脳辺雑記帖 (Nohhen-zahts)

脳病と心筋梗塞を患っての独り暮し、Rondo-Nth の生活・世相雑記。気まぐれ更新ですが、気長にお付合い下さい。

安吾小論(1)

2007年11月04日 14時02分30秒 | 読書・鑑賞雑感
戦後、焼け跡に拡がる混沌の中で、
坂口安吾は、昭和21年『新潮』6月号に『白痴』を発表した。
この作品は、焼け野原からの復興を目指す敗戦直後の現在から、
敗戦直前の軍国日本、廃墟と化しつつある日本に想いを交差させながらも、
誰が何に負けようが相も変らぬ、生活の路地裏噺から筆が起こされている。


「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいたが、
 まったく、住む建物も各々の食事も殆ど変っていやしない。
 物置のようなひん曲った建物があって、
 階下には主人主婦、天井裏には母と娘が間借りしていて、
 この娘は相手の分らぬ子供を孕んでいる。」
  (坂口安吾『白痴』新潮文庫から引用。 以下、随時の改行は筆者に拠る。)


主人公の伊沢は、新聞記者上がりの演出家見習という勤め人である。
伊沢が借り住まいをしている仕立屋の離れでは、
「のしかかるように年中水の流れる音と女房どもの下品な声が溢れ」、

近所には、町内会の役員連中と「公平」に交わって妊娠した娘やら、
その娘の生活費でもめる町会の自営業者達、安アパートに住む淫売や妾、
軍需工場の女子寮の「戦時夫人」という面々…。

品不足で休業中の百貨店では、連日賭場が開かれ、
商店街と安アパートと場末の小工場が乱脈かつ背徳的に絡み合う、
猥雑な人間の姿をした「町」がある。

そんな人間模様の一つの綾として、ある未亡人の話はトンチが利いている。
米の配給所の裏手に住む子持ちの未亡人には、
兄と妹がいるが、二人は「夫婦」の関係である。
未亡人は、その方が「安上がり」だと黙認していた処、
兄の方に女が出来てしまった。


「そこで、妹の方をかたづける必要があって 親戚に当る五十とか六十とかの老人の
 ところへ嫁入りということになり、妹が猫イラズを飲んだ。
 … 結局死んでしまったが、
 そのとき町内の医者が心臓麻痺の診断書をくれて 話はそのまま消えてしまった。
 
 え? どの医者がそんな便利な診断書をくれるんですか、
 と伊沢が仰天して訊ねると、仕立屋の方が呆気にとられた面持で、
 なんですか、よそじゃ、そうじゃないんですか、と訊いた。」
                              (坂口安吾『白痴』)
                                     (続)

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