夜には庭でコオロギやスズムシが鳴くようになった。彼岸花の伸びるのも早い。釜石で生まれた人の話だと青森の言葉は全く分からないという。他所から来たものにはどの県の言葉も東北弁という一つの同じ言葉のようにしか聞こえない。かって南部氏が山梨から移り住み、南部氏の同族争いで弘前藩ができ、南部藩が今の岩手の大半と青森、秋田のそれぞれ一部を領有する形になった。弘前藩、南部藩いずれも山梨からの人たちで同じくアイヌの言葉の影響もあったはずだが現代ではかなり言葉が違って来ているようだ。岩手県内でさえ内陸部、沿岸部の違いは無論、内陸部と沿岸部それぞれでも違いがあるそうだ。沿岸部の釜石と隣接する内陸部にあたる遠野でも違いがあるようだ。釜石は魚業と鉄、遠野は農業という生活の違いがあり、山によって隔てられていることで個々に独自の言葉が発展したのではないか。岩手北部の一部には京都弁も影響しているとか。確かに岩手の言葉は柔らかい。発音は寒さの影響もあったのだろう。東北が北海道の守りに当たっていたので北海道弁にも影響したと思われる。
紅い夾竹桃
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