毎年のことなんですけどね、よせばいいのに孤独に行ってまいりましたよ初詣。
初詣ったって正月以外に神社仏閣に参詣するようなこともないんだから、ことさらに初詣なんて言いふらす必要もないんでしょうけど。
しかし、そんなふうに形骸化した行事だから却ってきっちりやってみたくなるのが、オレという性格の無駄に律義な部分であります。
なので2011年の初詣は、元日の朝といういささか泥縄なタイミングながら、Wikipediaで下調べしましょう。
まず、初詣は、正月三が日の間に行けばいい、それも無理なら1月中に行けば許してもらえる、という柔軟な対応を見せてくれます。
行先は、近所の神社でもいいし、恵方(えほう)というその年の縁起のいい方角にある神社でもいいのだと。
なんと、こんな判りやすいサイトもあります。
そんじゃあ、と2011年の恵方である丙(ひのえ:南南東のやや東寄り)を探してみると、奄美市名瀬のオレんちからは小湊がその方角だ。
小湊には厳島神社がある。

観音堂から神社へと変遷を遂げたというこの神社は、奄美大島ではけっこう歴史が長い部類になるらしく、名瀬市の文化財に指定されていたとの看板が立っている。
さて、2011年は島に来て8度目のお正月になる。
ここ数年は大笠利の秋葉神社に連続して初詣に行っているので、今年は小湊厳島神社に行くからそっちには行かない、と冷たくあしらうのもどうかと思う。
調べると、西日本の一部では三社参りといって複数の神社に連続して参詣する習慣があるのだ。
神社の神様を分けてもらって別な所に祀るのを「分祀」というのだけど、それで神様のご利益が下がることはない、とされている。
分けて大丈夫なら連チャンでお参りしても大丈夫なんだろう。
しかし、大笠利の秋葉神社はオレんちから見て甲(きのえ:東北東の東寄り)にあるのだ。
縁起のいい方角に行きたい神社がない!
と絶望するのはまだ早い。
方違え(かたたがえ)という、目的の神社が恵方になる地点まで行って、そこから目的の神社を目指すのもありなのだ。
暇だけは有り余っていただろう平安時代の貴族たち(当時の日本には、貨幣経済は未だなかった)にとっては一泊する必要があったというが、いささか慌ただしくなった江戸時代からは回り道するだけでもよくなったらしい。
大笠利が丙になるのは、佐仁(さに)まで行けばよい。
ちょいと遠いが、10月の豪雨以来、北の方にはあまり行ってないから行ってみようか。

佐仁の海は大荒れで、波飛沫と気まぐれに降る雨が淡い虹を描いている。

無事、佐仁経由で大笠利の秋葉神社へ到着。
ところで、なんでそこまでこの秋葉神社に拘るかは、去年のこれを参照してください。
さて、2箇所の神社でお願いしてきたのは、田舎の家族の健康と、2011年がいい年でありますように。
上等の年でありますようにと110(いっとう)円のお賽銭でお願いしました。
そして、いかにも取って付けたように、「縁談もお願いします」と、別に5円を出してお願いしました。
あいかわらずセコいなオレって。




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初詣ったって正月以外に神社仏閣に参詣するようなこともないんだから、ことさらに初詣なんて言いふらす必要もないんでしょうけど。
しかし、そんなふうに形骸化した行事だから却ってきっちりやってみたくなるのが、オレという性格の無駄に律義な部分であります。
なので2011年の初詣は、元日の朝といういささか泥縄なタイミングながら、Wikipediaで下調べしましょう。
まず、初詣は、正月三が日の間に行けばいい、それも無理なら1月中に行けば許してもらえる、という柔軟な対応を見せてくれます。
行先は、近所の神社でもいいし、恵方(えほう)というその年の縁起のいい方角にある神社でもいいのだと。
なんと、こんな判りやすいサイトもあります。
そんじゃあ、と2011年の恵方である丙(ひのえ:南南東のやや東寄り)を探してみると、奄美市名瀬のオレんちからは小湊がその方角だ。
小湊には厳島神社がある。

観音堂から神社へと変遷を遂げたというこの神社は、奄美大島ではけっこう歴史が長い部類になるらしく、名瀬市の文化財に指定されていたとの看板が立っている。
さて、2011年は島に来て8度目のお正月になる。
ここ数年は大笠利の秋葉神社に連続して初詣に行っているので、今年は小湊厳島神社に行くからそっちには行かない、と冷たくあしらうのもどうかと思う。
調べると、西日本の一部では三社参りといって複数の神社に連続して参詣する習慣があるのだ。
神社の神様を分けてもらって別な所に祀るのを「分祀」というのだけど、それで神様のご利益が下がることはない、とされている。
分けて大丈夫なら連チャンでお参りしても大丈夫なんだろう。
しかし、大笠利の秋葉神社はオレんちから見て甲(きのえ:東北東の東寄り)にあるのだ。
縁起のいい方角に行きたい神社がない!
と絶望するのはまだ早い。
方違え(かたたがえ)という、目的の神社が恵方になる地点まで行って、そこから目的の神社を目指すのもありなのだ。
暇だけは有り余っていただろう平安時代の貴族たち(当時の日本には、貨幣経済は未だなかった)にとっては一泊する必要があったというが、いささか慌ただしくなった江戸時代からは回り道するだけでもよくなったらしい。
大笠利が丙になるのは、佐仁(さに)まで行けばよい。
ちょいと遠いが、10月の豪雨以来、北の方にはあまり行ってないから行ってみようか。


佐仁の海は大荒れで、波飛沫と気まぐれに降る雨が淡い虹を描いている。

無事、佐仁経由で大笠利の秋葉神社へ到着。
ところで、なんでそこまでこの秋葉神社に拘るかは、去年のこれを参照してください。
さて、2箇所の神社でお願いしてきたのは、田舎の家族の健康と、2011年がいい年でありますように。
上等の年でありますようにと110(いっとう)円のお賽銭でお願いしました。
そして、いかにも取って付けたように、「縁談もお願いします」と、別に5円を出してお願いしました。
あいかわらずセコいなオレって。




