釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

茂る葛の葉

2017-08-19 19:19:47 | 自然
まるで梅雨の時期のような日々が続いている。市街地周辺の山々には常に霧が立ち込めている。勢いよく降るよりも霧雨のような雨の日が多い。夏の日射しが途切れた中でも、職場の裏山では藪椿の大樹をはじめ、多くの木々が葛(くず)の葉で覆われてしまった。今では雑草として嫌われものになってしまったが、葛は根や蔓や葉など全てが人々の暮らしに用いられていた。中国では紀元前4300年頃の遺跡で、葛の蔓から得られた繊維で織った布が発見されている。日本の縄文時代もやはり葛の蔓の繊維を利用した布が使われている。万葉集にも葛布を詠った歌がある。「をみなへし佐紀沢の辺の真葛原いつかも繰りて我が衣に着む」この歌を含めて葛を詠った歌が万葉集には21首ある。757年に成立した養老律令では葛布を皇太子を表す黄丹に染めている。また、葛布は官位十二階の上五階までが染め方が定められている。葛の根は葛粉として、葛湯や葛餅などに使われ、晩夏から秋に咲く濃赤紫色の花と共に漢方にも利用されている。柔らかい蔓先や若葉、花は天ぷらとしても食べられる。かっては葉は馬や牛の飼料としても使われた。葛にはイソフラボンやサポニンが豊富に含まれている。とても繁殖力の強い植物で、それだけに利用されない葛は雑草として見ると、除くのにとても厄介な植物となる。裏山の葛の蔓をよく見て見ると、蔓から葉が伸び出している辺りに、3〜4本の極く細い枝が出ており、最初はそれらはまっすぐに伸びているが、支えとなる他の木の枝に行き着くと、その枝に巻き付き、伸びた極く細い枝全体がコイル状になり、しっかりと蔓を支えている。バネのようになり、大きな葉が風に吹かれて、蔓が不安定にならないようにしっかり弾性を保ちながら、蔓を支えている。これを見た時、少し感動してしまった。まさに自然の妙である。以前、パキスタンの秘境、長寿村のフンザについて書いた。春には渓谷に杏の花が咲き乱れ、桃源郷と呼ばれる。フンザの人々は杏の実と種を乾燥させて、日常的に食べている。しかし、種には分解されると毒である青酸となるアミグダリンと呼ばれる成分がたくさん含まれており、医学的には好ましくないとされる。日本だと梅の種にも同じようにアミグダリンがたくさん含まれている。しかし、地方によってはその梅の種も殻を割って食べる。自然との共生が長く続いて来た環境では、人は何が身体の健康を保ってくれるか、自然から一番よく教えられるのかも知れない。
裏山の木々を覆い尽くす葛

葛の葉

駐車場のフェンスにまで絡み付く葛

通貨増刷と債務

2017-08-18 19:17:19 | 経済
日本は1990年代、バブル崩壊後から、欧米と中国は2008年のリーマンショック後から、それぞれ中央銀行が金融緩和、超低金利と紙幣の増刷を行って来た。ドルとユーロはいずれも4.4兆ドル、484兆円分、日本銀行は497兆円である。中国は4.7兆ドル、517兆円分である。中国を除く日本と欧米はバブル崩壊やリーマンショックで市中銀行が不良債務を抱えたために、通貨の流動性が悪化したことが増刷の原因である。中国はリーマンショックによる欧米の需要低下で、輸出が急減したため経済成長が鈍化した。これを補うために通貨を増刷せざるを得なくなる。米国の中央銀行であるFRBは市中銀行を救済するために価値の下落した証券を大量に買い取った。欧州も同様である。日本は2005年頃には市中銀行の不良債権問題処理を終えたが、膨大な政府債務を国債発行で継続するためには、国民の預貯金では賄えなくなり、実質的に日本銀行が国債を買い取らざるを得なくなった。米国は民間も政府も共に巨大な債務を抱えている。中国は過剰な設備投資と不動産バブルのために民間がやはり巨大な債務を抱えてしまった。欧米と日本は2%のインフレ目標を掲げたが、このインフレは抱えた債務の減価が目的である。現実にはこの目標は達成出来ていないが、もし実現すれば、債務は減価する。しかし、国民の預貯金も同様に減価する。大国がいずれも異常なまでの通貨の増刷と、膨大な債務を抱える中で、実体経済は低迷したまま、株や債券だけが高騰している。日本では中央銀行が直接株価を支えており、年金基金までそのために出動させている。現在の世界経済は極めて異常な状態である。EUも日本も米国も、中国もこうした状態をいつまでもは続けられない。今や世界の金融はグローバル化しており、どこかが転ければ、世界に波及する。しかも、その規模はかってない途方も無い規模である。米国などは経常収支の赤字が続き、対外債務が32兆ドル、3000兆円を超えている。とてもまともには清算出来ない。日本の政府債務1200兆円も同様だ。これらの巨大な債務はいずれ近いうちに国民の犠牲の上で、清算されることになるのだろう。
野薔薇

