6時半、カーテンをひいて朝の光をとりこみ、新鮮な空気を迎えるために窓を開けた。そして時計を確認してから、ふたたびベッドに横になって、昼寝を終えたばかりの猫のようにおもいきり「のび」をして、深い深呼吸をしてから、なにげなく2週間もの間にすっかり見慣れた正面の壁を眺める。
なんだか不思議な光景だ。引力の法則。すべては床に直角に引っ張られる。コンセントのはずれたクーラー。ただ一度も使ったことはない。8月のバリにクーラーなど不要だ。いまは無機質な部屋の装飾。クーラーのためにつけられたコンセント。実は部屋にたった一つしかコンセントはない。不完全で無計画な建築。壁にかけられた竹製のほうき。たぶんベッドの埃やごみを落とすためにあるんだろうが、中途半端な高さに打たれた釘にかかっていて、いったんはずした後、それを元に戻そうとするとヨーヨー釣りをしているかのようにもてあそばれる。人間を見下したような挑戦的な釘。
もう一度、腕時計を見つめる。しかし、さっき見たときとわずか1分も進んでいない。人間の思考能力とはすごいものだ。数十秒の間にぼくは、引力の法則にしたがって並んだとりとめのない「もの」についてこんなことを考えるなんて。しかし人間はつねにそんな思考を繰り返しているに違いない。五感が研ぎ澄まされている早朝と深夜にだけ、私はそんな思考を反芻して、それを文章に書き残すことができるのであって、諸感覚が正常に働いている間は、決して記憶されることのない思考経験は、自分の前を一瞬のごとく過ぎ去っていく。形も色も見極めることが不可能なくらいに高速度で。記憶されない思考は文章としては残らない。(9月11日、デンパサールで記す)
なんだか不思議な光景だ。引力の法則。すべては床に直角に引っ張られる。コンセントのはずれたクーラー。ただ一度も使ったことはない。8月のバリにクーラーなど不要だ。いまは無機質な部屋の装飾。クーラーのためにつけられたコンセント。実は部屋にたった一つしかコンセントはない。不完全で無計画な建築。壁にかけられた竹製のほうき。たぶんベッドの埃やごみを落とすためにあるんだろうが、中途半端な高さに打たれた釘にかかっていて、いったんはずした後、それを元に戻そうとするとヨーヨー釣りをしているかのようにもてあそばれる。人間を見下したような挑戦的な釘。
もう一度、腕時計を見つめる。しかし、さっき見たときとわずか1分も進んでいない。人間の思考能力とはすごいものだ。数十秒の間にぼくは、引力の法則にしたがって並んだとりとめのない「もの」についてこんなことを考えるなんて。しかし人間はつねにそんな思考を繰り返しているに違いない。五感が研ぎ澄まされている早朝と深夜にだけ、私はそんな思考を反芻して、それを文章に書き残すことができるのであって、諸感覚が正常に働いている間は、決して記憶されることのない思考経験は、自分の前を一瞬のごとく過ぎ去っていく。形も色も見極めることが不可能なくらいに高速度で。記憶されない思考は文章としては残らない。(9月11日、デンパサールで記す)