1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

2/25・美しい、ルノワール

2013-02-25 | 美術
2月25日は、南米諸国独立のために戦った英雄、ホセ・デ・サン=マルティン(1778年)や、『時計じかけのオレンジ』を書いた小説家、アンソニー・バージェス(1917年)が生まれた日だが、仏国の画家、ルノワールの誕生日でもある。
印象派といえば、モネ、そしてこのルノワールである。どちらも、まばゆいばかりの光があふれる名画を描いた巨匠だが、モネが巨大なキャンバスにもっぱら風景を描いたのに対して、ルノワールはモネほどは大きくないキャンバスに人物を多く描いた、というちがいがある。
だから、モネは美術館向きの画家、ルノワールは家庭の応接間向きの画家、といえるかもしれない。とはいえ、値段が高いから、その辺の家庭ではちょっと手が出ないけれど。
ルノワールは、日本人には人気があるようで、美術館でルノワール展が開かれると、おおぜいの美術ファンが詰めかける。それを見て、自分は、
「なんだ、日本人の趣味もなかなか悪くないじゃないか」
とつぶやいたりする。やれやれ、自分は、自分と同じ好みの人を見かけると「いい趣味をしている」と考えだす「上から目線のやつ」なのである。

ピエール=オーギュスト・ルノワールは、1841年、仏国リモージュで生まれた。労働者階級出身で、子どものころ、陶磁器工房で働いていて、その技量を認められ、陶器に彩色デザインを施していたという。
21歳のとき、パリの美術学校に入学。同時に画家シャルル・グレールのもとで絵画を学びだした。シスレーやモネと知り合ったのもそのころだった。
それにしても、ルノワールが生きていた時代のフランスは、なにかと物騒だった。
ルノワールが29歳のとき、対プロイセンの戦争(普仏戦争)がはじまった。すると、彼は召集され、騎兵隊に配属された。しかし、赤痢にかかり、間もなく除隊となり帰ってきた。
翌年、普仏戦争が終わると、武装解除に抵抗するパリ国民軍の反乱が起きて、パリコミューンの臨時政府ができた。30歳のルノワールは、セーヌ川の岸辺で絵を描いていて、パリコミューン支持派の人々によって、敵方のスパイとまちがえられ、あやうくセーヌ川に投げこまれそうになったこともあったという。その後、盛り返してきた共和政権側によって、パリコミューン派の大虐殺がおこなわれた。
そんな時代を、ルノワールはもっぱら絵画に打ち込んでくぐりぬけたが、サロンに出品する絵画作品はよく落選した。
そんな彼が、同じ落選組のモネ、ドガたちといっしょに開いた絵画展が、有名な第一回印象派展で、これに33歳のルノワールは「桟敷」など数点を出品した。
第二回印象派展には「ぶらんこ」「陽光を浴びる裸婦」などの傑作を出品。ルノワール独特の木漏れ日の光が人物の上にこぼれ散っている、美しい人物画だったが、当時の批評家にはまったく理解されず、酷評された。
そして第三回印象派展には、名作「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を出品。モンマルトルにあったダンス・ホールの風景を、ルノワールは、あ然とするほどに明るく、にぎやかに描いている。
ルノワールは生涯、絵筆を離さなかった人だった。
50歳をすぎたころから、進行性のリューマチ性関節炎にかかり、66歳には、より暖かい気候を求めて、地中海に近い土地へ移った。車椅子による生活を余儀なくされ、右肩や手の硬直が進んだが、それでもルノワールは描く技術を鍛え、キャンバスが動くよう工夫したりして、描きつづけた。晩年の豊満な裸婦像は、そうして磨かれた技術の上に築き上げた新境地である。
ルノワールは、1919年12月、78歳で没している。映画監督のジャン・ルノワールは彼の息子である。

あのまばゆい輝きを放つルノワールの絵画が、当初、まったく評価されず、
「あるのは印象だけだ」とか、
「腐った肉のようだ」
などと、けなされたというのは、いまではまったく信じがたいことである。
モネが理解されるまでには、いくぶん時間もかかったろうが、ルノワールの美しさなら、すぐにわかりそうなものだろう、と。
でも、同じように、現在まったく認められず、無視されている何かが、百年後の世で、
「すばらしい、美しい。なぜ当時の人たちはこれを理解できなかったのか」
と言われることもあり得るわけで、そういうことを考えると、ちょっと怖いものがある。
とくに日本人などは、自分の目で本質を見ることは二の次で、作者が有名だとか、誰か有名な人がほめていた、とか、そんなことで群がりたがる傾向が強い民族性をもっていると、よくいわれる。
たぶん、その通りなのだろう。
果たして、もしも自分が1870年代のパリにいたとして、印象派展に行って、ルノワールの「ぶらんこ」や「陽光を浴びる裸婦」を見て、
「美しい」
と、まっすぐにつぶやくことができるかどうか。
そう考えていくと、ルノワールが描いた、あのまばゆい光に満ちた人物たちは、ただ美しいだけでない、何ものかをもってこちらに迫ってくるようで、ちょっと怖い気もするのである。
(2013年2月25日)

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