きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

カテーナ・ヒストリア 歴史の鎖 第1部

2023-10-22 18:32:10 | 小説
序章 「神話の時代」
 原初の宇宙は完全なる沈黙と虚無に満たされていた。突如として偶発的に誕生した「混沌(カオス)」を母として双生児の神が産み落とされた。二柱の神のうちアルブは光の世界の神となり、アトルは闇の世界の神となった。光の世界は可視世界であり、アルブが混沌より生み出された魂に有限の「生命(いのち)」と「肉体(からだ)」という「形状(かたち)」を与えた「現世(うつしよ)」である。闇の世界は不可視世界であり、アトルが生命と肉体を失った魂を混沌、即ち『星の命』へと還す「幽世(かくりよ)」であった。
母なる混沌は大いなる生命エネルギーの集合体である『星の命』へと変化し、アルブは『星の命』から数多(あまた)の魂を現世へと迎え入れ、アトルは幽世へと流れ込む魂を断罪し、罪を免れた魂は、百の巡りを経て浄化されることにより、再び現世へと転生すべく『星の命』へと還されたが、罪を贖うべきとして『星の命』へ還ることを許されない魂は、「深淵(アヴィス)」の最奥の「奈落(タルタロス)」へと堕とされて、闇に飲まれ消滅した。


 原初の世界には、二柱の神と、始祖の民であり後に「古代種(グリュンデル)」と呼ばれる「光の民(リヒトロイテ)」と、五体の「精霊(ガイスト)」しか存在しなかった。アルブは「はじまりの五属性の精霊たち」それぞれの属性に基づいて「生得魔法(マギカ)」を使える五つの「魔術師(マギア)」の種族、「火の民(フオイアロイテ)・水の民(ヴァッサーロイテ)・土の民(ボーデンロイテ)・風の民(ヴィントロイテ)・雷の民(ドンネルロイテ)」を生み出したが、後になって突然変異により生まれた新種族「無の民(ニヒツロイテ)」改め「アンスロポス」は、魔法を使うことのできない「非魔術師(マギナ)」で、唯一死後魂の濁りから「魔物(モンストル)」に変化する可能性を秘めた特異な存在だった。

 光と闇と表裏一体の世界の狭間には『星の命』という生命エネルギーが循環していた。魂は生命と肉体を失うと『星の命』へと還って行った。魔法は現世においてその魔法を使用する魔術師の生命エネルギーを消費することにより発動されるもので、肉体から遊離した生命エネルギーは『ルス』という碧翠色の光の粒子として認識された。
 五属性の民たちは自国を繁栄させるために領土やエネルギーを他国から奪おうと互いに争い、精霊たちはそれぞれの眷属である属性の民を護るため「霊獣(スピリティア)」の姿で顕現し戦った結果、五霊獣による『霊獣大戦』が起こった。
 最初に行動を起こしたのは風の民であった。乾燥した砂漠地帯に住む風の民は、他の四属性の民の国のうち、最も与し易しと踏んだ隣国の土の国に、宣戦布告もないままに突然攻め入った。雪や氷に覆われた山岳地帯からなる土の国において、岩を強大な風魔法によって舞い上げ、民衆や建物の上空から落下させて、甚大な被害を与えた。
土の民も懸命に応戦したが、風魔法により空中浮遊することが可能な風の民に対して土魔法は相性が悪かった。そのため土の「召喚士(ツァオベラ)」は土の霊獣を召喚し、対する風の召喚士も風の霊獣を召喚した。
 ほぼ時を同じくして、水の民もまた、広大な大陸の土地を領土とすべく火の国へと奇襲攻撃を開始した。海上の島国である水の国は、かねてより大陸への進出を目論んでいて、対岸に位置する火の国を密かに狙っており、火の国は風の国に隣接する湿地帯を領土に持つため、風の国と土の国の開戦の機に乗じて、火の国の混乱に付け入る隙ありと見たのである。火と水の属性は相反する作用を持ち、黒魔法同士の攻防に業を煮やした両国が霊獣を召喚するまでには、然程(さほど)時間を要しなかった。
 中央に位置する雷の国は、周囲の四ヶ国が交戦状態に陥ると、自国の防衛のため、即座に霊獣を召喚した。そしてついに土対風、火対水で始まった戦争は、五つ巴の混戦へと発展し、五霊獣が入り乱れての霊獣大戦へと突入したのである。

