熱帯果樹写真館ブログ

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「紅キーツ(赤キーツ、レッドキーツ)」とは何だ?2

2010年10月27日 | マンゴー

 前回の「「紅キーツ(赤キーツ、レッドキーツ)」とは何だ?1」では、現段階の研究報告から「紅キーツキーツと異なる品種(系統)であるが、正体は特定できていない」というところまで研究が進んでいる話を書きました。
 今回は、私の独自調査の結果とそこから生まれる疑問等の考察を記します。

 まず、狭間ら(2009)および上田ら(2009)の研究では、「紅キーツ」の正体はサンプル(物的証拠)からのみ探られています。
 つまり、来歴の聞き込み調査が抜けている感が否めません。

 前回、「紅キーツ」の来歴を「どうやら台湾から穂木を導入した人がいたらしい」と書きました。
 私は、この「導入者を特定」し、「どこから何を持ってきたかを確認」することにしました。
 まずは、石垣島だけでなく台湾の熱帯果樹事情にも詳しい石垣島の同志(以前、「台湾旅行記」で‘隊長’として登場した人物、以下隊長)に何か情報を持っていないか電話で確認してみました。

 ねこ「隊長、「紅キーツ」ってあるじゃないですか?」
 隊長「あるね」
 ねこ「「紅キーツ」を石垣島に導入した人って知ってますか?」
 隊長「知ってるよ。僕だよ」


 調査の第一段階「石垣島に「紅キーツ」を導入した人を特定する」は、あっさりと解決しました。

 ねこ「そうなんですか(やっぱり・・・)、では「紅キーツ」の来歴って憶えていますか?」
 隊長「うん。あれは玉井郷の郭文忠さんから貰った「玉文5号」だよ」


 ここで、調査第二段階「どこから何を持ってきたかを確認」も解決しました。

 ねこ「では何故「玉文5号」という名前が残っていないのですか?」
 隊長「僕が持ってきたときは「玉文5号」って説明したんだけど、「玉文5号」なんて誰も知らなかったから「果皮が赤いキーツみたいな品種」ってことで、とりあえず高接ぎしたんだよ」


 それが、いつの間にか「果皮が赤いキーツ」になったんですね・・・。
 以上で、「紅キーツ」に係る聞き込み調査は終了ですが、その結果を踏まえた補足説明や考察、提言を以下に記します。


 まずは「玉文5号」という品種について説明をします。
 台湾の台南県に玉井郷という集落があります。
 玉井郷は、マンゴー生産がとても盛んな地域として知られています。
 また、玉井郷にいる民間育種家の郭文忠氏は、マンゴーの育種家として高名です。
 郭文忠氏が選抜・育成した品種(系統?)は、‘玉’井郷の‘文’忠さんが選抜したことから「玉文○号」という名称で知られています。
 読み方は、国内では通常「ぎょくぶん」なんて発音されていますが、台湾語では「ユウィン(Yu-Win)」です(李ら.2009)。
 また、国内では「玉文」とだけ表記されているものを見かけますが、「○号」を付けないと品種名表記としては不完全だと思います。

 「玉文5号」の説明は、「玉井郷農會」のサイトの「品種風味」のページから引用します(図1)。




図1:玉文5号の説明


 玉井郷の農家 郭文忠氏の果樹園で実生選出により得られた品種。
 果実は球形で果梗部が凹む。果実重量は1,000gで、果実の長径は14.5cm、短径は12.8×10.6cm。果皮は赤色を呈し、果肉は黄金色で繊維がなく、果肉率は88.96%、肉質は細かい。糖度(Brix)は低く10.3%、糖酸比は38.3%、香りは薄い。結実率は高く、豊産性である。

(ねこがため 訳)



 「紅キーツ」の大玉果実の糖度が低いのも、「玉文5号」であるなら納得です。
 その他の説明も「紅キーツ」の特徴と一致している様に思います。

 ここで喜び勇んで「紅キーツ=キーツ」と結論づけたいところですが、「玉井郷農會」のサイトの「品種介紹(品種紹介)」のページには「紅凱特(紅キーツ)」という品種が紹介されています(図2)。




図2:紅凱特の説明


 西暦1986年頃、台南県玉井郷において果樹農家の果樹園内で、実生で育成した樹の果実が大きく、果皮が赤色を呈し、果実は円形で、キーツに似ていたので「紅凱特(紅キーツ)」と呼ばれた。
 当時、この様に大きな果実は珍しかったが、果実が熟したときに糖度が低く、酸度が高いという欠点が見つかった。
 そのため、趣味の栽培か、御先祖様や神様へのお供え物としての利用されている。
 果実品質は、平均果重量が1,342g、糖度(Brix)12%、酸度0.31%、糖酸比39%、繊維は粗く、口当たりが悪いので経済栽培の価値は無い。農政部局は育種素材として保管している。

(ねこがため 訳)



 説明文中の「繊維が粗い」は、私が知る日本で栽培されている「紅キーツ」には当てはまりませんので別品種だと思います。
 ただし、新たに台湾から「紅キーツ」の苗を導入しようとした人が、この品種の穂木や苗を導入していないとは言い切れません。