有りそうにない自然現象

2017-08-17 19:14:35 | 自然
東京は今日で17日連続の雨のようだが、東北も同じような日が続いている。関東以北が低温と曇天が続き、西日本は高温の夏と言う二極化した夏になっている。東日本では農作物にも影響が出て来ている。東京の連続した雨天は1977年の22日連続と言う記録があるようだ。今のところ24日くらいまで、こうした天気が続くと予想されている。今夏は米国でも異常気象が続いているようで、西部の高温に対して、中部、東部は低温になっている。シカゴなどは最高気温が15〜16度の日がある。近年、異常気象が頻繁に見られるようになった。いずれもその原因はよく分かっていない。気象庁のとりあえずの説明はあるが。地球外でも9月1日には、1981年に発見された観測史上最大の小惑星が地球に最接近するようだ。最接近と言っても地球からは711万Km離れたところを通過するので、地球への被害はない。この小惑星の大きさは観測した機関によって、ばらつきがあり、直径が4Km~9Kmとされる。米国のNASAは5.3Kmと発表している。英国ケンブリッジ大学天文学研究所の天文学者であった故フレッド・ホイルSir Fred Hoyle博士によれば、小惑星の地球への衝突が地球全体に影響を与える大きさは直径が3.22Km以上だと言う。直径7Kmともなると地球の大絶滅となる。広島型原爆の5000万倍の破壊力となる。今世紀は地球に接近が予想されている彗星や小惑星の数が200にもなっている。世界の研究者はその中で地球に衝突する可能性もあるものが含まれると考えており、その対策を各国の協力のもと協議する必要があるとしているが、具体的には何も進んでいないようだ。2011年のM9の地震は「想定外」とされていた。しかし、過去の歴史を見直すと、同じ規模の地震は列島で何度か起きて来ていた。6500万年前にメキシコのユカタン半島に衝突した直径12Kmの小惑星は地球上の恐竜を絶滅させた。有り得ないと思われるような自然現象が、過去には実際に起きている。東北の太平洋沿岸部を襲った津波も、復興工事で見られる防潮堤の建設を見ていると、結局はまた同じことが繰り返されるだろうと思わざるを得ない。
糊空木

置き去りにされて来た被爆者

2017-08-10 19:15:36 | 社会
台風5号と台風が弱まり温帯低気圧に変わった影響で、雨が続いている。気温も22〜23度くらいしか上がらず、朝は雨の中でウグイスが鳴く。雨のせいで、一度だけミンミンゼミの声を聞いたが、その他はセミの声を聞くことがなくなった。予報ではまだしばらくは曇天や小雨が続きそうだ。釜石の今夏はどうも夏らしい夏は見られないかも知れない。 日本は世界で唯一の戦争による被爆国である。広島、長崎の被曝は住民に甚大な被害を与えた。広島原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれている。悲惨な体験をすると、人はもう二度と同じことを繰り返さない、と決意するが、時とともにその決意も国として薄れて行く。軍備を持たないとした憲法も都合次第で解釈を変え、潜在的な核兵器につながる原発が全国に展開された。そのため、2011年には平和時であるにもかかわらず、住民は被曝させられた。国や県は顕著な甲状腺癌の発生も被曝のせいではないと言い続ける。三陸の素晴らしい漁場も、高濃度放射性物質の海への投棄により、汚染を免れることが出来ない。山谷の汚染もほとんどが放置されたままだ。震災後も次々に原発の再稼働を続ける政府は、核兵器禁止条約に加わる気などない。そもそも一切の被爆者への視点が欠如している。昨日、長崎市の平和公園で、今年も「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が行われたが、その後、長崎の被爆者5団体がまとめた要望書を長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一議長、77歳が出席した首相に手渡す際に、「あなたはどこの国の総理ですか。今こそあなたが世界の核兵器廃絶の先頭に立つべきです」と被爆者の怒りを表している。要望書にも核兵器禁止条約に参加しない政府に対して、「長崎の被爆者は満腔(まんこう)の怒りを込め、強く抗議する」と書かれている。福島では未来のある子どもたちが未だに被曝し続ける環境に放置されている。実際には福島に限らず、関東・東北の子供たちも同じである。周囲を巨大な断層に囲まれ、列島自体にも無数の断層のある日本列島には、原発はあってはならない施設である。被爆者への視点が欠けている以上、いずれ、再び第二の福島がやって来るだろう。