 獣型の風の霊獣「白虎(びゃっこ)」が地を蹴って大きく飛躍して、空中に浮かぶ鳥型の火の霊獣「朱雀(すざく)」に攻撃すると、朱雀は火球を撒き散らし、火の粉を被った亀型の地の霊獣「玄武(げんぶ)」が地震を起こし、揺さぶられた一角獣型の雷の霊獣「麒麟(きりん)」が多数の雷を落とし、落雷で痺れたの水の霊獣「青龍(せいりゅう)」が一直線に大量に吐いた水流を白虎に浴びせかける、といったように五霊獣が入り乱れ、最早どこの国が仕掛けたとか仕掛けられたかではなく、それぞれが国と民の存亡を賭けた決して負けられない死闘を繰り広げていた。属性による相性の良し悪しはあれど、実力はほぼ互角の五霊獣は、戦況の予測すら立たぬまま、それぞれが疲弊し、膠着状態に陥って行き、霊獣大戦は霊獣たちの莫大な魔力が枯渇しかけるまで、いつ終わるとも知れない長期間に亘って続いたのであった。

 霊獣大戦の最中に、突如として非術師であるアンスロポスの中に先祖返りのような形で「魔法耐性(マアイク)」を有する特異体質を持つ者が出現し、彼らは神たちによって秘匿されていた「神獣(ディヴィスティア)」と契約することにより、代償は伴うものの、神獣の魂をその肉体に宿し、神獣の姿となって顕現し、同時に神獣の魔力と「術式回路(シャルトクライス)」を利用して魔法の使用が可能となった。アンスロポスの中から三体の神獣によって選ばれた三名の者が神獣の契約者、即ち「器(ヴェセル)」となったのだった。同時に光の民の末裔から「神託(オラケル)」として神の意思を伝え聞くことが出来る能力に覚醒した「巫女(メティア)」が現れた。
 三体の神獣をその身に宿す器がそれぞれアンスロポスの中から選ばれ、顕現した三体の神獣が五霊獣を圧倒し、それぞれの霊獣は死して魔力とエネルギーの凝縮した塊である巨大な「大魔石(クエレ)」と化した。大魔石由来の魔力を利用することで、それまでは魔法を使えないために魔術師たちから見下され虐げられて来た非術師のアンスロポスは「疑似魔法(メギカ)」を手に入れることとなり、「大魔石」の欠片「魔石(ライストン)」を生活魔法に使用することで繁栄した一方で、大戦後霊獣を失い絶滅に瀕した五属性の民はアンスロポスによって「蛮族(バルバリアン)」と呼ばれ、過去の報復とばかりに権利や尊厳を剥奪されて、「蛮族狩り」によって捕らえられ、奴隷商人に売られた蛮族は、奴隷や家畜として魔石の消費なしに使える生得魔法の使用を強要され、魔力が尽きるまで酷使された挙句、使い捨てられて死んでいった。魔力の源は魔術師自身の生命エネルギーであったから、魔法の過剰な使用はその生命を削ることに他ならなかったからである。

 「ほら、手を抜くんじゃない!」
奴隷として売られて来た蛮族の若者は、アンスロポスの主人によって鞭打たれ、ぼろぼろの衣服の裂け目からは血が滲んでいた。
「は、はい。すみません、すみません。」
震える声で詫びながら、魔力の出力を上げた。
「やればできるじゃないか。」
と、彼を鞭打った主人は冷笑した。
(あいつも大分弱って来たな。そろそろ新しい奴に買い替えにゃならん。最近は奴隷商人もやたらと吹っ掛けては来るが、魔石の高値に比べたらまだましとするしかないな。)
主人がそんなことを考えていると、「ううっ。」と背後で呻き声が聞こえた。先程鞭打った蛮族の若者は、その場に倒れ、乾いた枯れ木のように瘦せ細ったその体の全身の皮膚からは血の気が引いて灰色に変わっていた。見開いたままの瞳は硝子玉のように生気を失っていた。
「ちっ、もう壊れたか。新品に買い替えるまでもう少し持てばと思ったが、間に合わなかったか。」
そう言うと、腹いせに『奴隷だったもの』の亡骸を蹴とばし、他の奴隷たちを呼んで、
「邪魔だからさっさと『これ』を片付けてしまえ。終わったらすぐに持ち場に戻るんだぞ。」
と言いつけた。奴隷たちは軽く小さくなってしまった仲間の遺体を荷車に乗せて町外れの処分場へ運んだ。蛮族の奴隷は弔われることも墓を与えられることもなく処分場でごみのように積み上げられ、まとめて焼かれることになっていた。彼らは自分もそう遠くない未来に、こんな姿となってここへ運ばれることを知りつつも、黙々と遺体を荷車から降ろし、疲れ果て、全ての希望を失って虚ろとなった彼らの目からは、涙の一滴も零れることはなかった。そして、処分場に奴隷として常駐する火の民の末裔たる魔術師もまた、いつか自分も同じ道を辿ることを知りながら、積み上げられた遺体の山に向かって炎魔法を放つのであった。