 また、アーウィンを母本、キーツを父本の掛け合わせで育成された「金興」等も「紅キーツ」の名前で流通しそうな気がします。

 この様に、隊長が導入した「玉文5号」を起源とした「紅キーツ」のみが流通しているのであれば、それは「玉文5号」である可能性が高いと思います。
 しかし、台湾から「玉文5号」以外の「紅キーツ」と称した苗木が導入されていないとは言い切れません。

 そのため、「日本で「紅キーツ」と呼ばれているものには「玉文5号」が含まれている(玉文5号⊆紅キーツ)」としか言えないと思います。

 今後の課題として、
 (1)品種の系統分類学的研究で「紅キーツ」を扱う際は、「玉文5号」を供試品種に加え同一のものか否かを確認する。
 (2)(1)を行う際は、公の研究機関や大学等で保管されている「紅キーツ」を供試する(もしくは来歴を確認する)。
 (3)(2)が「玉文5号」と同一とあると結論づけられた場合は、それ以後は「玉文5号」と名称を改める。
 (4)「紅キーツ≠キーツ」である旨を流通段階で行政や出荷団体が指導する。
 (5)「紅キーツ」という名称を残したいのであれば、「紅キーツ®玉文5号」の様に品種名を明記する。

 といった真実を追究し、誤解を広げない様にすることが必要だと思います。

 蛇足として、「キーツ」は果皮が緑色(一部にピンク色がのる)と考えられていますが、果実によっては果皮色がやや赤くなるものがあります(写真2)。



写真2:緑のキーツ(左)と紅がのったキーツ(右)



 また、台湾やオーストラリアでは「キーツ」は果皮が赤くなる(全体が真っ赤という意味ではないと思いますが)と考えられている様です。
 果皮が赤いからといって「キーツ」ではないと言い切るのも早計なのかもしれません。


○参考文献
 ・「SSRマーカーを用いた“紅キーツ”を含むマンゴー品種群の遺伝的類縁関係の調査」.2009.狭間英信・本勝千歳・湯地健一・Ian Bally・米森敬三.熱帯農業研究;第2巻別号2;p.17-18.日本熱帯農業学会.
 ・「沖縄に古くからあるマンゴーの遺伝的多様性」.2009.上田祐未・山中愼介・樋口浩和・縄田栄治.熱帯農業研究;第2巻別号 2;p.15-16.日本熱帯農業学会.
 ・「芒果種原親縁関係之研究」.2009.李文立・邱國棟・翁一司.台灣農業研究;58(4);p.243-253.行政院農業委員會農業試驗所PDF:1556KB

○参考サイト
 ・「行政院農業委員會農業試驗所
 ・「玉井郷農會

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2 コメント

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Unknown (とっしー)
2010-10-27 08:24:49
今回の探偵物語、おもしろく読ませて頂きました。一昨年に与論島産のレッドキーツを初めて頂きました。めちゃおいしかったです。今年もこれを求めましたが、県内には出荷されていないということでした。今年は糸満産のレッドキーツを食べてみましたが、どうも与論のヤツとは違うような食感でした。同時に食べたわけではないので断定できません。品種が確定されないままに通称名で流通され始めているようですね。
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紅キーツの味のバラツキ (ねこがため)
2010-10-28 04:51:46
>とっしーさん
 「紅キーツとは何だ?」は、紅キーツを語る上で「キーツとは別品種なんだよ。何故なら・・・」という前提条件が共有できる様に書きました。

 その上で、マンゴーの味のバラツキの話をすると、アーウィンでもキーツでも産地によって味の違いがある気がします。
 と言うか、産地により味の個性がある気がします。
 よく言われるのが、pHが低めの土地(国頭マージ)ではコクが出て、pHが高めの土地(島尻マージに客土)ではアッサリ風味です。
 これは、味を糖度(Brix)だけで見ても反映されない様です。

 これとは別に、同じ畑でも樹によって甘い樹、味が薄い樹なんてのもある気がします。
 これは大抵、上記の産地の個性を踏まえた上での味の変化みたいです。
 こちらは糖度(Brix)が反映され、数値的に表すことができそうです。
 同地域の畑による違いもよく似た感じです。
 味を良くする工夫は、ここがポイントかと思います。

 そして、品種による味のバラツキ具合というのがあります。
 これは、アーウィンとキーツの味が違うよ、とか言う基本的な話ではなく、同じ品種、同じ樹内、同じ収穫時期でも味(糖度や香り)のバラツキが大きい品種とそうでない品種があるということです。
 紅キーツ®玉文5号は、このバラツキが大きい品種だと思います。
 特に大玉は、甘いものと、淡いものが両極端です。
 また、大玉のマンゴーは、この品種に限らず、同じ果実内でも味(熟度)のバラツキも大きくなる様です。
 ただし、ヤニ臭さは少ない品種なので、ハズレを引いても味が淡いだけです(果肉崩壊症というハズレもありますが)。

 それでも、マンゴーを作り込んでいる人(または食べ込んでいる人)ほど、この味のバラツキは気になると思います。
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