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遊里跡の探訪録など。
ブログの日時は、行動日・撮影日に合わせております。

高松 八重垣

2012年03月11日 15時30分00秒 | ◆四国
遊廓→赤線
昭和5年ごろ、業者数34、娼妓数180
昭和30年、業者数41、娼妓数約100
町の歴史は、高松特殊浴場協会の公式サイト「城東百科」(18歳未満禁止)に詳しい。

高松では雨に見舞われ、傘を片手に、ぎこちない体勢になりながら撮影。
ぶれないように注意していたものの、後で見たら、何枚かピンぼけになってしまっていた。


全面がサイディング張りになっているが、もとは看板建築だったとおぼしき建物。
遺構かどうかは、この状態ではなんともいいがたい。


親子格子を左右に配した和風建築。どちらかといえば花街的なたたずまい。

 
[左]こぢんまりとした外観ながら、三つもの入口を備えた、ある意味贅沢ともいえる構え。
[右]ピンぼけ失礼。玄関の巴瓦は鶴のレリーフになっている。

 
[左]一階のタイル張りが目を引くが、これはオリジナルの意匠ではないかもしれない。
[右]笹の葉と鳥の透かし彫りを施された欄干と、桧垣模様を描く戸袋がおもしろい。


右奥に伸びる和風建築。角地のみを洋風に作り変えられている。
生い茂った庭木が中庭からはみ出している。廃屋化して相当年月が経っているらしい。

 
青みがかったグレーが、建物に落ち着いた雰囲気を与えている。建物の状態も良好。
井桁状の桟をあしらった欄間や、カーブを描く飾り窓など、デザインの工夫が見られる。

 
奇妙な平屋建て。なんの建物だったのだろうか。

以下余談。
写真を撮っていると、とある風俗店から、呼び込みの店員が傘もささずに近づいてきた。
注意されるかと思って身構えたら、予想外の質問。
「あのう、写真撮ってますけど、この建物って何かあるんですか?」
「えっ?」
思わぬ問いに言葉を詰まらせていると、
「いや、じつは午前中にも別の人が撮影に来ましてね。不思議に思っていたんですよ」
「ああ、なるほど」
質問の意図がわかり、町のことを簡単に説明すると、店員は礼を言って店に戻っていった。
雨に濡れながらわざわざ聞きに来たのが印象的だった。
写真を撮る人がよほどめずらしかったのだろう。
午前中に来たという撮影者氏は、ひょっとすると、今朝秋田町で会った同好の士かもしれない。

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