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ユーニッヒ

仕事の話もたまには書くかもしれません。

エミール・クラウス展

2013-07-01 13:01:48 | アート・文化

 

 東京ステーションギャラリーで開催中の「エミール・クラウス展」に行きました。<o:p></o:p>

 

 クラウスはベルギー出身で、19世紀から20世紀の初頭にかけて活躍した画家でした。私は、クラウスの名をこの展覧会に行くまで聞いたことがありませんでした。<o:p></o:p>

 

 クラウスは、光の捉え方を追求した画家です。彼の絵は、光が放たれるような絵でした。実際に屋外で景色を見ると、人に差す陽光、木を照らす陽光、そして空間を照らす陽光があります。クラウスの絵を見ていると、太陽の光でこのような輝きをしている景色を見たことがあると共感が持てます。<o:p></o:p>

 

 本展では、クラウスに師事した、日本人画家、太田喜二郎、児島虎次郎の絵も展示されています。この二人も私は知りませんでした。初めて見た絵ですが、児島虎次郎の「和服を着たベルギーの少女」の絵はいい絵でした。ヨーロッパの少女と着物の取り合わせが奇抜です。しかし、妙に合っています。着物の柄の色彩、背景の物の色彩、少女の白さが合わさって美しく見えます。<o:p></o:p>

 

 展示数は多くはないかもしれませんが、中身の詰まった楽しい展覧会でした。<o:p></o:p>

 


王羲之展

2013-02-25 11:20:20 | アート・文化

 

 東京国立博物館で開催している「王羲之展」に行きました。誰もが知る中国の能筆家の作品を一堂に会したのが本展覧会です。<o:p></o:p>

 

 私は、書には全く通じていません。このため、王羲之の作品を見て、美しい字であることはわかっても、その技術の高さや精神性は皆目わかりません。しかし、このような私でも楽しめる展覧会でした。それは、書を巡る人間にも焦点が当てられていたからです。<o:p></o:p>

 

王羲之は随分とエピソードの残る人物です。生前は仲よくしていた人物を死後非難していることを諌められて恥じたとか、扇売りの老婆が扇が売れずに困っているときに扇に字を書いたら扇が売れたというような話が、いくつも紹介されています。また、王羲之の書は、王羲之から知人に当てた手紙であることが結構あります。現代語訳されている手紙を読むと、知人を気遣う内容であったり、知人との再会を期待する内容であったりと、今に生きる人たちと何も変わらない王羲之の姿が見て取れます。<o:p></o:p>

 

人々は王羲之の書の複製を作ります。王羲之の書の上に薄い紙を置いて、字の輪郭をなぞり、その後墨で塗りつぶす方法が開発されました。碑に王羲之の書を刻む方法も取られました。王羲之の書そのものを碑にするのではなく、書いた字を集めてきて碑にすると言うことも行われました。王羲之の書に見つからない字は、王羲之の書いた字から編と旁をばらばらに集めてきてまで字を作りました。王羲之の書に対する情熱が複製を生み出す言動力です。碑は戦乱の中紛失したり現れたりします。奪う者も見つける者も王羲之の字への愛情が支配していたのかもしれません。唐の太宗皇帝も王羲之の書の愛好者ですが、盗み出してまで手に入れた書まであります。ここまで来ると、狂気です。<o:p></o:p>

 

王羲之の真蹟はひとつもなく、本展覧会で出品されているのも、複製ばかりです。その複製を眺めながら、王羲之の身近さや愛好者たちの感情を感じていました。<o:p></o:p>

 

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シャルダン展

2013-01-04 14:26:02 | アート・文化

 

 去年ですが、三菱一号館美術館で開催中の「シャルダン展」に行ってきました。<o:p></o:p>

 

 ジャン・シメオン・シャルダンは、1699年にフランスで生まれ、静物画で名を成しました。シャルダンは、静物画以外にも、人々の日常生活を描く風俗画も手がけていて、本展覧会では、静物画と風俗画が展示されていました。<o:p></o:p>

 

 「静寂の巨匠」という副題がついていますが、成程観ていると落ち着いた気持ちになりました。色彩が控えめであることや、題材がありふれたものであるからかもしれません。静物画では、鍋のような日常使う調理器具が描かれていました。風俗画では、買い物から帰った女性が描かれていました。<o:p></o:p>

 

 そこに関連しますが、ありふれたものを、美しく描くところにシャルダンの特徴があります。日用品に隠れた美を見出したともいえますし、日用品を美しく描き上げたとも言えます。日常の何気ない一瞬を描いている絵にも同様のことが言えます。<o:p></o:p>

