た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

伊豆紀行

2018年03月14日 | 紀行文

 

 冬の終わりと春の始まりは似て非なるかな。冬の終わりには喜びがある。鳥が囀り子らが走る。春の始まりは安らぎがある。猫が寝そべり蝶が飛ぶ。

 一足早い春が見たくて三月十日、伊豆に向かった。

 ところで私は自称「晴れ男」である。私が外に出ると雨は止み、雲は割れると勝手に思い込んでいる。天気予報は曇りだが伊豆まで行けば晴れるに違いない、いつも通りの神のご加護を、と勢い勇んで高速道路に乗ると、前日の降雪のせいでいきなり通行止めに遭った。やむなく下道に。通行止めが解除された辺りから再び高速に乗ったが、今度は事故か何かの渋滞に出くわし、嫌気が差し再び下道へ。慣れない土地での一般道は迷路を辿るようなもので、早々に道に迷ってしまった。おまけに行けども行けども雲は晴れない。雨が降りそうな気配までする。しまった、今度こそ神に見放されたか、考えてみれば不謹慎なことをたくさんしてきた気もする。酒が過ぎたか、運の尽きか、と気を滅入らせながら予定より二時間ばかり遅れて伊豆半島に入った。

 伊豆は想像していたよりもずっと都会だった。都会が途切れたら山が続く。その辺は信州と同じである。しかし気温が信州とは違う。三月上旬にしてすでに桜が散り際である。修善寺でズガニうどんを食って、西伊豆へ。海が見えたときはさすがに感動した。

 ホテルにチェックインするころ、水平線の雲間から夕陽が顔を出した。金色の光が三四郎島の輪郭を際立たせる。ああ神は、傲慢な私をいったん見放しかけたけど、最後は許して下さった。今後は「晴れ男」を自慢げに吹聴するのを慎もう、と心に誓う。

 

 

 夕食を食べたらすることがない。ホテルの外にも何もないと言われ、仕方なくホテルのバーを覗いてみることにした。ホテルのバーなんて初めてでどきどきするが、ドアを開けて見ると誰もいない。客もいなければ店員もいない。すぐに出てドアを閉め、浴衣のままホテル内をうろうろするが、それでも何もすることがないので、もう一度バーの扉を開く。私も懲りない性格である。

 二度目にしてようやくバーテンダーと対面する。聞けば他の仕事もいろいろあって不在だったらしい。

 大柄な体格にピタリと合うスーツを着こなし、白髪をアップにして、ちょっと菅原文太に似た渋さの漂う老人である。

 カラオケもセットのコースであったが、彼の話を聞く方がずっと面白そうである。話題を振ると、カウンターに両肘を突き、困ったように顔を擦りながらも、ぽつぽつと語ってくれた。

 彼は地元西伊豆の生まれであった。都会に出たが、故郷の空気を忘れがたく、この歳になって戻ってきたという。

 「昔は、海もずっときれいでした」

 「今でもきれいですよ」

 「いや、今なんかよりずっときれいでした。生き物もいっぱいいました。海金魚ってご存知ですか」

 「いえ・・・。金魚って、淡水魚ですよね」

 「ええ。でも、海にも金魚がいたんです。素潜りすれば、それこそたくさんいました。それもいなくなって。海苔も全然取れなくなりました。私ら昔は、伊勢海老を素手で掴んで取ってましたからね」 

 「ほお・・・」

 「海水も、昔はもっと塩辛かったように思うんです・・・・こうなった原因は、わかりません。新しいホテルがたくさん立ち始めて、道路がよくなって、観光客がたくさん来られるようになって、経済的にはいいんでしょうが・・・・」

 「昔の西伊豆ではない、と」

 「ええ。昔の西伊豆ではありません」

 「何かそういう自然や情緒の残っている、お薦めの場所とかありますか」

 「うーん・・・」

 バーテンダーは再び顔を擦り、考え込んだが、答えは返ってこなかった。

 

 

 翌日は快晴だった。春を飛び越え、初夏の陽気であった。海は群青色に輝いていた。海岸沿いの道路には大きなヤシの木が立ち並び、クルーズの出る港には大勢の観光客がたむろした。岬からの眺めは雄大であり、竜宮窟に打ち寄せる白波の音が心地よかった。下田で大きな金目鯛を食い、天城越えの土産物屋に立ち寄って、ようやく帰路に就いた。

 伊豆は十分美しく、楽しかった。しかしどこへ立ち寄っても、あの老バーテンダーの知る昔の伊豆ではない、という思いが頭を掠めた。

 「昔を知らない世代に、どうしたら伝えていけるだろうと」

 彼はそう言った。何とかして伝えたいと彼が思うほど、かつての伊豆の海は今と比べ物にならないくらい豊饒だったのだろう。伊勢海老を手掴みするほど豊かで、あるがままの幸福に満ち溢れていたのだろう。

 観光地として整備され、人が押し寄せ、賑わいを見せ───その一方で、どんどんその中身が貧しくなっていくのだとしたら、何とも皮肉なことである。

 

 

 旅の仕方も考え直さなければいかんな、とハンドルを手に思いながら、私は付箋紙だらけでよれよれになった観光情報誌を後部座席に放った。

(おわり)

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