と思っていたけれど、機械人形などのガジェットをのぞけば、わりに現実的な作品である。
それに少年がメインの話かなと、タイトルからしても思っていたが、どちらかと言うと、ベン・キングズレー演じる過去をかくした老人の方がフィーチャされているようにも感じた。

もちろんファンタジーでなかろうが、じいさんの話だろうが、どっちでもよく、おもしろければ何でもいいのである。
ただ、じいさんの話なのか、少年の話なのか、はっきりしないがために、どっちつかずになってしまい、焦点がぼやけてしまったように個人的には感じられた。

それにこの作品、あまりテンポが良くないようにも思う。
特に公安官がらみのシーンなどは、削ってもいいんでないの、と気がした。

それらのおかげで、全体的に見ていてもどかしく感じる。僕の趣味の問題ではあるけれど。


しかしガジェットや雰囲気などの細部はいいのである。

1920~30年代と思われる街並みの風景は味わい深いし、時計塔の内部などは、まるで秘密基地みたいなたたずまいで、見ていてワクワクしてしまう。
ぜんまい仕掛けのおもちゃだとか、歯車式の時計などの道具立ても、レトロ感満載で見ていて楽しい。
そういった世界観の美しさは目を見張るものがある。

また本作は映画に対する愛も伝わってきて、それも興味深い。
ジョルジュ・メリエスの映画などは、いま見ると稚拙な部分もあるけれど、アイデアを駆使して映画を撮ろうとしているのが伝わってきて、その意欲は大変すばらしいな、と感じる。

そんなメリエスの偉業と意欲を伝えようと、スコセッシも工夫して見せようとしている。
そしてそれはすなわち映画に対する、スコセッシの愛でもあろう。それが見ていて好ましい。


結果からすると、僕個人には合わない作品だったが、光る部分もあった。
合う人は合うのだろうな、と感じさせる楽しさに満ちた一品である。

評価:★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・マーティン・スコセッシ監督作
 「グッドフェローズ」
 「シャッター・アイランド」
 「ディパーテッド」
・ベン・キングズレー出演作
 「オリバー・ツイスト」
 「シャッター・アイランド」
 「ラッキーナンバー7」
・エイサ・バターフィールド出演作
「縞模様のパジャマの少年」
 「リトル・ランボーズ」

「ヒミズ」

2012-01-24 21:27:12 | 映画(は行)

2011年度作品。日本映画。
15歳の少年・住田祐一は、実家の貸しボート屋に集まる、震災で家を失くした夜野さん、田村さんたちと平凡な日常を送っていた。住田のクラスメイトの茶沢景子は、大人びた雰囲気の住田が好きで猛アタックをかける。疎まれながらも彼との距離を縮めていく茶沢。ある日、借金を作り蒸発していた住田の父が帰って来た。金をせびりながら殴りつける父親の暴力に耐える住田。ほどなく母親も中年男と駆け落ちしてしまい、住田は天涯孤独となってしまう。(ヒミズ - goo 映画より)
監督は「愛のむきだし」の園子温。
出演は染谷将太、二階堂ふみ ら。




決して良い映画とは言えない。しかしまっすぐ心に届く作品となりえている。
それが「ヒミズ」の総合的な印象である。


園子温の演出は過剰という印象が強い。
本作においてもそれは変わらず、喜びにしろ、怒りにしろ、それを前面に出して表現することが多かった。

おかげで演者も叫んだり、オーバーアクションの演出が目立っていたように思う。
また、教室で叫んだり、ゲームとか言ってはたき合ったりするなど、現実的に見て普通はありえないなと感じるような演出も多かった。
そのため、どうも見ていて引いてしまう部分は多かった。

過剰なのは演出だけでなく、道具立てもそうである。
母親が娘の絞首台をつくったりするところや、ピザ屋をむかえる下着姿の女とか、やりたい放題かよ、と見ていて感じる部分が目立った。

