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ユーニッヒ

仕事の話もたまには書くかもしれません。

安田靫彦展

2016-05-05 09:58:02 | アート・文化
 竹橋にある東京国立近代美術館に「安田靫彦展」を見に行きました。今回の美術展は、40年ぶり2回目の回顧展で、生涯の靫彦作品を存分に観られる構成でした。
 最初の作品は15歳の時の作品です。雪山での静御前と義経の二人を描いていました。大家は10代でも大いなる力量を示すものだと感心します。靫彦のこの作品は、古典的な日本画の雰囲気を出しています。やはり10代に描いた作品「守屋大連」の解説に、靫彦は、守屋大連を写実的に描きすぎたと自分で批判していることが書いてありました。10代で画力を発揮しても、まだまだ自己の画風を確立していなかったことになります。
 そのあとは、淡い光を放つ絵、聡明そうな人物の絵、独特の色彩のある絵と、これまでにどこかで見たことのある靫彦らしい雰囲気に満ちた絵が並びます。
風神雷神の絵がありました。風神雷神図は、宗達、光琳、抱一が描いていて有名です。これらはいかにも鬼神と言うような顔で風神雷神が描かれていますが、靫彦の風神雷神は、かわいらしい童子の顔です。若々しい元気さ、無邪気さを感じさせます。観ていて思わずにんまりとしてしまいました。
 戦時下になり、靫彦も時流に沿った絵を描いたというような解説もありました。しかし歴史画を描き、そこからは美しい気持ちよさが出ているので、国威発揚の気分は見られませんでした。むしろ、その逆を感じる絵がありました。昭和19年に描かれた「保食神」の絵です。風に任せ漂うように踊る女神と明るく優しい色が描かれていて、平和を感じさせました。暗い時代にあって穏やかで何気ない日常を希求しているような気がしてなりませんでした。
 靫彦は、90歳になっても制作を続けました。晩年の作品も力は健在でした。衰えぬ意欲と創作能力に感服するとともに、年を取るならこうありたいと思いました。

ターナー

2013-11-19 14:25:11 | アート・文化

 

 ターナーは、イギリスの有名な画家です。私がこの名を知ったのは、大学受験の勉強をしていた20歳前後のころでした。受験勉強のためにZ会の添削教材を使っていましたが、英文和訳の課題の英文にターナーのことが書かれていたのです。そのころは全くターナーと言う画家を知らず、英文に出てくる「Turner」を「トゥルナー」と訳していました。添削の先生からは「ターナーでしょうね」というコメントをいただきました。英文には何が書かれていたか全く覚えていませんが、ターナーが風景画家であるとか、光の画家であるとか書かれていたような気がします。<o:p></o:p>

 

 添削教材のせいで、ターナーは気になる画家になりましたが、その絵を見たことは余りありません。何かの展覧会に行くと1枚くらい展示されていることがありますが、それで何回か見たくらいで、5枚も見ていないのではないかと思います。覚えている絵は、嵐が来つつあるのかそれとも既に嵐が来ているのか空は真っ黒でした。そして雲の隙間に光が見え、それが何とも神々しく見えるというものです。<o:p></o:p>

 

 今、東京都美術館でターナー展が開かれていて、先日行ってきました。この展覧会は、ターナーの大回顧展で、若いころから晩年までのターナーの作品が並べられています。若いころは、水彩画で景色を描いていました。優しい画風です。その後は、油絵で光に満ちた絵を描きます。晩年は、何かもが光に満ちていて、抽象性が増していきます。ターナーの絵を十分に味わえる企画になっています。ターナーには多様な作品があることがよくわかりました。<o:p></o:p>

 

 ただ、嵐の中に魔力を持った光が描かれているような絵が並んでいると思って行ったので、違和感、もっと言えば肩すかしの感がありました。そういう感覚を持ちながら絵を見ていて、その間始終あることが頭に浮かんでいました。当たり役のある俳優がその役のことばかり話題にされると、「自分は他にも色々と演じてきたのに」と不満な気持ちを持つという話です。ターナーも「色々と描くんだよ」と不満を言っているかもしれません。<o:p></o:p>

 


洛中洛外図屏風

2013-11-08 18:18:31 | アート・文化

 

 京都は内外から大勢の人が訪れる人気の土地です。京都の何が魅力なのかは人それぞれでしょう。<o:p></o:p>

 

 私も京都に憧れ、学生時代は京都の大学に通い、京都に住みました。京都に魅力を感じた点は色々とあります。教科書に出てくる事件は京都が舞台になっていることが多くあります。藤原氏の栄華、保元・平治の乱、足利幕府とあげればいくらでもありますが、京都にいることは歴史の舞台に現に立った気分になれます。また高いビルが少なく、開放感のある街並みも魅力です。都市の中に寺社が混在する街の景観は他にはありません。大学に入った時にもらった学生新聞になぜ京都に来たかのアンケートに「舞妓さんに会えるから」と答えたものもありました。<o:p></o:p>

 

