時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

黄金時代のフランス美術(8)

2013年01月23日 | 絵のある部屋

 

アントワーヌ・ル・ナン『若い楽師たち』
Antoine Le Nain, The Young Musicians, 27.5 xx 34.5cm, Los Angeles County Museum of Art,
annonymous gift 


 早朝、BBCのニュースを見ていたら、ごひいきの美術館 Royal Academy of Artsで開催されている『マネ』展の紹介をしていた。あの『シャボン玉を吹く少年』も映し出された。今の日本の国レベルでの政策論議でほとんど聞こえてこないのは、文化政策の視点ではないかと思う。経済力では日本よりはるかに下位にあっても、一貫して自国の文化に誇りを持ち、振興する政策を持った国は尊敬される。かつて訪仏した池田首相が、ドゴール首相から「トランジスタの商人」と揶揄されたこともあったが、今の若い人からは「トランジスタってなに?」と聞かれるかもしれない。

 閑話休題。17世紀フランス絵画の世界は、長い間二人の画家で、代表されてきた感があった。ニコラ・プッサンとクロード・ロランである。しかし、以前に記したように、二人ともほとんどローマで制作活動をしていたので、真の意味でフランスの画家なのかという指摘もされてきた。管理人自身もこの時期のフランス絵画に関心を抱き始めてからずっと疑問に思ってきた。フランス人美術史家のイタリア・コンプレックスかと思ったこともある。近年、ようやく軌道が修正されてきたようだ。

 その過程で少しずつ生まれてきたのは、フランスの風土に根ざした固有のいわば「フランス・スクール」は存在しなかったのかという議論だった。ラ・トゥールは、正確にはロレーヌ公国の画家だった。しかし、フランス王室付きの画家でもあったのだから、フランス・スクールの一角を占めてもよいだろう。次に注目されたのは、ル・ナン兄弟の位置づけである。ル・ナン兄弟もラ・トゥールと同様に「再発見」された画家であり、イタリアなど他国の影響から相対的に独立で、フランスの風土で育った純粋フランス的な画家ともいうべき人たちだった。

 ル・ナン兄弟の場合、ラ・トゥールと同様に「現実の画家たち」のカテゴリーに含まれる。1978-1979には、グラン・パレでジャック・テュイリエの企画で素晴らしい特別展が開催された。ル・ナン兄弟は、アントワーヌ、ルイ、マテューの3兄弟である。

 1982年の『黄金時代のフランス美術』特別展では、アメリカにあるル・ナン兄弟の作品の中で6点が選ばれ、展示された。この時点では真作の帰属が未確定の作品を含めて、11点がアメリカに存在する作品 inventory とされていた。ル・ナン兄弟の作品には、兄弟の個別の名前が記されていないものもあり、作品の帰属確定には大きな問題がつきまとってきた。

 出展されたのは音楽師、農民、子供たちの日常の生活光景を描いた作品だった。兄弟の作品の中には、神話や宗教的主題での素晴らしい作品もあるが、彼らの制作活動の世界は,農民、職人などの日常生活を描くことだった。宗教画や歴史画にやや飽きてきた19-20世紀の人々は、ル・ナン兄弟のリアリズムに新鮮さを感じたのだろう。その存在と作品は急速に見直されるようになる。

 ル・ナン兄弟の作品に描かれた人々は、一瞬時が止まったかのように、画面の中で静止している。多くの作品に使われている緑がかったセピア色も不思議な印象を与える。時にはメランコリックで、微かな悲哀感も漂う作品もある。その底流には、ヴァランタン、ラ・トゥール、そして歴史画などではかすかにプッサンなどの画風に通じるものも感じられる。一時期、長兄ルイはイタリアへ行ったことがあるのではとの議論もあったが、今ではその事実はなかったとされている。管理人はとりわけ、ルイの手になったと思われる作品を好んで見てきた。もうひとつ、兄弟がしばしば描いた仕事の世界については、個別にブログを立ち上げて整理したいと思うほどなのだが、もうその時間はないだろう。

 さて、上に掲げた『若い楽師たち』と題された作品、ル・ナン兄弟の農民や職人たちを描いた作品などを見慣れていると、一瞬これもル・ナン?の作品と思われるかもしれない。大変色彩が鮮やかで美しい作品である。もっとも、修復の際に洗いすぎた?との説もあるのだが。左側の二人の若者が楽器を演奏し、三人目の若者が楽譜を持って歌っている。左側の若者の足下には、犬が顔を出している。机の上に置かれた品々の描き方には、フレミッシュの影響が感じられる。

 一時はル・ナン兄弟の中で、誰の作品か帰属が不明であったが、今では長兄アントワーヌの手になるものとほぼ理解されているようだ(もっとも、J-P キュザンのようにマテューの作とする見方もある)。この作品は木板の上に描かれているが、もう一枚ローマのGalleria Nazionale が所蔵するカンヴァスに描かれたヴァージョンがある。しかし、今日ではこのロサンジェルスにある作品が真作で、カンヴァス版はコピーとされている。

 このロサンジェルス版は、1958年現在の美術館が取得するものになったが、来歴を見ると匿名の寄贈者によるものらしい。しかし、一時はロスチャイルド家の所蔵品でもあったようだ。この作品がロサンジェルスに渡るまでには、多数のコレクター、画商などの手を経由している。人間同様に、絵画作品が安住の地?に落ち着くまでには、しばしば波瀾万丈の旅があるようだ。


 手元にある Illustrated Catalogue of Pictures by the Brothers Le Nain, London, 1910 (copy)によると、1910年の時点では Lent by Lord Aldenham と記載されている。

 

続く

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