1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

11月4日・泉鏡花の福楽

2017-11-04 | 文学
11月4日は、英国の哲学者ジョージ・ムーアが生まれた日(1873年)だが、作家、泉鏡花の誕生日でもある。

泉鏡花は、1873年、石川県の加賀百万石の城下町、金沢で生まれた。本名は、泉鏡太郎。父親は名人と呼ばれた彫金師だった。
鏡太郎が9歳のとき、母親が天然痘で没した。母は28歳の若さだった。
ミッション系の学校をへて、15歳のころ、私塾に通っていた鏡太郎は、尾崎紅葉の小説を読み、感激し、作家になることを志した。17歳のとき、上京し、紅葉を訪ねようとして、1年近く逡巡した後に、ようやく紅葉に面会した。紅葉はこう言ったという。
「お前も小説に見込まれたな」(泉鏡花「紅葉先生の追憶」『鏡花全集第十五巻』春陽堂)
彼は紅葉の家の玄関番となり「泉鏡花」となった。鏡花は家の雑用をこなしながら、小説の添削を受け、新聞や雑誌に作品が載るよう引き立ててもらった。
鏡花が30歳のとき、芸者と同棲していることが師の紅葉に露顕し、はげしく叱責され、別れることを約束させられた。が、その後も隠れて関係を続け、紅葉が没した後、二人は結婚した。この恋愛事件を題材とした小説『婦系図』はベストセラーになった。
鏡花はそのほか、小説『高野聖』『草迷宮』『歌行燈』『由縁の女』『斧琴菊』『縷紅新草』、戯曲『夜叉ケ池』『天守物語』などの名作を書いた後、1939年9月、肺ガンにより東京で没した。65歳だった。

鏡花のサイン本ももっている鏡花フリークである。鏡花作品を読むことは、幸福そのものである。だから、こう断言する。もしも鏡花を読まずに「自分は不幸だ」と嘆いている日本人がいたら、それは当たり前である。自業自得である。
ふつう小説は「この先はどうなるのだろう」という興味で読み進むが、鏡花の小説の魅力はすこし異なる。さすが一世を風靡した作家、鏡花のストーリーのおもしろさは絶品だが、筋よりさらに、書かれた文章の文字をたどっていく、その作業自体に酔ってしまう、そういう文章に宿った魔性の魅力、これが鏡花の魅力の核心である。

もはや現代では、泉鏡花はあまり読まれない作家かもしれないが、それこそが、現代日本人の不幸の原因である。
「われわれ日本人が日本人として生まれて、なぜ幸福なのか」
それは、泉鏡花の文章を母国語として読めるから、である。
『名人伝』の作家、中島敦はこう言っている。
「私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ、ということである。」(「鏡花氏の文章」『中島敦全集3』ちくま文庫)
日本文学研究家のドナルド・キーンは言っている。
「こんなに鏡花の小説にほれている私に、『翻訳する意志はないか』と問われたら、返事は簡単である。『とんでもない、この快感を得るために三十年前から日本語を勉強したのではないか』と。」(「泉鏡花」『日本文学を読む』新潮選書)
鏡花作品の入門体験として、短編なら『斧の舞』『お弁当三人前』『貝の穴に河童の居る事』を、長編ならば『黒百合』『風流線』『日本橋』をおすすめしたい。
鏡花の絶筆は、枕元の手帳に鉛筆で書かれたこんな句だった。
「露草や赤のまんまもなつかしき」
(2017年11月4日)


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