志情(しなさき)の海へ

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「ルネッサンスとは何であったのか」一言で言えば、すべてを疑うこと、だと塩野七尾さん!

2018-07-08 12:43:21 | 真実の在り処

日本の国がガタガタに見えるのですが、つまり「嘘も方便」でおおいに嘘をついていいのだと、国の舵取りをしている方々が模範を示していますね!FAKEがこれほど飛び交った時代もないのでしょうか?メディアもFAKE嘘・偽りを放映している事例も多々ありそうですね。真実とは何か?常に問われていますね。メディアの報道に踊らされる私たち?大衆誘導の専門家(プロ集団)が内閣府にはいるのですね。どの国家の中枢も国民の支配装置を堅固にするためのブレイン(頭脳集団)を大いに活用しているに違いないのですが、彼らと国家権力の歪みや腐敗を監視する第三者組織が必要ですね。真に市民のための国家装置になっているのか、ですね。それらをチェックし、特権層のための政策ではなくより多くの市民の基本的人権や生活権、表現の自由を保障するすための仕組みや法律にするための仕組みが要求されているのですよね。総てのメディアが国家中枢の国民支配装置として機能すると全くの全体主義国家になりますね。民主主義の仮面をつけた全体主義・独裁国家にならない・しないための市民レヴェルの運動は絶えず要求されていることになりますね。グローカル時代は内外から批判の眼差しが飛んできます。それはいいね!

塩野七生氏が

『ルネッサンスとは何であったのか』
https://amzn.to/2KGNO7F

で次の言葉を述べている。
「ルネッサンスとは、一言で言えば、すべてを疑うこと」skepticismはいいね!

流布される情報を鵜呑みにせず、自分の目でものを見て、 自分の頭で考えるこ
と。これがルネッサンスを生んだのだと塩野氏は指摘している。(植草さんのブログ)←そこはいいのですが、著書に対しては?

 ただ塩野さんの著書に対して、批判もありますね!イタリア史の第一人者(作家)と評価が高いのでしょうか?

1人の方のコメントが以下です!https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%A1%A9%E9%87%8E-%E4%B8%83%E7%94%9F/product-reviews/4101181314/ref=cm_cr_dp_d_srvw_btm?ie=UTF8&reviewerType=all_reviews&sortBy=recent#R3UW76AGFYJ8BQ

ルネサンスを正しく把握するのに必要なグローバルかつ広範な時代に
またがる全知識量を100とすれば、著者の主たる知識はローマであり、
そこでの美術館、博物館での美術鑑賞経験なので、まあ10という
ところでしょう。
ところがまずいことに、著者は見たいと思う事実しかその知識の中に
見ないので、8はフィルタリングされて消えて無くなり、残っているのは
2だけです。
実は8の中には、自身がお持ちでない90の知識の片鱗も紛れこんでいるの
ですが。
その2からルネサンス解釈を好きに行っているので、その結果は「歴史で
はない」となってしまいます。
まずルネサンス人の選定からして間違っています。これはルネサンス解釈が
間違いなので当然の帰結ではあります。
まずコペルニクス、ガリレオ、トリチェリ、ケプラーなどまともな自然科学
者が皆無です。←ここは問題ですね!ガリレオ、ケプラーは凄いです!
トスカネリが唯一自然科学者として挙げられていますが、専門は数学と地理
でありこれらは自然科学ではありません。彗星の位置観測は行ないましたが
ケプラーのようにそこから天体運動の法則を導き出した訳でも無くアマチュア
の天体観測レベルです。この書にはハレー彗星を4回観測したらしいと書いて
ありますが、長寿の世界新記録となり凄いですね。
この人物の選定理由は、コロンブスにヒントを与えたからですが、この男の
計算の緻密さのお蔭で、それを検算する能力のないコロンブスはアメリカを
インド東岸と勘違いさせられました。

本書の特徴をなすのが、アシジのフランチェスコをルネサンス人に入れて
いることですが、このことだけでもルネサンス解釈が根本的に間違っている
のが分かります。←でも日本ではベストセラーですか?
著者が言うような、ローマ法王庁や教会のやり方に盾突くことが、ルネサンス
精神ではありません。そう解釈するから、フランチェスコやフリードリヒ二世
果ては、ルネサンスに幕引きを図った張本人の一人であるルターまでがルネサンス
人になってしまうのです。
ルネサンス精神が疑念と批判の鉾先を向けているのは、キリスト教自体、ソクラテス
に始まりプラトン、アリストテレスに至るギリシャ腐敗哲学、それと、キリスト教
と腐敗哲学はともに二元論で相性が非常に良いことに着目したアクイナスが両者を
野合させてでっち上げたスコラ哲学なのです。

ルネサンス期のローマ法王庁に横溢していたのは、キリスト教でも聖書でもなく
ソクラテス以前のギリシャ精神、キリスト教が蔓延る以前のローマ精神だったの
です。つまりその時点でローマ法王庁はキリスト教の仮面のもと、内実はすでに
キリスト教を克服していたのです。←ちょっと疑問です!
それに反旗を翻したのがキリスト教原理主義者達で、アンチルネサンスの宗教改革
及び反宗教改革を引き起こすことになりました。←キリスト教改革派ですか。

また著者が言うような、ルネサンスの後世に及ぼした影響は、おつむの少し弱い
船乗りの冒険譚なんかではありません。そんなものはイスラム圏にもありました。
最も重要な影響は、ルネサンスを経験しなかったイスラム文化圏には起こらなかった、
自然科学と技術の驚異的な発展です。このお蔭で、良し悪しは別としてその後の
植民地化政策も達成できたのです。

おそらく本書のルネサンス解釈は、世界最低レベルであり、一体どんなレベルな
のか、怖いもの見たさの読者には格好の書です。←なるほど?
また「ローマ人の物語」を読んで、著者の歴史認識に疑念や違和感を覚えた方は、
本書を読むことで疑念は確信に変わり、違和感を解消できます。←それでもモテモテ?
そう言う意味で、優良可で判定すればお情けで良とし、三点を献上しました。
巻尾の太鼓持ちの文芸評論家との対談も、根本的な誤解が前提ではあるものの
意外とまともですし。←ちょっと矛盾しますね。★が3個は高い評価ですね!


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