IPSO FACTO

アメリカの首都ワシントンで活動するジャーナリストの独り言を活字化してみました。気軽に読んでください。

情報源の秘匿、教科書通りに行かないのは分かってるけれど…

2005-07-07 14:00:42 | ジャーナリズム
今から25年も前に公開された「アーバン・カウボーイ」という映画、ジョン・トラボルタやデブラ・ウインガー(懐かしい!)が出演していたドラマだったはずだけど、何年も前に深夜放送で見て以来、全く映画の内容を忘れていた(というか、今も覚えてないんですが)。その映画の事をふと思い出したのが昨日の晩の事で、スーパーマーケットで石鹸を買った時だった。アメリカに戻る前に大阪のロフトで炭や抹茶ベースの石鹸を幾つか購入していたんだけど、それも無くなってきたため、新しい石鹸を買う事に。普通の石鹸を買えばいいのに、周囲のプチ健康ブームに感化され、今回も「それっぽい」石鹸を買う事に。山羊のミルクをベースにした物まであったけど、僕は「ハーバン・カウボーイ」という石鹸のネーミングが気に入り(正しい英語はハーバルなんだけど、まぁイイでしょう)、それを買ってみた。駄菓子屋で売ってるお菓子のようなネーミングに魅了され、今日もその石鹸のお世話になっております。

ニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラーという記者、僕個人はあまり好きじゃないんだけど、ジャーナリストとしての守秘義務を最後まで放棄することなく、今日の夕方に刑務所に収監された。イラク戦争開戦前には大量破壊兵器をめぐる報道で、ブッシュ政権の広報担当かと野次られた彼女だが、今日はそのブッシュ政権によって刑務所送りにされるという皮肉な結末を迎えている。詳しくは今から書くけれど、情報源の秘匿を巡って2人の記者が全く正反対の行動をとり、それぞれ違う結果に直面したわけで、非常に興味深い一日だった。情報源の秘匿を放棄して、情報源の正体を明かす見返りに収監を免れたタイム誌の記者への風当たりが強いけど、妻子ある彼の胸中はジャーナリズム・スクールの教科書の内容ほど単純では無かったはずだ。

CIA工作員の個人情報漏洩をめぐる問題で、ワシントンの連邦地裁は6日午後、ニューヨークタイムズ紙のジュディス・ミラー記者に対し法廷侮辱罪で収監する命令を下した。イラク問題に詳しい元外交官の妻バレリー・プレームがCIA工作員だったという情報が2003年夏に複数のメディアで明らかにされ、秘密活動に従事する工作員のアイデンティティの公表が深刻な犯罪とするアメリカ政府は、プレームの身分をマスコミにリークした政府高官を特定するための捜査を進めていた。プレームは民間企業でエネルギー問題専門家として働いていたが、この会社がCIAのフロント企業であった事は、2004年1月号のバニティ・フェア誌で明らかになっている。政府はミラー記者とタイム誌のマシュー・クーパー記者に情報源の正体を明らかにするように求めていたが、これまで2人はそれを固く拒否してきた。

裁判所からの収監命令が出てすぐ、ミラー記者はワシントン近郊の刑務所に収監されたが、クーパー記者は情報源を明かす意思を表明して収監を逃れている。秘密活動に従事する諜報関係者の個人情報を漏洩した場合、最高で10年の懲役刑が科される可能性があるが、ミラー記者は最後まで「ジャーナリストは取材源の秘匿を徹底すべき」との方針を崩さなかった。彼女は少なくとも10月頃まで収監される可能性が高い。ジャーナリズムの原則の1つである「守秘義務」をめぐって政府側とメディア側の間で大きな論争を展開してきた今回の問題だが、結果的に原則を守りぬいたミラー記者が収監される形で終末を迎えた。今朝になって情報源とされる人物から証言の許可をもらったというクーパー記者は、ギリギリのところで収監を逃れている。

特別検察官らによって進められている今回の情報源特定作業だが、バレリー・プレームの夫で元外交官のジョセフ・ウイルソン氏がブッシュ政権による外交を公に批判していた事もあり、一部では政治的な報復劇ではないかとの推測も存在している。しかし、メディア関係者らからは今回の裁判所命令がアメリカン・ジャーナリズムの可能性を閉ざす原因にならないかと危惧する声も出ている。ワシントンにあるメディア・リテラシー研究機関「懸念するジャーナリストで作る委員会」のビル・コバック氏はBBCに対し、今回の判決でブッシュ政権に対する深い調査報道を躊躇する記者や組織が増える可能性があると指摘する。フランスのパリに本部を置く「国境無き記者団」も声明を発表し、今回の裁判所の決定がジャーナリズムにとっての後退であり、報道の自由が減少している証拠だと語っている。