そういった過剰さのおかげで、個人的には上手く物語に入り込めなかった。
「愛のむきだし」も過剰だったが、まったくそんなことは感じなかっただけに、なぜ本作がこうなってしまったのか、わからない。あるいはシリアスなのに、非現実的な点がミスマッチだったのかもな、という気もする。


しかしその過剰さが、いい方向に向かっているポイントもあるのだ。
そう感じたのは、染谷将太と二階堂ふみ、という若手二人の力によるところが大きい。
園子温は「愛のむきだし」の満谷ひかりといい、「冷たい熱帯魚」のでんでんといい、演者の個性を引き出すのが上手いらしい。

染谷将太演じる住田は、親に捨てられたような少年で、特に父親を恨んでおり、その精神状況は鬱に近く、おかげで破れかぶれになっている。
染谷はその役にしっかりと入り込んでいるのが、見ていても伝わってきて、妙な力強さがある。

そんな住田を支える、二階堂ふみの演技もすばらしい。
基本的に彼女演じる茶沢はイタい子である。ここまでうざい子はいるのだろうか、と疑問に思うほどに、押しつけがましくて、見ていていい加減にしろよ、と言いたくなる面もある。
だがたとえば泣くシーンには感情がしっかりこもっているのは、見ていてもわかるし、それだけに彼女の思いが見ている側の心にまでしっかり届いてくるのだ。


染谷将太も、二階堂ふみも、ともかくひたむきに感情をむきだしにして、演じていてる。
そしてそれだけ感情を露わにして、まっすぐに表現しているからこそ、ラストシーンで感動できるのだ。

住田は、人生に絶望しきっており、切実に死を意識するようになっていく。
そんな住田に対して、茶沢は「ガンバレ住田」と叫んでいる。

その言葉は本当にまっすぐな言葉である。はっきり言ってベタと紙一重だ。
だがその言葉を発する二人の感情は、どこまでもひたすらにまっすぐなのである。そして、それがまっすぐである分、見ていて深い感動を覚えてしまうのだ。
そんなラストのカタルシスがなんとも忘れがたい。


「ヒミズ」は本当にいろいろと欠点の多い作品と思う。だから、良い映画とは決して言い難い。
だがこのストレートなメッセージ性ゆえに、まっすぐ心に届く作品となりえている。そう思う次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・園子温監督作
 「愛のむきだし」
 「恋の罪」
 「冷たい熱帯魚」
・染谷将太出演作
 「14歳」
 「パンドラの匣」

「50/50 フィフティ・フィフティ」

2012-01-15 22:40:00 | 映画(は行)

2011年度作品。アメリカ映画。
シアトルの公営ラジオ局で番組制作の仕事をしているアダムは、現在27歳。彼自身は几帳面な性格だが、ガールフレンドで画家のレイチェルは整理ができないし、同僚で友人のカイルは女好きのお気楽人間と、周りは彼とは正反対。しかしそんな生活がアダムには心地よかった。そんなアダムに思いもよらぬことが。検査によればガン。ネットで調べると、5年後に生きている確率は「50/50(フィフティ・フィフティ)」! その日からアダムの生活は一変する。(50/50 フィフティ・フィフティ - goo 映画より)
監督はジョナサン・レヴィン。
出演はジョセフ・ゴードン=レヴィット、セス・ローゲンら。




20代の青年がガンにかかり、闘病生活を送る。それが主題の映画である。下手をすれば重くなりかねないテーマだ。
だけど、ふしぎと重たさを感じさせず、ユーモラスな作品になっており、それが大変新鮮で、印象も良かった。
それもこれもつくり手のセンスの賜物だろう。


ユーモアを感じた理由は、主人公や周囲の人物たちの描き方によるところが大きい、と思う。

主人公のアダムは 基本いい人である。あるいは自分を押し殺しがちな人と言うべきか。
よく気がつくし、他人がわがままを言ってもそれに対し気を使う場面が多い。
そんな彼に対して周りはアクの強いメンツばかりだ。女好きの友人に、干渉したがる母親と、主人公をふり回すタイプばかり。

