摂氏911

自然な生き方をめざす女性が、日々のできごと、感じたことなどをつづります。

運動の成否を分けた?人間関係

2005-10-25 23:51:50 | 社会活動
昨日は、神田町に新しく開設する事務所の
引越し作業を手伝った。
新しい事務所は、広瀬社長が立ち上げた
「岐阜地区新鉄道設立準備室」が使うものだ。

そこで、「ふくい路面電車とまちづくりの会(ROBA)」の
Sさんに会った。
Sさんと言えば、RACDA高岡の幹事でもあり、
2004年9月2日のNHK総合「ご近所の底力」
和歌山県の貴志川線存続へのアドバイス提供役として
登場もした。
さしずめ「鉄道再生請負人」といった感じの人である。
広瀬社長の求めに応じ、
路面電車再生の事業計画の作成を手伝うことになっている。

私は、以前から知りたかった
高岡での路面電車の存廃それぞれの場合に必要な
費用の試算について質問した。
それは費用便益分析で算出されたものだとのことだった。
そして、万葉線存続に関する資料を
いくつか貸してもらった。

ひとしきりその話をした後に、
岐阜で路面電車の存続運動が
始まった頃の話になった。
Sさんはその頃の私達の集まりに
何度か出たことがあるそうだ。
「あの時集まっていた人達の人数、顔ぶれを見て
岐阜は大丈夫だと思ったんですけどねぇ。。」
その後、再びSさんが岐阜に来たときには
ごそっと人が抜けていたのだ。

私自身はその頃まだ会社勤めをしていて、
活動の中心にはいなかったから、
何が起こったのか詳しくは知らない。
残った人、去った人の中心的な人物を知っているが、
彼らは多くを語らない。

「福井や高岡でも、分裂しそうになったんですよ。
どこでもある話ではありますが。。
でも、あの時のメンバーが揃っていれば、
電車は残っていたと思います」
Sさんは、そう言った。

確かに、よくあることだ。
だからこそ、検証しておくべき問題ではないだろうか。
分裂せずに運動の目的が達成されたところと、
分裂して運動が勢いを失ったところとを分けたのは
何だったのか、私は知りたい。


<ぎゃらりー 路面電車の線路は今… その3>

円徳寺前の旧金宝町電停。
バスが連なってくる。

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