 減少の一途を辿る蛮族の数を増やすことや、一体で複数属性の魔法が使用可能な蛮族を誕生させることは、魔石の希少化に対する重要な課題と捉えられ、蛮族の人工繁殖を推進する研究施設が創られた。家畜の如く同族の雌雄による強制繁殖を推進する一方で、更に複数属性の生得魔法を持つ魔術師を誕生させるための研究と称して、恣意的な強制交配さえも進められていたが、それによって大きな成果が得られることもなく、ただ、無為に多くの蛮族の生命が奪われただけだった。
「風の雄は精力が強く繁殖力に優れているというし、火の雌は多産系らしいから交配させてみよう。それぞれ数体ずつ連れて来い。」
などという指令の下で蛮族狩りが行われ、また、出入りの奴隷商人からの「仕入れ」も行われていた。
属性同士の相性を調査する目的で、
「各属性の雄に他属性の雌四体を孕まさせろ。」
「各属性の雌に他属性の雄の仔を産ませろ。」
などという非道な研究が日々繰り返され、生まれた子供が想定通り或いはそれ以上の魔法が使えるとわかるとさらなる実験の材料とされたり、想定以下の魔法しか使えないとわかるとすぐ生命を絶たれたり、奴隷商人に払い下げられることもあった。

 一方でアンスロポスにとっては救世主となった三神獣は混沌、即ち『星の命』から生まれた者で、光の神獣はアルブに属していたが、闇の神獣はアトルから、聖の神獣は混沌から借り受けたものだった。光の神獣は霊獣大戦の終了により現世に安寧が齎(もたら)されたため、アルブの命(めい)により深く長い眠りに就いたが、アトルはアンスロポスの監視のために闇の神獣を眠らせなかった。アンスロポスの中から選ばれし器の身にその魂を宿らせたまま、魂の番人としてアンスロポスを監視する役割を担わせようとしたのである。現世とアンスロポスの行く末を見守り、光と闇の世界が反転すべき時が来たら、闇の器によって光の世界の全てを破壊するために。そしてその時が来ればアルブは光の神獣を目覚めさせ、光の器と闇の器との闘いの結果で世界の行く末を占おうとしたのである。闇が勝てば全ての魂は幽世へと送られ、再び世界は混沌の中から新たな創世『パリンジェネシス』を行うべく。
それは皮肉なことに器となるべき特異体質は、神の手を離れたアンスロポスの自然交配の結果として突然変異的に現出したものであったため、遺伝的に次世代に引き継がれることなく、いつ出現するかわからない次の適格者を待つしかなかったからである。
ー『神話の時代』歴史研究家ミュートソス(光の民の末裔)著ー

第1章 「黎明期の世界」
 原初の宇宙で生まれた「混沌(カオス)」は『星の命』と呼ばれる生命エネルギーの集合体として星を巡り、混沌から産み落とされた二柱の双生児の神は、光と闇という表裏一体の世界を作った。光の神アルブは黒髪で、闇の神アトルは白髪の、共に赤い瞳を持った幼き姿であった。アルブは、自らの姿に似せて、魂に「肉体(からだ)」という「形状(かたち)」と、有限の「生命(いのち)」を与えた。アトルは生命と肉体を失った魂を『ルス』という碧翠色の光の粒子に分解し、再び『星の命』へと還すべく、魂を導く役割を担うこととなった。
 可視世界であり、光の世界である「現世(うつしよ)」の裏側に、不可視世界であり、闇の世界である「幽世(かくりよ)」があり、幽世は死後の世界である。死者の魂は現世から幽世へと送られ、現世から『星の命』へと還る途上に幽世が存在する。幽世には「深淵(アヴィス)」と呼ばれる暗黒の深い闇が存在し、その最奥にある「奈落(タルタロス)」は一切の光が届かない漆黒の闇で、魂が沈められたら決して出ることは適わず、いつか闇に飲まれて消滅してしまうという底なし沼のような魂の牢獄である。