報道(とりわけ調査報道の類)の自由が大幅に制限される可能性が出てきた今回の裁判所命令だけど、これでますます読者の活字ジャーナリズムに対する信頼感が損なわれるのではと懸念する声も出ている。ニューヨークタイムズ氏のジェイソン・ブレア元記者による捏造記事スキャンダルや、最近のニューズウイーク誌の報道(グアンタナモ収容施設におけるコーランの取り扱い問題)などで読者の間ではますますアメリカの活字メディアに対する不信感が高まったとされているが、今回の裁判所命令はどのような影響を及ぼすのだろうか?ピュー研究所が今年初めに行った調査では、アメリカ人の45パーセントが新聞記事の内容をほとんど(もしくは全然)信じないと答えており、20年前の16パーセントという数字から大幅に増加している事が分かる。

アラバマ州の高校を卒業したばかりのナタリー・ホロウェーは5月後半に他の124人の卒業生らとカリブ海のアルバを訪れたが、卒業旅行最後の夜(5月30日)に突然姿を消している。事件性が高まる中で、当初はホロウェーの行方を島民らがボランティアで捜索していたが、最近は島民の間からアメリカ人に対する不信感が沸き始めている。失踪事件直後、ホロウェーの宿泊していたホテルの近くで警備員として働いていた黒人男性2人が警察に拘束されたが、彼らは数日後に証拠不十分で釈放されている。それからすぐにホロウェーが地元で人気のナイトスポットを17歳のヨラン・ファン・デル・スルートと2人で離れたという証言が出てきて、ファン・デル・スルートと事件当時一緒に行動していた友人の2人のスリナム系兄弟が警察に身柄を拘束された。

ファン・デル・スルートの父親が地元で判事を務めていた事から、アメリカのメディアはこぞって「事件もみ消し」の可能性を報じ、やがて父親も警察に拘束されるが、すぐにスリナム系の兄弟と父親は釈放されている(ヨランは今も地元警察に拘束されている)。ホロウェーの母親と義理の父親は以前からアルバ島に入り、娘の捜索活動に参加しているが、母親らの最近の発言には地元住民からもブーイングが出始めている。火曜日、2人のスリナム系兄弟が釈放された事に釈然としない母親のべスはアメリカ・メディアとのインタビューで、「私の娘に暴力的な犯罪を犯した2人の容疑者が今日釈放された」と涙ながらに語った。この発言後、自国の司法制度をバカにされたと感じたアルバ島の住民200人ほどが、アルバの旗や横断幕を持って路上でデモを行っている。

デモの現場を目撃したNBCテレビの取材チームによれば、横断幕には「有罪判決が出るまでは誰もが無罪」といったメッセージが書かれており、参加者の中にはホロウェーが近くのベネズエラやブラジルでパーティーに興じていると毒づく者までいた。デモの参加者の多くは一部のアメリカ・メディアの偏向的な報道内容に不満を隠せず、観光業が島の経済の大きなウェートを占めるアルバのイメージダウンは死活問題でもあると語っている。すでにアルバ島の司法関係者はべスに対して法的措置をとる構えを見せており、アメリカ側にアルバ島(オランダ)の司法制度を尊重するように求めている。島内の失業率が1パーセント足らずで、生活のクオリティが高い事でも知られるアルバだが、島民はやはり観光業の衰退を非常に気にしているようだ。「アメリカ・メディアよって僕らはバナナ・リパブリックのように扱われているけど、島民の多くは4つから5つの言葉を話せる教養のある人間なんです」、住民の1人はNBCの記者にそう言い放った。

2012年の夏季オリンピック開催地がロンドンに正式に決定したようで、パリでやるんだろうとなと予想していた僕は、ニュースを聞いてさすがに驚いた。ニューヨーク側がどれだけ本気でオリンピックの誘致に乗り出していたのかは分からないけど、モスクワの次に選考から外れたという早さを考えると、ヒラリー・クリントンらが必死に訴えた「911テロ事件からの復興」という口説き文句はあまり評価されていなかったようだ。2002年に行われたソルトレーク冬季五輪でのアメリカ愛国主義のオンパーレード、アメリカ人じゃない僕や他の友人はかなりの違和感を感じていたけど、テロ事件から半年足らずという事もあって仕方が無いものと割り切っていた。オリンピックの誘致にテロ事件を使うんだったら、世界の半分は立候補する資格があるわけだし、そんな理由には誰も興味を示さないと思う。