8月11日〜16日はブログを休ませていただきます




古代製鉄

2017-08-09 19:17:35 | 歴史
島根県立古代出雲歴史博物館の角田徳幸氏は古代製鉄の研究者である。氏によると、古墳時代後期から平安時代前半頃までの製鉄遺跡は、南は九州の熊本県、北は東北の青森県まで359ヶ所の製鉄遺跡が確認されており、製鉄炉の数は1084基に及ぶと言う。中でも、旧国別で見ると陸奥は83遺跡348基と突出している。福島県南相馬市の金沢地区製鉄遺跡群では木炭窯は152基、土坑606基、製鉄炉123基、鍛冶炉20基が見つかっており、国内最大規模である。7世紀中葉から10世紀前葉のものとされる。同じく南相馬市にある平安時代初頭の割田H遺跡では11基の製鉄炉跡が見つかっているが、発掘調査結果が2005年に発表された際、福島県文化振興事業団は「朝廷が北上川流域(岩手県など)で先住民蝦夷(えみし)を征服する戦いを繰り広げた時代で、一帯が北の戦線に武器を供給する国営軍需工場地域だったことが裏付けられた」としている。正史とされる『日本書紀』は658年から660年に阿倍比羅夫が蝦夷と粛慎を討ったとし、774年に大伴駿河麻呂が蝦夷征討を命じられてから、801年の坂上田村麻呂の遠征があり、811年の文室綿麻呂による幣伊村征討まで蝦夷征討が続いている。日本書紀の記述をそのまま受け入れたとしても、9世紀初めまでは東北は朝廷による征服は終わっていなかった。南相馬市の金沢地区製鉄遺跡群で早いものは7世紀中葉である。この時期の製鉄遺跡は明らかに朝廷のものとは言えない。残念ながら、東北各県の遺跡発掘にあたる考古学者自体が「正史」を前提にした解釈しか出来ていない。これは九州の遺跡についても同様である。弥生時代の際立った遺跡が北部九州に集中しているにもかかわらず、近畿を中心とした発想しかなく、邪馬壹国が近畿であるとしたり、九州王朝には無視を決め込んでいる。先入観念を排除し、真摯に発掘物を捉え、そこから歴史を構築しなければ、歴史学とは言えないだろう。現在の歴史学や考古学は逆である。前提があって、発掘物をその前提で解釈している。そのために、青森県で何故弥生時代前期と言う早い時期に水田稲作遺構(砂沢遺跡)が発見されているのか説明出来ていない。製鉄と言う古代にあっては高度な技術は決して蝦夷ではあり得ない技術と見做されてしまっている。
鉄砲百合

