時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

医療立国への道

2006年02月08日 | 移民政策を追って

外国人看護師受け入れと医療立国の道

  最近アジアの医療・看護問題の調査に関わっている時に、ひとつの新聞投稿を読んだ*。シンガポールの国際問題研究所の研究者によるフィリピン、インドネシアなどのアジア開発途上国からの医師、看護師などの海外出稼ぎについての観察とアドヴァイスである。

    その論点自体はこのブログでも再三とりあげてきたものであり、とりたてて新味はないが、シンガポールの研究者による日本の新聞への寄稿という点で、われわれ日本人が十分考えねばならない問題を含んでいる。現在行われている衆院予算委員会などの審議の場に、外国人労働者の受け入れ問題も登場してはいるが、言葉のやりとりだけに終始し、深く考えられたものではない。与野党どちらにも議論前進の方向が見られない。

20年無為に経過してしまった移民労働者問題
  80年代後半に、日本にアジアや南米から外国人労働者が来るようになってから20年余りが経過した。彼らにとっても先が見えない日本だが、ここで将来の構図を検討しておかなければ、近い将来大変なことになるだろう。先が見えないままに外国人の定住化が進んだ。どうすれば、彼らと言葉に真の意味で「共生」していけるか。おそらく今が政策構想を描ける最後の時だろう。

  世界には自国に十分な雇用の機会がなく、多数の出稼ぎ労働者を海外に送り出している国がある。アジアではフィリピンやインドネシアが代表的な存在である。最近では医師や看護師などの高度な熟練・技能を持つ人材の流出が目立つようになった。出稼ぎ先として目指す国々は、中東諸国や日本、台湾、韓国などである。こうした国々は人口減少に伴って労働力人口が減少し、高齢化に悩んでいる。看護師・介護士などの分野での人手不足は厳しくなるばかりである。

労働者を「輸出品」と考える国
  送り出し国側は自国に十分な雇用機会がなく、政府としても海外出稼ぎを支援していることが多い。国内に多数の仕事のない労働者を抱えていることについての不安を少しでも解消したいという政治的配慮も働いているかもしれない。輸出するものがないから労働者を「輸出」すると公言する政府もある。

  代表的な移民送り出し国であるフィリピンは、人口の1割、800万人近くを船員、看護師、介護士、家政婦、教師などとして、世界中に送り出している。

    彼らが本国に送金する額はフィリピン中央銀行によると、出稼ぎ労働者からの本国送金は2005年には103億米ドルに達した。伸びも大きく、10年前の2倍以上に達している。これ以外に非公式の送金もあり、実際の送金額は公式統計を大きく上回っている。

有効に使われない送金  
  しかし、これらの送金が国の発展に効率的につながっているかというと以前から疑問視されてきた。実際にそれらの大半は本国家族の衣食住や医療などの日常支出に消えてしまい、貯蓄や生産的投資に使われるのは一部にすぎない。結果として国内に仕事の機会を創り出す効果が少ない。

  フィリピン政府は経済発展が軌道に乗るまでの期間、海外出稼ぎに依存すると主張してきたが、現実には長期にわたって出稼ぎが続き、むしろ出稼ぎに頼って外貨収支を補填するなど、出稼ぎ送金依存の体質が根づいてしまっている。海外出稼ぎ者(移民)の送金する外貨によって経済を発展させるという「移民立国」の考えは、実態として成立していない。

  自国の医療・看護水準は劣化するばかりだが、そこには望ましい方向へ軌道修正をさせる力はまったく働いていない。出稼ぎを前提にして職業選択をする人々、労働者を「輸出」することを当然と考える政府機関など、個々の主体には全体を見渡す視野が完全に欠落している。「移民亡国」になりかねない状況すら展開している。

  海外出稼ぎはあながち否定されるべきではないが、出稼ぎ移民、彼らが外国で獲得する熟練・技能、そして母国への送金、帰国後の本国経済への貢献などの間に、適切な循環が生まれるように、関係者の間での十分な検討が必要とされよう。

必要な発想転換
  
ここにとりあげた新聞への寄稿は、この点についての提案である。FTA(自由貿易協定)では、このような送金依存経済を促進するリスクがある出稼ぎに代えて、アジア地域が持つ優位点、研究開発や高等教育を基礎に前進する手だてを模索する必要があるという内容である。これは、きわめて適切な提案であろう。

  日本など受け入れにまわる先進国の責任は大きい。単に受け入れの形式だけ整えて事態を糊塗している。日本の看護師・介護士などの労働条件の改善が先決だとして、受け入れ数を制限しても医療現場の環境は良くはならない。高齢化の急速な展開の前に、医療介護の内容は劣化し、一部には荒涼たる状況も生まれている。

  まったく別の視点に立った構想が必要だろう。日本、シンガポールなどがアジアを視野に入れた国際医療センターをひとつの柱として、未来に向けて立国の道を構想すべきではないか。すでにシンガポールはその方向に舵を取っている。

  マクロ経済は回復しているかに見えて、国民の間には将来への不安が高まっている。その大きな部分を占めているのが、医療、年金などの社会保障の将来である。国民に希望を与え、アジア諸国に貢献する道を構想することで、新たな光も見えてこよう。その構図作りの中で、海外出稼ぎのためにとめどなく流出する医師・看護師などの実態も、改めて位置づけることができるだろう。
   

Reference
*キム・ベン・ファー「海外出稼ぎ、送金依存が発展の足かせに」『朝日新聞』2006年2月4日

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