「馬鹿野郎ですからな、こいつは、まったくのところ」
後ろで聞きながらふんふん頷いているのは、叔父の腹違いの兄、私の父である。七十五になる。もうろくじじいになっても癪に障る親父である。
大裕叔父の方はと言えば、酔っ払っているのだから、後ろで誰が頷いてようがどうでもいいらしい。
外の雨音が畳にしみ入る。
「筋金入りの馬鹿野郎ですよ。稀代の馬鹿野郎だ。一人酒して急性アル中で逝っちまうなんて、そんな便利な死に方あるかってんだ。そうでしょう? 愚の骨頂じゃありませんか? ウィスキーだかブランデーだがワインだか何だか知りませんがね、大学教授ってのは見栄で酒を飲むもんだと常々思ってたけど、何だかなあ。俺がもっとしっかり酒の飲み方を教えてやりゃ良かったんだ」
誠に大きなお世話である。叔父の癖として、酔っ払うと右肩をやや下げて右肘をぶらぶらさせる。泥鰌ひげももぞもぞする。その落ち着かない姿勢がなおさら人を馬鹿にしているように見える。私は当たらないとわかっていて彼の背中を蹴ってやった。
「こいつが大学で教えてたのは、なあ、なんだったけな。兄さん。ん? 兄さんじゃだめか。美咲さん何だったっけな。美咲さん」
叔父は後ろを振り向いてまず私の親父であり彼の兄である泰蔵に話しかけたが、もうろくしている宇津木泰蔵氏は首尾一貫頷くことしかしない。仕方ないので、叔父はその後ろの美咲に声をかけた。
美咲がいる。神妙な顔をした容疑者は、いつ誂えたのか初めて見る喪服に身を包んでいる。私の死を予定して間に合わせたか。美咲はもともと黒服が似合う。陰気な女だからである。彼女は通夜の厳粛な場をかき乱すこの老人にほとほと愛想を尽かしていたので、黙ってうつむいたまま答えない。
代わりに野太い女の声が部屋の隅から答えた。私の妹である。
(つづく)
後ろで聞きながらふんふん頷いているのは、叔父の腹違いの兄、私の父である。七十五になる。もうろくじじいになっても癪に障る親父である。
大裕叔父の方はと言えば、酔っ払っているのだから、後ろで誰が頷いてようがどうでもいいらしい。
外の雨音が畳にしみ入る。
「筋金入りの馬鹿野郎ですよ。稀代の馬鹿野郎だ。一人酒して急性アル中で逝っちまうなんて、そんな便利な死に方あるかってんだ。そうでしょう? 愚の骨頂じゃありませんか? ウィスキーだかブランデーだがワインだか何だか知りませんがね、大学教授ってのは見栄で酒を飲むもんだと常々思ってたけど、何だかなあ。俺がもっとしっかり酒の飲み方を教えてやりゃ良かったんだ」
誠に大きなお世話である。叔父の癖として、酔っ払うと右肩をやや下げて右肘をぶらぶらさせる。泥鰌ひげももぞもぞする。その落ち着かない姿勢がなおさら人を馬鹿にしているように見える。私は当たらないとわかっていて彼の背中を蹴ってやった。
「こいつが大学で教えてたのは、なあ、なんだったけな。兄さん。ん? 兄さんじゃだめか。美咲さん何だったっけな。美咲さん」
叔父は後ろを振り向いてまず私の親父であり彼の兄である泰蔵に話しかけたが、もうろくしている宇津木泰蔵氏は首尾一貫頷くことしかしない。仕方ないので、叔父はその後ろの美咲に声をかけた。
美咲がいる。神妙な顔をした容疑者は、いつ誂えたのか初めて見る喪服に身を包んでいる。私の死を予定して間に合わせたか。美咲はもともと黒服が似合う。陰気な女だからである。彼女は通夜の厳粛な場をかき乱すこの老人にほとほと愛想を尽かしていたので、黙ってうつむいたまま答えない。
代わりに野太い女の声が部屋の隅から答えた。私の妹である。
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