 現世を統べるアルブは光の力を司り、幽世を統べるアトルは闇の力を、そして母なる混沌、『星の命』から託された聖の力を司った。
アトルは闇の力を司り、死者の魂を闇の世界・幽世へと導く。百の巡りを経ることにより、闇が悪しきものを吸収することで、魂を浄化し『星の命』へと還し、光の世界・現世への転生の道を開く。
 だが、アンスロポスに限っては、異質の存在として、幽世において百の巡りによる浄化を受けることを許されなかった一部の魂は、仮初の肉体と共に魂を現世に縛り付けられ、死してなお現世を彷徨い続ける「死人(しびと・ルヴナン)」となることもあった。また、魂が負の感情や強い執着によって濁り、穢れた『ルス』の集合体として具現化した「魔物(モンストル)」となってしまえば、本能に従い他者を襲い食らうだけの獣同然の存在に貶められた魂には、消滅させる以外に救済の方法は存在しなかった。
 混沌よりアトルに託された聖の力は魂の断罪を行う。『星の命』へと還り得ない穢れた魂を断罪し、闇の世界の深淵へ送り、その最奥に存在する奈落へと堕とす。奈落へと堕とされた魂は、百の巡りを経て浄化され『星の命』へと還ることも、再び光の世界へと転生することも許されず、闇に飲まれて永遠に消滅する。浄化されることなく濁った魂が魔物となってしまえば処分せざるを得ないので、魔物となって同胞を襲い、新たな魔物を生む前に魂を消滅させるべきとする力である。
 闇の力と聖の力は相反する力。浄化して『星の命』へと還すのか、消滅させるのか。浄化により救うことで幽世に魂が増え続ければ、抑えられていた闇の神の力が強大化して行く。聖の力によって断罪され、消滅して行くことで保たれていた現世と幽世の均衡は、闇の力と聖の力のどちらかが失われれば容易に崩れてしまう。闇の神アトルが光の神アルブに取って代わり、世界の表と裏を逆転させ、全ての魂を闇の世界へと送り込み、この世界を闇で埋め尽くしてしまう。
 そのために、闇の世界へと数多(あまた)の魂が送られ、光の世界と闇の世界が反転せんとした時、光の力も目覚めて、その光によって闇を払う。闇の力に対抗する手段として光の力は存在していたのである。

 太古の世界には、神の僕(しもべ)として生まれた「光の民(リヒトロイテ)」と呼ばれる種族が存在していた。更に神は「はじまりの五精霊」と、それぞれの属性を司る眷属を作った。
 地の「精霊(ガイスト)」・玄武(げんぶ)と、地属性魔法を「生得魔法(マギカ)」とする「地の民(ボーデンロイテ)」には、世界の北方の氷と雪に覆われた山岳地帯を与えた。地の民は背が高く、筋骨隆々で、青白い面長の顔に黒い髪、黒い瞳を持っていて、獣の毛皮の帽子を被り、首元の詰まった袖丈の長い衣服を身に纏っていた。玄武が「霊獣(スピリティア)」として顕現する時は、大蛇が絡みついた大きな黒い亀のような姿であった。
 水の精霊・青龍(せいりゅう)と、水属性魔法を生得魔法とする「水の民(ヴァッサーロイテ)」には、世界の東方の広大な海洋に点在する島国を与えた。水の民は小柄で、しっとりと柔らかな肌で、薄橙色の丸顔に青色の髪、糸のように細い目をしていて、目を見開くことは滅多にないが、その瞳は青色である。直線的な筒袖の、袖も丈も長い衣服を身に纏い、小さな帽子をちょこんと頭に乗せていた。青龍が霊獣として顕現する時は全身が硬い鱗で覆われた黝(あおぐろ)い龍のような姿であった。
 火の精霊・朱雀(すざく)と、火属性魔法を生得魔法とする「火の民(フオイアロイテ)」には、世界の南方の湿地帯を与えた。火の民は大柄で、肉感的な肢体を、装飾と露出の多い衣服で包み、赤ら顔に派手な目鼻立ちをして、赤い髪に茶色の瞳を持っていた。朱雀が霊獣として顕現する時は、燃え盛る炎を身に纏った、伝承に聞く架空の巨大な鳥・鳳凰(ほうおう)のような姿であった。
 風の精霊・白虎(びゃっこ)と、風属性魔法を生得魔法とする「風の民(ヴィントロイテ)」には、世界の西方の砂漠地帯を与えた。風の民は灰色がかった浅黒い肌に逆三角形の輪郭の顔、頭に布を巻き付けているが、髪の色は灰白色で、瞳は灰色、だぶだぶのゆったりした衣服を身につけていた。白虎が霊獣として顕現する時は、長い牙を持つ大きな白い虎のような姿をしていた。
 雷の精霊・麒麟(きりん)と、雷属性魔法を生得魔法とする「雷の民(ドンネルロイテ)」には、世界の中央の平原を与えた。古代種である光の民に最も近い種族であるため、その外見は光の民と似ていて、色白で彫りの深い顔立ちに金髪、緑色の瞳をしていた。光の民の持つ独特の尖った形の耳がないのが、雷の民との顕著な違いであった。比較的体形に沿う形の衣服を身に着け、マントやローブを羽織っていることが多かった。麒麟が霊獣として顕現する時は、黄金の体毛に覆われ、鼻先に角のついた一角獣のような姿をしていた。
 光の民の末裔が他種族との混血を繰り返した結果、古代種や属性民族の劣化版亜種として突然変異的に発生した「非魔術師(マギナ)」の種族、即ち生得魔法を持たない「無の民(ニヒツロイテ)」はその侮辱的な呼称を不服として、「新種族・アンスロポス」と自称した。

