「蒸し返すな」と「糾す会」の方におっしゃった信者さんがいらっしゃるそうですね。あるいは、「糾す会」が文書を配布しても、事件のことをまったくご存知ない方がいらっしゃるようですね。おそらく、大都市以外の教会ではそうした情況が続いているのだろうと思います。これは他の宗教集団にもよく見られることで、本部の問題は地方には伝わらないシステムになっているようです。
しかし、これがアングリカン・コミュニオンを標榜する世界的な組織に属し、ランベス会議にも主教が出席している教会のすることとは思えません。事件は現職司祭による女子児童への準強制わいせつなのです。しかも、民事裁判ではあるものの、最高裁判所が上告棄却・不受理を決定することにより、被害者の主張を100%認めた高等裁判所の判決が確定した事件なのです。ここが一番重要だと思っています。
主教や司祭が「事実無根」と叫んでいた時があったのですが、彼らは一度も裁判を傍聴しに行っていませんし(一人だけ1回、傍聴しに行ったようですが)、高等裁判所の裁判記録をどの程度ご覧になっているのでしょうか。
「糾す会」から出される情報を信者さんには極力見せないようにしているようにも聞こえてきます。愚かなことです。裁判所の裁判記録をご自分の目で確かめてきて下さい。決して難しいものではありません。むしろ、ショックが大きいかと思いますから、それに耐えられるだけの信仰と祈りを持って行って下さい。
裁判ですから、当然のこととして準強制わいせつの実態がそこには記されています。教会の中で、あるいは個人の家でそれが行われたわけですから、誰もが相当なショックをお受けになることは間違いないと思います。裁判記録閲覧の方法については「FH司祭問題を駁す」というブログの2007年6月09日16時13分43秒の」「裁判記録閲覧の手引き」というところに鞍馬天狗氏が書き込んでいます。原文は「糾す会」のメールです。
現実を現実として認識することから信仰が始まるのではないでしょうか。悲しいこと、痛ましいこと、恥ずかしいことを避けて通ったら、神様が造り、今も支配して居給うこの世の現実を見失ってしまいます。そして、何が神様の御旨であるかも考えられなくなってしまいます。仲の良い信者さんで誘い合って、複数で行かれてもいいかと思います。そして、じっくり考え、聖書の御言葉を思い出して祈って下さい。
主教さんや司祭さんでお読みになったことがある方はごく少数だそうですね。是非、信者さんが裁判記録をお読み下さい。そして、ご自分の思ったことを声にして下さい。インターネットは、匿名で声をあげられることが出来ます。
聖職の方々がひた隠しに隠してきたことを、是非知って下さい。そして、被害者とそのご家族のために泣いて下さい。その涙を拭って下さるのは神様だけですから、涙がどうしたら乾くかを祈って、祈って、考え抜いて下さい。
主の平和。