銀行システム

2017-08-08 19:16:45 | 経済
5000年前の現在のイラクにはバビロニア王国があり、神殿では貴重品を預かったり、必要な穀物や家畜を貸し出ししたりしていた。これが「銀行」の起源だと言われる。中国の後漢の宦官、蔡倫が西暦105年に世界で初めて紙を作り出した。唐の時代に貴重品を預かり、代わりに預かり手形が発行されるようになり、その一つに交子と呼ばれる預かり手形があった。これを1023年に北宋の皇帝である仁宗が国の紙幣とした。世界で初めての紙幣である。欧州で初めて紙幣が登場するのは、不足する硬貨を補う目的で導入された1483年のスペインであった。近代的な銀行が誕生したのは1694年に設立された英国のイングランド銀行である。絶対王政の欧州で、王たちはしかし、体制を維持したり、戦争に費やす資金を銀行から借りざるを得なかった。世界の文明国で次々に設立されて行く銀行は、中央銀行も含めて、全て私企業である。現在のイングランド銀行も、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会FRBでさえもが株主は民間である。日本銀行は55%の株を政府が保有するが、残りは民間である。その私企業である中央銀行が裏付けのない紙幣を自由に印刷しているのが現在の世界経済の実態だ。1987年から2006年まで米国中央銀行FRBの「総裁」にあたる議長を務めたアラン・グリーンスパンAlan Greenspanは、今月1日のブルームバーグとのインタビューで、米国経済について、「実質長期金利はあまりにも低過ぎて持続不可能」、「真の問題は債券市場のバブルが崩壊した時に、長期金利が上昇する点」であることを指摘している。彼は1966年に「Gold and Economic Freedom 金と経済的自由」と題する論文を書いており、今もネットで読むことが出来る。そこでは、「金本位制に対するほとんどヒステリックな敵意が,全ての国家統制主義者を一つにまとめ上げている。彼らは,一貫して自由放任主義の肩をもつ多くの者たちよりもおそらく明快かつ鋭敏に,金と経済的自由が一体不可分であり,金本位制は自由放任主義の手段であって一方が他方を伴うとともに他方が一方を求めるという関係にあることを感じ取っているのである。」と書き出している。「金本位制のもとでは,ある経済が支えることのできる信用額は,その経済がもつ実物的な資産によって定まる。・・・・・・・・・・金本位制下における政府の赤字支出は厳しく制限される。」「金本位制がなければ,インフレによる没収から貯金を守る手段は存在しない。」。紙幣を際限なく印刷する中央銀行の最高責任者の地位に就いた人は、本来は金本位制を支持していた。再三起きる金融危機の原因は裏付けのない紙幣を増刷し続けることにある。(ただし、金融危機とは巨大な富が他者の富を一気に刈り取る機会であることも知っておく必要がある) 若い頃、英国の教育を描いた『自由と規律』と言う本を読んだ。自由を獲得するためにこそ、厳しい規律を身につけることが重要だと言う。自由は規律の裏付けがあって初めて得られる。現在の銀行システムはその規律を欠いている。
唐糸草

古代蓮

2017-08-07 19:15:50 | 自然
気象庁は今月2日、東北の梅雨明けを発表したが、ここ数日も曇天や小雨が続いている。週末に大船渡市の天気予報を見ると、日曜が晴れになっていた。そこで、日曜の朝起きてみると、釜石は曇天であるだけでなく、周囲の山々に霧が立ち込めていた。ともかく、予報を信じて、沿岸沿いの45号線を南下した。吉浜から自動車道が開通しているが、そのまま45号線を南下し、大船渡市越喜来で9号線に入り、赤崎半島に向かった。途中の小石浜、現在は恋し浜と改名された三陸鉄道の駅近くの農家の休耕田に行った。以前はそこに古代蓮である大賀蓮が植えられていた。しかし、数年前からそこの大賀蓮はダメになったようだ。やはり、今も大賀蓮は見られなかった。海岸方向から霧が流れて来ており、小雨も降る。さらに9号線を南下して、調べていた綾里物産観光センターをまず探した。綾里地区に入ると、すぐにそれは見つかったが、その付近にあると言う大賀蓮の植えられた休耕田が見つからない。仕方がないので、念のため車をゆっくり進めながら引き返すと、道路の近くに蓮の花が見えて来た。釜石方向からだと右手になり、若干だが道路から奥になっていたため、気付かなかったようだ。蓮の花は午前10時ぐらいまでが見頃だ。小雨が降る中でもしっかり花を咲かせてくれていた。古代蓮は五郎沼のものも含めて、色がとても綺麗に感じる。大賀一郎博士は東京帝大を出た後、第八高等学校の生物学教授を経て、南満州鉄道中央研究所で古代蓮の研究に従事していたが、満州事変の軍部の動きに抗議して、同研究所を辞め、東京のいくつかの大学で研究を進めた。1947年に千葉市の落合遺跡が発見され、大賀博士はそこで1951年に蓮の種の発掘に臨んだ。本来の遺跡の発掘作業のため、博士には1ヶ月の調査しか許されなかった。まるでドラマのような話だが、調査のまさに最終日の夕方、参加していた中学の女子生徒が1粒の蓮の種を発見した。これが後に大賀蓮と名付けられる蓮の種であった。一般に、大賀蓮は2000年前の蓮とされることが多いが、調べてみると、同じ土の層から発見された丸木舟の木片の放射性同位元素C14の分析結果から、3052年前ないしは3277年前のものだとされる。2000年前では明らかに弥生時代となる。丸木舟同様に大賀蓮は縄文期のものであった。6000年前の縄文海進がすでに後退して来ており、当時は広く水郷地帯であったのだろう。蓮の花はインドが原産国であり、日本へは仏教の伝来とともに伝わったとする書物があるが、落合遺跡が示すように、すでに縄文時代に日本で見られている。五郎沼の中世の蓮や大賀蓮のような縄文の蓮を現代でも見られると思うととても感慨深い。
3000年前から蘇った大賀蓮


