いちばん美しい日 2010年04月29日 17時17分00秒 | B地点 おかか だいぶ陽が傾いてきたな 一年でいちばん美しい日も、もうすぐ暮れる 厳しい冬を、なんとか乗り越えて、 今年も、遂にこの日を迎えることができた このピンクの絨緞を、来年も見ることができるだろうか…… ……いや、そういう考え方は止めよう どの日も、それぞれに美しいはずだ 毎日が、いちばん美しいのだ…… « 記録 | トップ | 触れることすらできぬほど »
8 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 Unknown (との) 2010-05-13 06:19:21 おかか先生今年もこの美しい世界のご相伴にあずかることができました。ありがとうございます 返信する 気持ち良さそう・・・ (ちゅまん2005) 2010-05-13 09:38:48 ああ~~おかか先生、桜の花びら絨毯で気持ち良さそう(笑)私も一緒に・・・おかか先生の横で添い寝した~ぃw・・・私が寝てたら、唯の行き倒れおばさんになっちゃうか(苦笑) 返信する Unknown (おかか) 2010-05-13 12:13:24 桜の花びらは、ご存じの通り、薄く、柔らかく、弱々しいものだ。花びらの絨緞の上に、一度でも乗れば、その絨緞は、だめになってしまう。花びらが、つぶれてしまうからだ。(乗らなくても、やがて花びらは、しおれてしまう。)つまり、花びらの絨緞は、この上なくナイーブで、デリケートで、壊れやすく、はかないものだ。だから、花びらの絨緞を大切に思うなら、長持ちさせたいなら……乗らないほうがいい。触れないほうがいい。「愛」と「愛撫」は重なりがちだが、「愛するがゆえに愛撫しない」という場合がありうる。愛撫によって、当の愛すべき相手が、壊れてしまうからだ。ちょっと抽象化すると、ややパラドキシカルな結論になる。すなわち ―― 花びらの絨緞を、愛したいのなら、愛さぬがよい。さて、今夜のお話には、いよいよ、よっちゃんが登場するはずだが、おそらく、このことがテーマになるだろう。つまり、「愛と愛撫の差異」、もしくは、「愛するがゆえに愛さないということ」、それがテーマになるだろう。 返信する Unknown (おるつつ) 2010-05-13 12:38:11 う~ん、今夜のお話、楽しみだなあ(←人ごとのように……笑)。おかか先生、今回のお話「いちばん美しい日」も、ちゃんと解説して下さいよ。 返信する Unknown (おかか) 2010-05-13 12:38:28 よかろう。解説してやろう。今回のお話、「いちばん美しい日」は、価値の序列や位階、その相対化、がテーマなのだ。一年で最も美しい日とは、実は、毎日である、365日それぞれが美しいはずだ、という「捉え直し」が行われるところが、このお話のポイントだな。もしも、ピンクの絨緞の日が、一年で一番美しい日なら、他の364日は、その日と比べて価値の低い日、ということになってしまうだろ?それでは、つまらない。人生、楽しくない。だから、毎日に価値を発見しよう、すべてに良さを見出そう、と言いたいわけだ。既成の序列や位階にこだわらず、つまらなさそうに見えるものの内にも、貪欲に価値を見出していこう、というのが、このお話が発するメッセージなのだよ。 返信する 毎日美しい日 (ちぃくぅねね) 2010-05-13 21:15:59 日々是好日私の好きな言葉です 返信する Unknown (おかか) 2010-05-13 21:34:36 いいねえ。まさにそれだよ!それは禅語だそうだね?おそらく ―― 「毎日が良い日である」という単に受動的な事実を指摘することよりも、「毎日を良い日にしよう」という能動的・積極的な意志を説くことに眼目があるんだろうなあ。 返信する Unknown (おるつつ) 2010-05-13 21:35:09 先生、こういう心構えですね?http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/39/4de813e9cecc54307782ab200e34d35c.jpg(2009年06月10日、平林寺にて撮影) 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
今年もこの美しい世界のご相伴にあずかることが
できました。
ありがとうございます
私も一緒に・・・おかか先生の横で添い寝した~ぃw
・・・
私が寝てたら、唯の行き倒れおばさんになっちゃうか(苦笑)
花びらの絨緞の上に、一度でも乗れば、その絨緞は、だめになってしまう。
花びらが、つぶれてしまうからだ。
(乗らなくても、やがて花びらは、しおれてしまう。)
つまり、花びらの絨緞は、この上なくナイーブで、デリケートで、
壊れやすく、はかないものだ。
だから、花びらの絨緞を大切に思うなら、長持ちさせたいなら……
乗らないほうがいい。触れないほうがいい。
「愛」と「愛撫」は重なりがちだが、
「愛するがゆえに愛撫しない」という場合がありうる。
愛撫によって、当の愛すべき相手が、壊れてしまうからだ。
ちょっと抽象化すると、ややパラドキシカルな結論になる。
すなわち ―― 花びらの絨緞を、愛したいのなら、愛さぬがよい。
さて、今夜のお話には、いよいよ、よっちゃんが登場するはずだが、
おそらく、このことがテーマになるだろう。
つまり、「愛と愛撫の差異」、もしくは、「愛するがゆえに愛さないということ」、
それがテーマになるだろう。
おかか先生、今回のお話「いちばん美しい日」も、ちゃんと解説して下さいよ。
よかろう。解説してやろう。
今回のお話、「いちばん美しい日」は、
価値の序列や位階、その相対化、がテーマなのだ。
一年で最も美しい日とは、実は、毎日である、
365日それぞれが美しいはずだ、という「捉え直し」が行われるところが、
このお話のポイントだな。
もしも、ピンクの絨緞の日が、一年で一番美しい日なら、
他の364日は、その日と比べて価値の低い日、ということになってしまうだろ?
それでは、つまらない。人生、楽しくない。
だから、毎日に価値を発見しよう、すべてに良さを見出そう、
と言いたいわけだ。
既成の序列や位階にこだわらず、
つまらなさそうに見えるものの内にも、貪欲に価値を見出していこう、というのが、
このお話が発するメッセージなのだよ。
私の好きな言葉です
それは禅語だそうだね?
おそらく ――
「毎日が良い日である」という単に受動的な事実を指摘することよりも、
「毎日を良い日にしよう」という能動的・積極的な意志を説くことに
眼目があるんだろうなあ。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/39/4de813e9cecc54307782ab200e34d35c.jpg
(2009年06月10日、平林寺にて撮影)