きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

desire 4 -傾国妖狐伝説-

2013-02-17 13:54:49 | 日記


第4幕 広間

 文官の佐田龍狼(さた・たつろう)と新しい小姓の尾咲水藻(おさき・みずも)は長い廊下を通って琉斯覇獣王(るしは・ししお)の居館(やかた)の奥の広間に到着した。
「獣王様。尾咲殿をお連れ致しました。」
龍狼が声を掛けると当主の獣王が答えた。
「よし。龍狼。貴様は下がって任に戻れ。」
「はっ。」
龍狼は頭を下げくるりと背を向けて今来た廊下を戻って行った。
「水藻はここへ。」
『はい。』
一礼して水藻が広間に入ると部屋の一番奥には異国風の大きな籐椅子にゆったりと身を預け、暗赤色の葡萄酒のグラスを手にした獣王が居てその両脇に二人の若い女が並んで立っていた。
「男の姿になっても貴様はやはり美しいな。水藻。紹介しよう。正室の狛妃(こまき)に妹の愛(めぐ)だ。」
獣王の右側は赤い髪に勝気そうな茶褐色の瞳の女、正室の狛妃。左側は黒髪に深い黒色の瞳でどことなく顔だちも似ている獣王の妹、愛姫。
「この者は尾咲水藻。今日から俺の小姓にする。先(せん)の村の唯一の生き残りだ。…どうだ。美しいだろう?」
獣王は悪戯っぽく笑いながら二人に水藻を紹介した。
「ええ、本当にとても綺麗なお小姓さんね。兄の面倒を見るのは大変骨が折れるでしょうけど、よろしくね。水藻。」
「確かに見目麗しいが、そんな華奢な体つきで、お役目が務まるのか怪しいこと。小姓は単なる雑用係ではなく、常に主君の心身を支える重要なお役目。今までの小姓の様に早々に音を上げるのでなければ良いけれど。」
愛姫と狛妃の言葉を聞いて獣王はからからと笑い出した。
「女は浅はかと言うが、それは確かだな。見た目に惑わされて本質までは見抜けんと見える。
水藻は半陰陽(ふたなり)に生まれたが為に狐憑きと噂されて来た者だ。
俺には見える。水藻の金茶色の瞳の奥に、同じ年頃の若者の何倍もの艱難辛苦に耐えて生き抜いてきた者にしか宿り得ぬ輝きが。
命の炎が燃える光と深い涙の海が。
誰よりも靭やかに誰よりも強かに数々の修羅場を切り抜けて今日まで生きてきた証だ。
由緒正しい恵まれた家に生まれ何の苦労も知らずに生きて来て、夢や理想を追い求め綺麗事ばかりを並べたてるどこぞの阿呆とは比べ物にもならん。」
獣王は途中から真顔になり、最後は憎々しげに吐き捨てた。
(半陰陽!?)
その言葉を聞いて二人の女は古の伝説、白面金毛の九尾の妖狐の化身、傾国の美女・玉藻(たまも)を思い出した。
かつて男も女も見る者を全て虜にして国を滅亡に導いた絶世の美女・玉藻は半陰陽だったという。
その玉藻が転生した狐憑きと噂されていたのは目の前にいるこの美少年の事だったのか。
「どうだ。二人共驚いたか?」
獣王は得意げな顔で二人を見た。
『獣王様。それはいささか買い被りが過ぎるというものです。確かに僕は持って生まれたこの業の為に災いを招くと怖れられ、故あって15で村を出てから3年の間人様にはとてもお聞かせできない様な事までして、この身ひとつで生きては来ましたが…。』