セミの夏

2017-08-05 19:13:03 | 自然
先日庭でセミの抜け殻を見つけた。セミは幼虫として何年も土の中で過ごす。アブラゼミの場合は木の幹や枝に卵を産み、卵のまま冬を越して、翌年の6月頃に孵化して幼虫となり、土のところまで降りて来て、土の中に入り、木の根から養分を吸って成長し、卵から7年経った頃に地上に出て、木を上り、枝や葉の裏で羽化して成虫となる。成虫となったセミは寿命が1〜2週間しかない。その間に雄は日中にしきりに鳴いて、雌を求める。子孫を残すにはとても短い期間しかない。日本には30種ほどしかいないそうだが、世界では1600種もいる。日本で一番小さいセミは沖縄県の石垣島のイワサキクサゼミで、体長は1~2cmしかない。一番大きいのはクマゼミだ。7cmくらいになるものもいる。クマゼミは最近はかなり北上して来ているようで、体も大きいが声も大きい。体長が4cmほどのエゾハルゼミはエゾと名が付きながら、実際には北海道から九州まで分布している。ひょっとすると、このエゾは「えみし」を意味していたのかもしれない。ヒグラシも全国に分布するが、関西以南では山間部に生息している。郷里の愛媛県では南の高知県との境近くの面河渓と言われる渓谷へ行った時にヒグラシの声を聴いた。標高が650m以上である。平地ではヒグラシの声を聴くことが出来ない。万葉集ではセミを詠んだ歌は10首あるが、ほとんがヒグラシを詠んでいる。「かなかな」とか「クツワゼミ」とも呼ばれる。万葉集の原文ではヒグラシを「日倉足」と書いている。やはり耳にうるさく聴こえて来る声よりも、どこか物悲しさを感じさせるヒグラシの声の方が万葉人たちの心に響いたのだろう。釜石へ来て、初めての夏に、平地でヒグラシの声を聴いた時には驚いた。それまで、ヒグラシの声は山間部でしか聴いたことがなかったからだ。ヒグラシと同じくかなり山奥でしか聴いていなかったカジカガエルの声も釜石では市街地を流れる甲子川で聴いて、やはり驚かされた。それまでカジカガエルの声はかなり山奥の渓流でしか聴いたことがなかった。カジカガエルの声もヒグラシと同じくどこか澄んだ清らかさを感じさせてくれる。以前住んでいた愛知県の岡崎市だとクマゼミの声がやたらと聞こえて来たが、さすがに釜石ではクマゼミの声は聴くことが出来ない。
木槿(むくげ)

