マスミンのピアノの小部屋

ピアニスト兼ピアノ指導者松尾益民が、ピアノや教育、世の中の出来事など日々感じることを、徒然なるままに綴ります。

リサイタルでの演奏曲について第2部

2024-03-01 00:14:31 | コンサート
第2部は、「愛を奏でる」として、愛に関係ある曲を取り上げています。
リスト:献呈(シューマン) S.566
シューマン(1810~1856)が1840年に作曲した歌曲集「ミルテの花」作品25の第1曲「献呈」を、リスト(1811~1886)がピアノ独奏用に編曲したものです。
シューマンはこの年、10歳年下のクララと結婚していて、クララとの結婚の前日に、クララに献呈したものです。
愛に満ちている原曲を、リストがいかにもリスト!という感じに編曲しているのです。
曲の最後は、「ア~ベ・マリ~ア」と祈りのフレーズで締めくくられています。
リストには、パラフレーズ物がたくさんあります。
当時流行っていた、オペラのアリアや重唱、歌曲や交響曲など様々なジャンルの曲を、ピアノ1台で弾けるように編曲したリストの曲は、手軽に聴ける機会として人気があったようです。

日本語訳として、「あなたが欲しい」という言い方をしていますが、「あなたが欲しい」だったら、フランス語では、Je vous veux.(ジュ・ヴ―・ヴ―)になるので、「おまえ(または君)が欲しい」と言う方が正しいと思うのですけどね。

ブラームス:6つの小品 作品118より 第2曲 間奏曲 イ長調
この曲は、ブラームス(1833-1897)の後期の作品の中でも特に人気のある曲です。
はっきりと愛を示した曲ではないのですが、ブラームスの敬愛するクララ・シューマンとの関係で、まぁ愛の曲と言えなくもないかな…と、入れてみました。
ブラームスは、ピアノ曲を、初期(1851~55)と、晩年1892年に集中して作っています。
この間の時期にラプソディとか作品76の少品集とか変奏曲とかを作っていますが…。
初期はソナタとかかっちりした曲で晩年は小品。
1892年にオーストリアのイシュルで、作品116~119の計20曲を作曲し、この後はピアノ曲は書いていません。
作品118の6曲と119の4曲の筆写譜を、クララ・シューマンに送ったと言われています。
クララ・シューマンはシューマンの奥さんで、ピアニストでもあり、シューマン存命中からブラームスは交流があり、クララのことは敬愛していました。
さて、作品118の第2曲は間奏曲イ長調で、非常に美しい曲です。
和声的要素と対位法要素がうまく融合して、洗練された流れを作っています。
ABAの3部形式。

グリーグ:抒情小品集第8集 作品65より 第6曲 トロールハウゲンの婚礼の日
グリーグ( 1843-1907)と妻ニーナの結婚 25 周年を記念して 1896 年に書かれました。
トロルドハウゲン(トロールハウゲン)は、ベルゲン郊外で、グリーグの記念館があるところです。
トロールハウゲンは、「トロルの住む丘」という意味です。
入り組んだ海の湾に面した、丘と自然林の美しいところで、この曲は、ここでの素朴な婚礼の模様を音楽で表現したものです。
婚礼の行列に甘いメロディ、教会の鐘の音などが合わさって、感動的な曲となっています。

ドビュッシー:喜びの島
1904年の作といわれるこの曲は、ロココ時代のフランスの画家ヴァトー(1684~ 172)の名画で、ルーブル美術館にある「シテール島への船出」から着想したと言われています。
この絵は、もともと「シテール島への巡礼」という名前だったそうです。
この絵が成功して、そのレプリカの依頼があり、もう1作描いています。
シャルロッテンブルク城にあるレプリカの方が少し華やかになっています。
シテール島は、ギリシア神話の愛と美の女神アフロディテ(ヴィーナス)が祀られていて、恋人たちはそれにあやかるべくこの島に詣でたと言われています。
「シテールへの船出」の絵は、シテール島へ行くところか、帰ってきたところか、いろんな説があるようです。
シテール島は、ギリシアの南、エーゲ海の入り口にある「キティラ島」のこと、海の美しい島です。
さて、ドビュッシー(1862-1918)がこの絵に「喜びの島」の着想を得たという話、実は確かな話ではないようです。
しかし、ピアノの技巧を最大限に発揮して愛の喜びを表現したかのようなこの曲は、この逸話がありそうな話に思えるのも事実です。
絵画的な色彩感にあふれています。