 3年前、水藻が女の姿をして若藻(わかも)という名で養父母と暮らしていた村に当時の領主から警護の為と称して兵達が送り込まれた。
長引く戦世(いくさよ)で心の荒んだ兵達は略奪や強姦を始めありとあらゆる非道な悪行を繰り返していたが、歯向かうだけの力を持たない村人達はただ泣き寝入りをする他なかった。ある日酔いに任せて若藻を辱めようと襲ってきた3人の兵達がその場で急死してしまい、発覚すれば災いをもたらす狐憑きの仕業と村人に責められることは想像に難くなかった。その為養父母の身を案じながらも若藻は一人密かに村を出た。
 出来るだけ早く出来るだけ遠くへ。誰一人知らない場所を目指して若藻はただ只管歩いた。
血が滲んで赤く染まった白い足指の痛みも、鉛の様な脚の重さも、泥の様な全身の疲れも、村を出てから数日間何も口にしていない空腹さえも、若藻は最早何も感じなくなっていた。
 ついに見知らぬ西国の街の人通りのない路地で倒れた若藻の脳裏に浮かぶ養父母の姿と声。
「待っているよ。必ず生きて帰っておいで。」
(生きなければ…必ず生きて帰らなければ…約束したのに…養父(ちち)と養母(はは)の元へ…必ず戻るって…。)
朦朧とする意識の中で若藻は『生きたい』と強く“望んだ”。
 (…まだ生きてる?…)
若藻が意識を取り戻して目を開けると、そこは娼館らしい部屋の中だった。横たわる若藻の傍らで玄人風の女がじっと若藻を見つめている。
「気ぃつかはった?あんさん、旅のお方どっしゃろ?路地(ろおじ)の脇に倒れたはったんえ。男衆(おとこしゅ)に頼んでここへ運んでもろうたんやけど、だいじおへんか?」
『貴女が僕を助けて下さったのですね。ありがとうござ…。』
若藻は体を起こそうとしたが激しい目眩に襲われ、女が駆け寄って若藻の体を支えた。
「無理せんとおきやす。お粥(かい)さん炊きましたよって、おあがりやす。」
女は白粥を入れた器を運んで来た。
「えらい弱ったはったんやなぁ。長い事何も食べたはれへんねんやったら、ゆっくり食べんとあきまへんえ。先にお白湯(さゆ)飲まはった方がよろしおす。いきなり食べもん入れたら体がびっくりしまっさかいなぁ。」
女の言葉に従って若藻は白湯と白粥を口にした。空っぽの臓腑にそれらは温かく染み渡った。
「…あんさん、誰ぞに追われたはるのと違いますか?もし行く宛がないんやったら、あんさんさえ良ければどうぞここにおいやす。
…あの…あんさんの介抱しよと思て…うち…堪忍え…。」
女が目を伏せて申し訳なさそうに言った。今まで余裕がなくて若藻は全く気づいていなかったが、気を失っている間に彼女は傷の手当てをし、汚れた体を拭って着替えをさせてくれていた。きっとその時彼女はこの体の事を知ったのだろう。
『いえ…何から何までお世話になってしまいましたね。僕は故あって故郷を離れここまで流れて来た者。行く宛もなく何物も持ち合わせていません。ここに置いて頂けるなら御恩は働いてお返しします。』
 西国の花街のとある娼館に華陽(かよ)という源氏名で白肌・金髪の絶世の美女が居るという噂はすぐに街道筋に広まった。
華陽はその金茶色の瞳で見つめた男を身も心も蕩けんばかりの夢心地にして言葉巧みに操り、誰一人として彼女を抱く事は出来ても彼女の裸体をしかとその目で見る事は出来ないという不思議な娼婦だった。
 そんなある日それまでは平穏だった西国の地にもいよいよ戦乱の波が押し寄せてきた。
「華陽はん!華陽はん!どこにおいやすの?」
『姐(ねえ)さん、血相変えて一体何事ですか?」
「華陽はん。あんさんはもうここに居ったらあきまへんえ。今すぐ発ってどこぞに身をお隠しやす。東国の領主が攻め込んで来てここもじき戦場(いくさば)になる言うて街中大騒ぎや。
あんさんは東国から来たお人。素性が知れてしもうてはあきまへんのやろ?
今すぐに逃げとくれやす。さぁ、はよ。」
その言葉に促されて若藻は密かに娼館を出た。
 戦火を避けてさらに西へ西へと諸国を彷徨いながら、若藻は生きる為夜の街頭に立った。
体は汚れても命さえあれば、生きてさえいれば、いつか故郷に戻れる。ただそれだけを夢見て。
若藻はそれから男として女を誘い、女として男を誘い、物好きな金持ち連中に飼われる暮らしを続けた。
一つ所に長居はせず、次々と場所を変え相手を変え、必要に迫られれば盗みでも何でもした。
人を誑かし悪事に手を染めてもただ只管生きて故郷の養父母の元へ戻る事だけを“望んだ”。

 「まぁ、そういう事だから二人共水藻は頼りにしていい。
宜しく頼むぞ。水藻。」
『はい、獣王様。』
水藻は恭しく礼をした。
「…狛妃と愛はもう下がれ。俺は水藻に話がある。」
獣王は二人に言った。
「獣王様のお邪魔は致しませんわ。」
「わかったわ。お兄様。」
二人は口々に答えるとそっと席を外した。

to be continued
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