米国の凋落

2017-08-04 19:17:38 | 社会
釜石の今夏は今のところあまり暑くない夏だ。曇天が多いこともあるのだろう。何より毎日のように涼しい風が吹いてくれる。今朝、ウォーキングをしていると、近所の公園で夏休みに入った子供達が集まって、ラジオ体操をしていた。この夏休みのラジオ体操はどうも日本のちょっとした伝統のようだ。さほど何かに効果があるようにも思えないが。職場の裏山では今年もアザミが独特の葉を伸ばして来ており、花が咲くのが楽しみだ。木々の葉が茂るためにすっかりリスたちの姿を見なくなった。リスの巣のあるクルミの木をいつも見ているが、出入りの姿が見られない。 超大国である米国は次第にその国力を失って来ており、これまでの覇権も精彩をなくして来ている。現大統領は特に以前の大統領たちとは異なり、むしろ覇権を放棄するように見える。基軸通貨としてのドルもその勢いを失って来た。かっては原油の取引はドルが全てであったが、今ではドル以外の通貨で取引する国も出て来た。産油国のサウジアラビアでさえ、一部の取引をドル以外でも行なっている。中国とロシアの間の貿易では全くドルを使わなくなった。トルコやイラクも米国から少しずつ距離を置くようになっている。対米従属一辺倒の日本は米国に従って、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)へは欧州の主要国が参加したにもかかわらず、米国とともに参加を見送り、中国と欧州を陸と海でつなぐ「一帯一路」にも参加していない。世界はすでに米国の凋落を見ているが、日本は未だに米国にすがっている。日本が積極的な姿勢であったTPPに米国が不参加となり、日本は米国にハシゴを外されたが、意地を張って、米国抜きのTPPを今まで通り進めようとしている。日米欧の主要国の中央銀行が前代未聞の金融緩和により、巨大なバブルを生み出し、国や民間の債務も巨大にしてしまった。現状ではおそらくこの秋には米国の金融崩壊がやって来るだろう。それはこれまでにない巨大な規模になり、まさに世界恐慌を引き起こし、米国の凋落をさらに加速させるだろう。1998年にすでにロシアはデフォルトを経験し、耐性が出来ていると思われる。米国の金融崩壊は民間が巨大な債務を抱える中国をも巻き込むだろう。日本は米国の爆風でなぎ倒されるかも知れない。世界が立ち直るのに数年は要するだろう。
白い蓮の花

長寿と長寿と生活

2017-08-03 19:17:16 | 文化
100歳以上の健康長寿者が多い長寿村と言われる地域が世界に3箇所ある。黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス、パキスタン北部のフンザ、南米のビルカバンバである。いずれも人々が自然と共生した地域で、現代人のストレスとは無縁である。しかし、標高1500mのアンデス山中にある南米エクアドルのビルカバンバは自動車道の開通などで、大きく環境が変化して来ている。外国からの移住者も2割以上になり、欧米の食物が増加し、かっては120歳、130歳の健康な人がいたが、そうした人たちが減りつつある。北で中国やアフガニスタンと接する辺境の地であるフンザは面積が秋田県くらいの地域で、1974年までは小さな王国であった。美しい景観のフンザ渓谷に春は杏の花が咲き乱れる。人々の豊かさは、その杏の木を何本所有しているか、で決まるそうだ。一説では宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」の「風の谷」のモデルとも言われる。旅行者には「桃源郷」として知られる。ここに住む人たちは杏の種を食べるようで、それが長寿をもたらせていると考える研究者がいるようだ。自分の住む土地に必要な食用の植物を植え、その実りを糧とする。日本の平均寿命は確かに伸びて来たが、問題はこれら3つの地域と異なり、高齢化とともに癌を代表とする病気を抱える人も多いことだ。長寿村では単に長寿であるだけではなく、みんなが元気で健康なことだ。特別高度医療施設も必要ではない。人間の本来の寿命は120歳だとする研究者もいる。だとすると、その本来の寿命を長寿村のように、健康に全う出来ないのは何故なのか。多くの研究者が指摘するのは、やはり食べ物とストレスフリーの環境である。日本人の平均寿命の伸びは、栄養と医療によってもたらされた。しかし、同時にストレス社会と欧米の食べ物が導入されたことで、病気を持つ人も急増して来た。適度な肉体的疲労が欠如していることも影響しているだろう。今、研究者の間では長寿遺伝子の研究が盛んになっている。近い将来、人はさらに寿命を伸ばして行くのかも知れない。ただその時に果たして、健康でいられるのかどうかが問題だ。認知症を患ったり、寝たきりになって、寿命だけが伸びても果たして生きる意味があるのだろうか。日本では寝たきりで、食事さえ自分の口では食べられなくなった人も、管を通して流動食を与えられることで平均寿命の伸びを支えている。
鬼百合