そういう性格のギャップもあってか、会話やちょっとした間などに笑いが生まれる瞬間がいくつも見られた。
そんなおかしみのあふれる描写が見ていてもなかなか好ましい。
おかげでガンという死と結びついた悲観的な内容にも関わらず、陰鬱に陥らなかった点は大きな美点だ。


とは言え、ガン患者を描いている以上、そこは軽いばかりではいられない。
当人としては、死の恐怖を覚えるときもあるし、自分の苦悩を理解してもらえないように感じたりして、いらだつときも、当然ながらある。自分のことばかり考えているような友人や、やたら口だす母にガマンならないときだってある。

それでも、周りの人間だって、彼のことを大事に思っているし、何とか力になりたいと考えるものだ。
彼自身、そんな、すぐには見えない周囲の優しさに支えられているのである。

そんな雰囲気のやわらかさが心地よい。おかげでとても爽やかで心に響く一品になりえているのである。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・ジョセフ・ゴードン=レヴィット出演作
 「インセプション」

「BIUTIFUL ビューティフル」

2011-09-13 20:08:37 | 映画(は行)

2010年度作品。スペイン=メキシコ映画。
スペインのバルセロナに暮らす男・ウスバルは、妻・マランブラと別れ、男手一つで二人の子どもを育てていた。彼はアフリカ系や中国系の不法移民たちへの仕事の口利きや、警察への仲介などで収入を得ている。ある日、彼は病院で自分が末期ガンで、余命二ヶ月の宣告を受ける。しかし、そのことは誰にも告げず、子どもたちに少しでも金を残そうとしていた。マランブラとも再び同居を始め、彼は死の準備を整えようとするのだが…。(BIUTIFUL ビューティフル - goo 映画より)
監督は「25グラム」のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。
出演はハビエル・バルデム、




自分が余命いくばくもないとわかったとき、人は何を考えるだろう。
たいていの人は、自分の近しい人に何を残すか、を考えるのではないだろうか。

この映画の主人公もそれは一緒である。

彼は裏社会のブローカー的な位置にいる。麻薬や偽ブランドを売ったりする黒人や中国人に近づき、彼らの品を売り飛ばすために、警察と接触し、彼らが摘発されないようにする。そして彼らの収入をピンはねすることで生計を立てている。
言うまでもなく、あまりまっとうな生活ではない。


そんなまっとうでない彼だけど、家庭内では、厳しいものの責任感の強い父として描かれている。
だからこそ、彼は残していく子どもたちがうまく生活できるよう、考えて行動する。
どこまで意識的かは知らないが、彼が元妻とよりを戻そうと考えるのはそれもあるのだろう。

そういった過程はベタだけど、結構おもしろい。
そしてそれが元妻のわがままな性質のために、破局に至る過程も含めて、なかなか魅せてくれる作品である。


しかし彼は結構いろんなものを背負っているな、と映画を見ていると、感じさせられる。
自分の子どもだけでなく、ビジネスパートナーである黒人や中国人たちの面倒も、こまめに見ている。
もちろんそれは、金のためである。
でも同時に、自分が死ぬからこそ、心置きなく死ねるよう、あえて献身しているのかもしれない、って見方もできなくはない。

そう感じるのは、基本的に彼はいい人なんだろうな、と見ていて感じるからだ。
いいやつでなければ、中国人の姉弟に、あんな風に優しい視線は送れないだろう。
そんな彼の優しさに気づいたからこそ、黒人の女性も最後もどって来たのだ、と僕は思う。

亡き父と再会する、穏やかなラストシーンもすてきだった。


あえて難を言うならば、ストーリーに、まとまりのないことだろうか。
だが物語には力があり、キャラクターには強い息吹が吹き込まれていて、そんな欠点を吹き飛ばしている。
あまりうまく語れないが、要するに、僕はこの作品が結構好きということらしい。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作
 「バベル」
・ハビエル・バルデム出演作
 「宮廷画家ゴヤは見た」
 「ノーカントリー」