 今、東京国立博物館で「京都」展が開かれています。展示されている洛中洛外図屏風は、昔の人の京都への憧れを強く感じさせます。<o:p></o:p>

 

今回展示された洛中洛外図屏風の中、なんと言っても、舟木氏が旧蔵していたことから舟木本と呼ばれる屏風は秀逸です。都は城、寺、神社、商家など様々な建造物が満ち溢れています。花見の酒に酔ったのか、二人に支えられてやっとこさ歩く男が五条の橋を渡っています。その先では、桜の枝を持って踊り狂う集団があります。花見の客の中には、南蛮人がいます。もしかすると南蛮人の衣装をまとっている都の人かもしれません。寺では、読経する僧侶がいると思えば、稚児に色目を使って迫る僧侶もいます。きわめて多くの人を描きながら、表情が異なり、人には何かのドラマを感じます。都の華やかさ、にぎやかさ、楽しさを余すところなく伝えます。<o:p></o:p>

 

他の洛中洛外図屏風も、やはり都の華やかさが伝わります。どの絵も、黄色や金色多用しているために、そこに描かれる京都は光り輝いていました。京都に対する憧れと相まって、心が躍りました。<o:p></o:p>

 

第1室が洛中洛外図屏風の展示であるのに対し、第2室はきらびやかな京都にある建物の内の贅を観るという趣向です。第1室の京の輝きに当てられて、襖絵は物足りなく感じてしまいました。<o:p></o:p>

 


浮世絵展

2013-08-27 12:44:39 | アート・文化

 

 三菱一号館美術館で開催中の浮世展に行きました。全会期が3回に分けられており、今は最後の第Ⅲ部です。主に幕末から明治にかけての浮世絵が展示されています。<o:p></o:p>

 

 江戸時代から明治になると、日本の社会は大きな変化を遂げていきます。政府が江戸幕府から明治新政府になります。文明開化により、新しい文明が日本に入ってきます。<o:p></o:p>

 

 明治時代の浮世絵は、そのような変化のあった東京の街の姿を捉えています。人々の服装は、ほとんどまだ着物です。そこは江戸時代と変わりませんが、街には和風の形を取り入れながら煉瓦で造られた近代的な建物が建てられます。乗り物として、馬車が走りだします。少し時代が進むと馬車鉄道が走りだします。人々の中には洋装の人も混じってきます。旧時代と変わらない、高札がまだ街の中には掲げられています。そこは江戸時代と変わらないのですが、「太政官」の文字が見え、お触れを出した主体は変わっています。<o:p></o:p>

 

 日本の社会が古い時代から新しい時代に変わっていく過渡期にありました。画家は、古いものと新しいものの取り混ぜられたところに面白味を感じて絵を描いたのでしょう。過渡期ですから、観た風景は、年々歳々、あるいは日々変わっていきます。今記録をしなければどんどん忘れられてしまいます。明治期の東京を描いた浮世絵を見ていると、今記録をしなければという、画家の強い気持ちを感じました。<o:p></o:p>

 

 明治期の浮世絵には、小林清親の絵もありました。月明りの中を走る人力車、建物の中の照明で淡く光る人、地面むき出しの水辺の街などが描かれています。彼も東京を描いていますが、近代化が進む東京の街にあって、あえて江戸時代の落ち着いた風情を描き続けています。近代化を前に消え行く風情を懐かしんでいるようです。<o:p></o:p>

 


プーシュキン美術館展

2013-07-16 13:08:53 | アート・文化

 

横浜美術館開催中の「プーシュキン美術館展」に行ってきました。この美術展は、元は2011年開催予定でした。しかし、震災が影響して延期になっていました。<o:p></o:p>

 

横浜美術館の美術展は、すいていることが多いのですが、今回は、人気俳優の水谷豊さんが宣伝しているからか、出展作品の質の高さに期待してか、結構人が来ていました。<o:p></o:p>

 

いい美術展でした。どの一枚も質が高く、見ていて楽しい絵ばかりでした。一枚目から最後の一枚を観ることで、17世紀から20世紀までの絵画の変遷を知ることができる企画でした。聖書や神話を描く時代、風景や人物を描く時代、光を描く時代、奔放に色彩を使う時代と、時代は次々に移ろいます。締めくくりあたりに、ルソーとルジェの絵がありました。写実性からは離れながら、力を感じる絵でした。絵画の時代による変化がよくわかりました。しかし、この企画は、絵画の歴史を頭で学ぶことができるだけではなく、いろいろな視点で描かれた多様な絵を楽しめる点で有意義でした。<o:p></o:p>

 

ゴッホの絵が一枚だけありました。精神を病み入院していた病院の医師を描いたものということでした。背景は言い方が変かもしれませんが、毒々しい感じがし、いかにもゴッホという感じです。今の人々は、いい絵だと感心するのでしょうが、解説によれば、自分の肖像画を贈られた医師は気に入らず売ってしまったそうです。ゴッホも形無しです。「気に入らない」という、自分の感性に従った医師にも感心しました。解説が全体的に充実していて、これも美術展を楽しいものにしていました。<o:p></o:p>