種から成長してほぼ3ヶ月。やっと引き抜いてもいい高さまで成長してきた。小さい頃の川沿いの家の菜園が浮かんでくる。あの頃、取り立ての春菊やホウレン草が食卓を楽しいものにした。すき焼きや鍋料理が格別だった。🐓の卵も直に産み落としたのを見つけて拾う楽しみがあった。ゴボウ畑もあって飼っていた七面鳥に追いかけられたりもした。
菜園から直に取ってきて味噌汁に入れたり野菜炒めに利用した野菜たちは、陽光のしたでぴかぴか輝いて見えた。あの頃が家族が一番幸せな時だったのかもしれない。
今、那覇の一角で、菜園から取れた野菜が食べられることに不思議な高揚感が起こる。
(つぶやき)
「食せる」が気になってしらべたら、ショクセルの意味で使ったのですが、くわせるの意味になるのですね。食すはショクスでいいのだが、日本語の表現は難しいと実感。詩や小説など創作をしてきた方々の言葉への敏感な感性と研究心はことばに関する分厚い辞典に囲まれていた身近にいた詩人の部屋を見てもわかるのですが、いかに自らの創作願望(が続いている)が薄っぺらだったか、認識させられます。なぐり書きはできます。それらをきちんと練り直していく作業がたいへんです。その点大手出版社の編集者は凄いですね。簡単に書かれたように見え詩でもものすごい推敲がなされて形になることは確かです。まして小説となると~、膨大な時間が必要かと~。
確かに、ことばを彫刻のように掘って掘っていた姿があったのでした。言葉を掘る行為はなまやさしいものではないですね。今アウトラインと向き合っていて、なぜか踏み出せないのだが、はじめなければで~。この一月でなんとか前に~。
菜園から直に取ってきて味噌汁に入れたり野菜炒めに利用した野菜たちは、陽光のしたでぴかぴか輝いて見えた。あの頃が家族が一番幸せな時だったのかもしれない。
今、那覇の一角で、菜園から取れた野菜が食べられることに不思議な高揚感が起こる。
(つぶやき)
「食せる」が気になってしらべたら、ショクセルの意味で使ったのですが、くわせるの意味になるのですね。食すはショクスでいいのだが、日本語の表現は難しいと実感。詩や小説など創作をしてきた方々の言葉への敏感な感性と研究心はことばに関する分厚い辞典に囲まれていた身近にいた詩人の部屋を見てもわかるのですが、いかに自らの創作願望(が続いている)が薄っぺらだったか、認識させられます。なぐり書きはできます。それらをきちんと練り直していく作業がたいへんです。その点大手出版社の編集者は凄いですね。簡単に書かれたように見え詩でもものすごい推敲がなされて形になることは確かです。まして小説となると~、膨大な時間が必要かと~。
確かに、ことばを彫刻のように掘って掘っていた姿があったのでした。言葉を掘る行為はなまやさしいものではないですね。今アウトラインと向き合っていて、なぜか踏み出せないのだが、はじめなければで~。この一月でなんとか前に~。