「127時間」

2011-06-23 21:35:48 | 映画(は行)

2010年度作品。アメリカ=イギリス映画。
2003年4月25日金曜日。いつものように行き先を誰にも告げず、休日はクライマーとして人生を謳歌しているアーロン。今回の目的地はブルー・ジョン・キャニオン。土曜日の朝、車からMTBを取り出し渓谷へ向かった。途中、道に迷った二人の女性を秘密の場所へと案内する。そこは岩と岩の隙間から下の泉へとダイブできる場所。大胆なアーロンの行動力は彼女たちを魅了する。そんなアーロンに、思わぬ災難が降りかかる。(127時間 - goo 映画より)
監督は「スラムドッグ$ミリオネア」はダニー・ボイル。
出演はジェームズ・フランコ ら。




ストーリーをシンプルにまとめるなら、岩に手をはさまれた男の脱出劇ということになる。

そういうお話だから当然なのだが、脱出のため、主人公は文字通り悪戦苦闘をくりひろげる。
だが彼があらゆる努力を尽くしても、自分の手をはさむ岩を動かすこともできず、削ることもままならない。身動きは取れず、水も食料も乏しいため、いやでも体力は奪われる。
どれだけがんばってみても、そういう状況をなかなか変えることができないのだ。
大変だよな、とそれを見ていると心から思ってしまう。いや、大変だよな、ですまないレベルではあるのだが。

当然そういう状況だから、ネガティブなことも考えるし、死を意識し、幻覚を見ることもある。
人は死ぬ間際に走馬灯を見ると言われる。彼も走馬灯とまではいかないけれど、人生をふりかえるような幻覚を見ることになる。
そこで彼が思い返し感じることは、両親に対する感謝であり、別れた元カノに対して、かまってやれなかったことに対する後悔だ。
まさに死を前に思うようなことを、彼はくり返し幻視している。


しかしそういう風に自分の人生をふり返るからこそ、生きたいという意志も湧いてくるのかもしれない。
死を覚悟したからこそ、彼はどんな手段を使ってでも、生きてやろうと決意するのだ。

もっともその手段は、予告編を見た段階で概ねの想像はついていた。というか、多くの人はかなり早く段階でその方法に気づくだろう。
しかしその方法を行なうためにする決意は、はっきり言って僕の想像以上のものだった。
なんてこったい! と心の中でつぶやいてしまうほどに、それは苛酷な決断なのだ。

しかしそれでも彼はその勇気ある選択をしたのだ。それこそ、彼なりの生きる意志でもあるのだろう。
そしてそんな彼の行動を見たからこそ、ラストにヘリがやって来るシーンを見て、心からほっとし、感動もできるのである。


生きているという状況は本当にありがたいものだ、とつくづく思う。
そして生きるために、あがく人間の行動に、生というものの可能性を感じてしまう。
人間の強さを教えてくれる、そんな力強い一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・ダニー・ボイル監督作
 「スラムドッグ$ミリオネア」
・ジェームズ・フランコ出演作
 「ミルク」

「ブラック・スワン」

2011-05-30 23:45:42 | 映画(は行)

2010年度作品。アメリカ映画。
ニューヨーク・シティ・バレエ団のバレニーナ・ニナは、純真で繊細な“白鳥”と、妖艶に王子を誘惑する“黒鳥”の二役を踊る「白鳥の湖」のプリマドンナに大抜擢される。しかし優等生タイプのニナにとって“白鳥”はともかく、悪の分身である“黒鳥”に変身することは大きな課題だ。初めての大役を担う重圧、なかなか黒鳥役をつかめない焦燥感から、精神的に追い詰められていくニナ。さらにニナとは正反対で、“黒鳥”役にぴったりの官能的なバレリーナ・リリーが代役に立ったことで、役を奪われる恐怖にも襲われる。ニナの精神バランスがますます崩壊する中、初日は刻々と近づいてくる…。(ブラック・スワン - goo 映画より)
監督は「レスラー」のダーレン・アロノフスキー。
出演はナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル ら。




