た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

バスを待つ

2007年11月12日 | essay
 老N氏を病院に見舞う。

 小一時間の見舞いを終え、病院の前のバス停のベンチに腰掛けてバスを待つ。目の前が道路を挟んで廃屋である。もとは幼稚園だったのだろうか、それにしては庭に何の遊具の跡もない。公民館か何かか。それにしては全体の作りが小さい気がする。何だか冗談のように作られた建造物だと思った。二階のベランダにはまだ何かが赤い花を咲かせている。水なんてやらなくても勝手に咲いているのだろう。荒れ放題の庭にはセイタカアワダチソウがはびこる。


 「でも元気そうで安心しました」

 私は今回の見舞いで一つ嘘をついた。個室のベッドに横たわるN氏は三年前の私の記憶とは別人であった。最初部屋を間違えたのではと疑ったほどだ。こんなところ早く出ちゃってください。と、これは本音をつぶやいた。


 廃屋のガラス窓には一面に紙が貼られ、建物の中は確かめようがない。丁寧なことである。崩れかけた靴箱と、セイタカアワダチソウと、二階のベランダにのたうつ赤い花だけでも、中を覗こうという気を失せさせるには十分であったのに。更地にしてゼロから作り直さない限り、この土地が元気を取り戻すことはもうないのだろう。土地を見捨てるとはこういうことなのだろう。病院の前にこんなものがあってはいけない。私はベンチに腰掛けて体を丸めたまま、道路の左右を見渡した。時刻表の告示に違わず、バスはまだ当分来そうになかった。  
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