 

今回の展示場所である三菱一号館美術館は、小さな展示室が連なっています。展示室によっては、マントルピースの模型が壁に埋め込まれています。この美術館は、誰かの邸宅を訪れて、部屋を巡りながら飾ってある絵画を眺める趣向になっているのです。今回のシャルダンの絵を観ていると、これまでになくその趣向を感じました。シャルダンの絵は静かなので、部屋に馴染みながら部屋にアクセントつけています。絵が強く自己主張してしまうと、展示している意味合いが強く出ます。絵こそ主役で、部屋の雰囲気を高めるという意味が薄れます。シャルダンの絵は、勿論それ自体魅力的ですが、部屋の雰囲気を高める面も強く感じさせます。シャルダンの絵から、絵が室内装飾の意味を持つことを改めて感じました。<o:p></o:p>

 


くずし字

2012-06-26 13:40:12 | アート・文化
 テレビ東京で放映している「何でも鑑定団」には時折、書状や掛け軸が出てきます。鑑定士は、草書で書かれたものをすらすら読んでいき、格好いいものです。

 草書あるいはくずし字に興味を持ったのは、大学生の頃でした。家に系図があります。各人の記事は楷書で書かれているのですが、前書きがくずし字で書かれています。楷書に近くて読める字も多いのですが、時折読めず、意味が取り辛いと思っていました。何とか読めないかと思っていたら、「くずし字解読辞典」と言うものを確か大学の生協で見つけて買いました。

 この辞典は、第一筆目が横棒か縦棒かなどで分類してあります。さらに次がどのよう線になるかで分類してあります。調べたい字の第一筆とそれに続く線の形を見て、辞典に載っているいくつかの字から、似ている字を探すことで、くずし字が読めると言うものでした。しかし、くずし方に個性があるのか、この辞典を使ってもそう簡単には読めませんでした。

以後も、くずし字の読み方の解説書を買って勉強しましたが、挫折してきました。

 しばらくは、くずし字のことは忘れていたのですが、最近、親戚から我が家に関する資料の写しをもらいました。例によってくずし字で書かれていたのです。楷書に近い字や、これまで勉強したことで読めるような字もあり、ある程度はわかるのですが、細かいところは、すべての字を解読しなければなりません。またまた辞典の出番が来ました。一字を解読するのに、多くの字を見なければなりません。それで解読できればいいのですが、うまく行かないことも多々あります。朝から夕方まで調べていて、すっかり肩が凝ったのですが、わからない字はわからないままかなり残ってしまいました。

 努力のたまものなのでしょうが、鑑定団の鑑定士が羨ましくて仕方ありません。



美術館めぐり

2012-06-17 10:25:50 | アート・文化
 今、国立新美術館では大エルミタージュ美術展をしています。国立西洋美術館ではベルリン国立美術館展をしています。
 
 先週は、エルミタージュ展を観に行きました。16世紀から20世紀までの絵画の移り変わりを見せていました。題材は、当初はキリスト教であったものが、神話が題材となり、そのうち自由になることがよくわかります。絵画の画風の移り変わりもよくわかりました。この美術展の素晴らしいところは、どの絵画も美しく質が高いことです。展覧会の主催者が「豪華ラインナップ」と言っていますが、その通りです。オールスターキャストと言ってもいいでしょう。絵画展は立ち通しで足が疲れるものですが、美しさに感動しつつ、次々と絵を観ていき、気付くと最後の絵まで来ていました。
 
 昨日は、ベルリン国立美術館展を観に行きました。こちらも企画がよく似ていて、15世紀からの400年の西洋美術の流れを学ぼうと言うものでした。いろいろな時代の美術品を思想的な背景をもとに見ていくことが出来ました。ただ、作品が私には地味でした。絵画に関しては全くの素人ですから、見た目のはっきりした美しさがほしいところです。技術的なことがよくわかる人にとっては、楽しかったかもしれません。多くの人が集まっていたのは、フェルメールの「真珠の首飾り」でした。この絵は、見た目のはっきりした美しさがあります。光が満ち満ちた画面です。描かれた部屋には陶器が飾られています。画面の端に描かれていて、さりげなくおしゃれさを表しています。そこで、女性が首飾りをつけようとしています。私には、女性が「自分には似合うかしら」と思いながら、試みに首飾りをしようとしているように見えました。窓に映る自分の姿を見ているかのようです。