ナタリー・ポートマンはやせている。少なくともその体型はグラマラスとは到底言えないだろう。
もちろん、無駄な肉のついていないスリムなスタイル、って言い方もできるかもしれないけれど、その腕と体は細く、ずいぶん華奢に見える。
その細さは、エロティックと言うよりも、こわれそうな危うさすら感じてしまう。

しかしその危うい姿こそが、この映画においては大事なポイントでもあるんだろうな、と同時に感じるのだ。


映画は、『白鳥の湖』の主役に抜擢されたニナの物語である。
彼女は繊細で臆病な白鳥と、王子を誘惑する官能的な黒鳥の役を踊ることになるが、白鳥は完璧に踊れても、黒鳥を演じるには情熱が足りない、もっと自分を解放しろ、と指摘される。
そんな風に舞台監督から言われるのは、ニナが、黒鳥ではなく、白鳥のようなキャラクターであるからにほかならない。


そんな彼女の人格形成に、母親の抑圧があることが仄めかされている。
娘を過保護に扱い、バレエダンサーだった自分のキャリアの夢を娘に託している母の前で、ニナはいい子を演じている。自慰をしても、母親の存在を意識するような人なのだ。
そういう性格だからゆえか、自分を解放することができない。

たぶん彼女は母親から逃げたいと、心のどこかでは思っているのだろう、と僕個人は感じる。
でも彼女にとっては、母親から逃げることや、性欲やら本能やらを解放すること自体が、ある意味、一つの抑圧だったんじゃないのか、という気もしなくはない。


そういった抑圧だけでも、彼女にとっては苦痛だけど、役そのものに対するプレッシャーも彼女にとっては、精神的にしんどいことだったのだろう、と思う。

以前プリマだったベスに、彼女は自分の理想形を見ているふしがあるのだけど、そんな彼女を蹴落としたことに罪悪感を抱いているっぽいし、彼女ほど完璧に踊れていないことに悩んでいる描写がちらほら見られる。
また、自分よりも完璧に黒鳥を踊るライバル、リリーに脅威を感じ、自分が逆に蹴落とされてしまうのでは、とさらにプレッシャーを感じている。
白鳥のような彼女にとっては、そんなプレッシャーはつらいことなのだろう。


そんなキャラクターを反映してか、映画はやがて現実と幻想が入り混じってくることになる。
その描写は本当にこわくて、見ていてぞわりと感じるシーンは多かった。この雰囲気は好きだ。

だけどそこまでホラーチックに追いつめられたからこそ、彼女はついに黒鳥の役柄を自分の手の内に入れることに成功するのである。

ラストの黒鳥のシーンは本当にすばらしかった。
「白鳥の湖」のパフォーマンスは果たして成功するのだろうか。映画を見ている間、僕はそんな不安を感じながら、ニナのダンスを見ていた。
それだけに黒鳥のダンスで、唐突に変貌したことにびっくりしてしまう。

そのときの彼女のダンスを一言でまとめるなら、鬼気迫る、と言ったところだろうか。
その中には、狂気すら見えかくれしていて、それだけに心底ぞくりとするのだ。このダンスシーンは圧巻だ。


ともあれ、サイコスリラーらしく、不穏な空気に満ちていて、終始見入ってしまった。
ゾクゾクしながら、俳優の演技のすさまじさを堪能できる。「ブラック・スワン」はそういう作品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・ダーレン・アロノフスキー監督作
 「レスラー」
・ナタリー・ポートマン出演作
 「Vフォー・ヴェンデッタ」
 「マイ・ブルーベリー・ナイツ」
・ヴァンサン・カッセル出演作
 「イースタン・プロミス」
 「オーシャンズ13」