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電車ではしご酒!の旅  ~信州ワンデ―パスを使って~ 《後編》

2018年06月07日 | 紀行文

 小淵沢駅で一本電車を見送り、歩いて大滝神社を目指す。

 まだ雨は落ちない。朝の涼風が爽やかに首筋を撫でる。

 もともと住む人が少ないのか、あるいはこの時刻帯にはみんな別の場所に行っているのか、ほとんど誰も見かけない閑静な田園地帯を、我々三人はほろ酔い加減で適当なことを声高にしゃべりながら十五分ばかり歩いた。

 やがて道路端に大きな鳥居が現れた。鳥居をくぐり、さらに遊歩道を歩く。道端の側溝には透明度の高い清水が豊富に流れ、ニジマスが泳ぐ。神社に湧水があるというから、そこからの水なのだろう。線路下に、人が歩いて通れる高さの小さなトンネルが見えた。トンネルを潜ると、目指す神社の出現である。石垣を築いた上にそびえ建ち、巨木に囲まれ、なかなかに立派である。すぐ脇に苔むした樋が突き出て、大量の湧き水が滝になって流れ落ちている。滝の落ちた場所では湧き水を利用してわさびを栽培している。

 清涼な神社である。森の匂いが鼻をくすぐる。湧き水を口に含むと、酒よりもずっと美味しく感じる。それでも酒を飲むのに変わりはないのだが。私は大きく伸びをする。水、空気、森、静寂。なるほど、巷(ちまた)で言うパワースポットとは、何か特別なものがあるのではなく、かつて当たり前にあったものが、現代になってもまだ残っている場所なのではないかと、ふとそんなことも考えた。

 林の斜面に屹立する大岩や用途不明の洞窟など一通りを見て回った後、駅へと戻る。

 小淵沢駅構内で買い込みをして、いよいよ小海線に乗りこむ。

 

 日本一の高原列車、小海線。

 特急あずさでは缶ビールを開けたが、ここではワインを開けた。小海線にワインが似合う気がしたのである。想像していたよりも木立が多かったが、ときおり視界が開け、広々とした丘陵に綺麗な縞模様を描いて畝が作られているのを目にすると、赤ワインとチーズがことさら美味しく感じられるのだった。こんなのも、フランス農村部を電車で旅するテレビ番組か何かの影響かも知れない。

 佐久海ノ口駅で降り立ち、海ノ口温泉『和泉旅館』へ。電車を乗り継ぐ旅はとにかく駅から近い場所でないと立ち寄れないのだが、そこは駅から歩いて数分である。大変助かる。

 湯殿に入ると、違う種類の湯船が三つ、花びらのようにとなり合っている。非常に珍しい形態である。一つは明らかに源泉とわかる濃い茶色の湯。入ってみると、ぬるく、肌を引っ張られるような刺激がある。二番目はそれを薄めた様な湯。これもぬるい。三番目の比較的大きな湯船は、無色透明に近く、沸かしているのかほかほかと温かい。どうして湯船が三つあるのか、果たして三つ必要なのか、下調べを怠ってきたため、我々はその理由を勝手に憶測しながら湯につかった。

 和泉旅館を出て無人駅に戻る。

 曇天だが、まだ雨は落ちない。ひと気のない小さな駅の待合室に荷物を降ろし、電車を待ちながら長く伸びるレールを眺める。ふと、映画『スタンド・バイ・ミー』を思い出した。いい歳して鈍行電車に揺られ、田舎をうろうろしている我々は、現代のおっさん版スタンド・バイ・ミーなのかも知れない。何か探し物をしに出かける旅。果たして何を探しているのか。

 ちなみに我々は缶ビールを探していた。驚いたことに、酒類を売っている場所がない。自動販売機もなければ駅の売店もなく、地元の人に聞くとコンビニは十キロ先にあるという。

 「何と健全な町だ」と同行者の一人は感動した。「コンビニもないというところが、とてもいい」と。

 とは言え感動だけでは満足しないのが、不健全たるこの三人である。結局、もう一人の同行者が和泉旅館まで戻り、旅館にあった四本の缶ビールを買い占めてきた。一本四百円。執念である。我々は無人駅の待合室で、しみじみと味わいながらそれを飲んだ。

 小海線に乗り、小諸駅へ。市街をうろつき、蕎麦屋に入って飲み直しつつ蕎麦を食う。それにしてもよく飲む。小諸駅からしなの鉄道に乗るころには、三名ともしっかりと昼寝体勢に入っていた。

 目を閉じたまま、電車に揺られながら考えた。

 今回の旅はなかなか良かった。信州ワンデ―パスというチケットの存在も知った。ただ、せっかく観光目的のフリーパスを作るなら、それをもっと使いやすく、かつ気軽に楽しめるような工夫が必要ではないか。今回は一周を試みたが、しなの鉄道だけ別料金というのも解せない話である。一周できなければワンデ―パスの意味がないではないか。新幹線に乗ればいいというのは情緒のない話である。JRは私鉄と協力し、本当の意味での「信州フリー」を目指してもよいのではないか。それに、フリーパスで乗り降り自由を満喫するなら、基本的に駅からあまり離れた観光スポットには行けない。それなのに、途中下車して楽しむすべがあまりにも少ない。たとえばフリーパスがあれば、各駅構内の土産飲食が割引、とするだけでも、人はそのチケットを使うことに魅力を感じるだろう。要所の駅でレンタサイクル無料なんてのもいい。フリーパスを使う旅なら、こんなおすすめコースでこんな楽しみ方がありますよ、というモデルコースをいくつか設定するくらいの、企画としての完成度が欲しい。このマイカー時代にあえて電車の魅力を広く訴え、観光目的の乗客数を増やしたいのであれば、もっと利用者目線のサービスが必要である。そして私は、電車の魅力がもっともっと広がるといいと強く願う一人である。

 もちろん以上のことは、女性客や家族連れや高齢者の利用者層を増やすための話である。おっさん連中はどうでもいい。彼らは適当に缶ビールでも持ち込んで飲んでいれば、それで十分幸せなのだから。

 夕刻五時、松本着。小雨がぱらつく。

 おっさん三名は駅近くの安居酒屋に入り、今回の旅の締めとしてさらに飲んだ。さらにはカラオケまで行った。まったくのところこういう連中は、放っておけば自分たちで何としてでも楽しむのである。

 電車ではしご酒!の旅は、こうして幕を閉じた。

 

(おわり)

                      

 

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