昨日は宮城県仙台土木事務所に対して、行政としての暴挙とタイトル名をつけて写真をアップしましたが、今日は行政の不作為というか、怠慢として、写真を掲載します。
これらの写真はいずれも昨日と同じ2月1日の撮影です。
でもこのことに関しては、去年から取り上げていましたし、土木事務所にも写真を一杯添付してEメールしたのですが、住所や氏名を明記して送信したのに返事は一切ありません。
切らなくてもいい木をめったやたらに、メチャクチャに切り倒しておきながら、肝心の水中の枝や沈んでいる鋼矢板の撤去はまったくしようとていません。
私に言わせれば、見た目だけ、外面だけよくして(個人的には悪くしてですが)、肝心の中味はほったらかし、無頓着ということになります。
土木事務所が切らなければ、春には自分で切るつもりですが。
話しはまるっきり変わって、今日の「朝日歌壇」です。
永田和宏と馬場あき子という二人の選者が、「戦争」と「ネクタイ」に関してそれぞれ違う短歌を選んでいます。
こういうことはあまりなかったように感じましたので、ここでも紹介させていただきます。
「ネクタイ」;
「ネクタイを締めなくてよい週末はちょっと長めのあの人の首」(京都市の方)
「ネクタイを締めてしまえばパパでなし不可思議の人へ手を振る二歳」(橿原市の方)
「戦争」;
「ガザ悲しガザより他を知らぬ児ら撃たれ死にたり両脚伸べて」(大阪市の方)
「戦争を知らない子らと戦争しか知らない子らの住むこの地球」(浜松市の方)
私も日常茶飯事、身の回りのことを題材にして短歌(らしきもの)を作って(無理やり)いますが、うまいなあと感心しますし、なんで子どもが犠牲にならなければいけないのか、ガザのやるせない悲劇をこういう形にして世間に訴えるということも出来るのですね。