 五種族の民は生まれながらにして痣のような「術式回路(シャルトクライス)」を肉体に刻まれ、精霊由来の術式回路を利用して、自らの生命エネルギーを魔力に変換して生得魔法を使うことが出来る「魔術師(マギア)」であったが、各種族毎に精霊を霊獣として召喚し使役することが可能な「召喚士(ヴェシュベラ)」が存在した。個々の魔術師も、黒魔法による戦闘は可能であったが、種族間の抗争には召喚された霊獣同士が交戦する方が一般的であった。各種族が生得魔法以外の魔法を欲し、他国の霊獣を魔石化せんと狙い、互いに争った結果、霊獣の戦闘力はほぼ互角で、霊獣間の五つ巴の大戦争、「霊獣大戦」の末期には、完全に拮抗する霊獣同士が、膠着状態のまま対峙する消耗戦の様相を呈していた。敗れて戦闘不能となった霊獣は魔石化し、再び顕現することは不可能となるため、正に勝敗の行方は種族の存続に直結していると言っても過言ではなかった。
 混迷を極める世界で、神々によって秘匿されて来た三体の「神獣(ディヴィスティア)」はアンスロポスの中から「魔法耐性(マアイク)」に優れた特異体質を持って生まれた者を「器(ヴェセル)」として選んだ。アンスロポスは精霊の加護を受けられなかったために、器は代償を伴う契約により、その証として神獣をその身に宿すことが可能になる術式回路を刺青(タトゥー)のように肉体に刻まれた。三体の神獣は、満身創痍の五霊獣を瞬く間に一掃し、アンスロポスは他種族を圧倒した。

 大戦終了後、アンスロポスは霊獣の生命エネルギーと魔力の凝縮した「大魔石(クエレ)」の恩恵を受けて生活魔法(「疑似魔法(メギカ)」)を使用可能となったが、神獣の器だけは神獣から十分な「魔力量(マフーエ)」を得ることで魔石なしで魔法を使うことが出来た。五霊獣が力尽きて大魔石と化しただけでなく、種族間の戦闘も苛烈を極めたため、各種族の人口も激減した。アンスロポスは、器との契約により使役可能な神獣を入手したことで圧倒的な力を得て、かつて自分たち非術師を蔑み虐げて来た魔術師たちを「蛮族(バルバリアン)」と呼び、奴隷として家畜や道具の如く酷使した。他種族の霊獣たちから転じた大魔石の恩恵を受けて、アンスロポスは自身の生得魔法を持たずとも疑似魔法を使用できるようになり、五属性の大魔石の加護により、光の世界を統べる存在となった。
 ただ、通常は生命を失った魂は、百の巡りを経て『星の命』へと還り、再び現世に転生することが出来るが、負の感情(強い怒りや憎しみ、悲しみ、執着や後悔など)を抱いて死んだ者の魂は穢れ、生前の記憶や理性を失い魔物化することがある。これらの現象は非術師であるアンスロポスに特有で、魔術師からは魔物は生まれない。そして、一度魔物になってしまえば、もう消滅させる以外に道はない。また、極稀に死した後も死人として現世に留まり、生前の記憶や理性を保ち続けることがあったが、死人は魂だけの存在が思念体として具現化しているものであり、既に肉体は死亡しているため、不老不死のような状態になり、弔うことが出来ない。死人の魂は、心残りや蟠(わだかま)りが消失して、現世への執着がなくなって初めて昇華され、思念体が分解されて『ルス』となり消滅するまで永遠に滅することはない。本来『星の命』に還るべき魂が現世に留まり迷うことは忌むべきことであり、死人の存在は容認されるものではなかった。
 三神獣のうちの一体、光の神獣が眠りに就き、その力が失われた世界では、弱き魂は迷い、濁り、穢れて変質することで魔物や死人を生んだのである。
ー『黎明期の世界』歴史研究家イストリオス(アンスロポス)著ー

最新の画像もっと見る

コメントを投稿