■張銘清転倒事件が起爆剤に
25日台北市で行われた「反中国、反馬政権」デモは、前日の雨も上がり、天候に恵まれる中、台北市を中心に40万人を超える(主催者発表では60万人、警察発表で20万人)市民が集まり、馬政権の下で進む、対中傾斜、経済悪化、貧富格差増大に対する市民の強い不満が示された。
事前に台南で中国の台湾問題当局の幹部でもある張銘清が中国に抗議する群衆に取り囲まれてもみ合いの中で転倒する事件が発生、さらにスキャンダルの渦中にある陳水扁前総統が参加するということもあって、民進党など反政権勢力を何が何でも中傷したい統一派メディアや国民党保守派は、「暴力事件があったので、デモの気勢は弱まった。しかも陳水扁が参加するので、デモは深緑=民進党急進派の一部だけにとどまるだろう」という印象操作を行ったのだが、フタを開いてみると、深緑「だけ」どころか、中間派や浅藍=弱い国民党支持層も含む広範な市民が参加した。
要するにこれは市民の勝利である。統一派メディアによる情報操作など利かないことが明らかになったのだから。
(ちなみに、張銘清事件で、暴力があったのでデモの気勢がそがれるだろうみたいなことを書いた産経の長谷川記者の記事は完全に間違っていたことも明らかになった。やはり中国仕込みの長谷川記者には、台湾の民意は理解できないのだろう)
■陳水扁も過去の人と気にせず国民党系も参加
特に、中間層や国民党支持層が参加したのは、台北市東部そごう近くを出発した第一隊列。しかもこの隊列は陳水扁が率い、陳の熱狂的支持層もいたわけだから、もはや国民党系がいくら陳水扁の問題を持ち出して民進党叩きをやろうとしても、国民党自身の無能、失政、凋落を覆い隠せるものではないことが明らかになったのだ。(これは私も失敗した。陳を見るのが嫌なので、社会運動団体も集まっている第二隊列に向かったのだが、これなら第一隊列に参加するんだった)
陳水扁の問題で怒っていたり意識しているのは、むしろ長年の民進党支持層であって、陳を盲目的に支持する一部の深緑は別として、実は浅緑や中間派や浅藍は陳水扁なんて気にしていない、というか、もはや過去の人となったということだ。
しかも国民党が制定した現行法制度では、陳の選挙余剰金着服も海外送金も、違法にならないのだから、この問題で国民党系が騒げば騒ぐほど、実は公金横領やマネロンをやりたい放題にしてきた国民党が自分の首を締めることになるだろう。
国民党系の中天などは「陳水扁大復権」などとせめてもの抵抗を見せているが、実はデモの成功が悔しいのだろう。
■あまりの気勢にたじろぎ、好意的報道をする国民党系メディア
そういえば、台湾の国民党系メディアも現金なもので、中国時報などは一面に大きく群衆が総統府前広場に集結した写真を掲げたのをはじめ、聯合報もデモにわりと好意的な記事を載せているなど、デモの成功に驚愕し、狼狽し、そして新たに形成されつつある大きなうねりに阿ろうとする必死の様子がうかがえる。
それに対して、張銘清事件のころからおかしいリンゴ日報は、こうした大規模デモの時の慣行になっているように、本紙を包み込む形で特集版4面で報道しているが、トップ見出しはなんと夜の集会で焼身自殺を図ったか放火を図ったのかわからないが、とにかく下半身火達磨になった男が出現した話を持ってきている。何とか集会を矮小化、醜悪化させたい意図がミエミエ。
狼狽といえば、通例ならデモ参加者数をすぐに発表する警察が、遅々として発表せずに、やっと午後9時半になって「20万人」と発表する有様だった。
ただ警察や国家安全系統を通じて、国民党支持層も多く参加したという情報が伝わったのだろう、わざわざデモを避けるようにして新竹に逃げていた馬英九や南部に逃げていた劉兆玄は「施政に不十分な点があった」と初めて誤りを認めた。しかも南部に逃げていた劉は、やはり市民から「辞めろ」と抗議を受ける始末だった。
民進党政権の8年を経た台湾は、すっかり市民の力が強くなったことを示している。まだまだ「独裁を復活させて中国と統一を進めたい」という古臭い思想モードにある馬政権は、もはや狼狽を隠せなくなっている。こんな状態では、政権を投げ出すのは時間の問題だろう。
■聯合報とリンゴ日報の立場が逆転?
そういえば面白かったのは、26日付けの聯合報の投書で、ある教員が日本で「空気を読む」という言葉があることを取り上げて安倍首相がKY首相と呼ばれて退陣を余儀なくされたことをあげて、馬英九に対しても「空気を読め」と訴えている(
馬總統 請「閲讀空氣」)。
これ、馬英九が個人的に憎悪している日本を例に出しているところも皮肉が利いていて、GJといったところ。しかも聯合報がこういうのを載せるのも、それこそ聯合報の編集者が社会の空気を読んでいる証拠だ。というか、10月以降に関していえば、聯合報と聯合晩報は悪くない。経済問題に関して馬政権の失政をよく指摘しているし、むしろ逆に中間派を気取ってきたリンゴ日報が深藍化というか紅化の本性をむき出しにしつつあるのと比べて、聯合報は割りとまとも。中国時報は社説と投書欄はまずまずだが、最近記事を読むところがない。自由時報は情報が一方的なんだけど、これだけ馬政権の無能と媚中ぶりが明らかになっている時期だから、一番説得力はあるわな。だからコンビニでも自由時報が最近一番早く売り切れる。
■つまらなかった夜の集会と現在の民進党の限界
とはいえ、盛り上がったのは、昼間のデモだけ。午後4時から総統府前広場で開かれた集会は、総統府前広場が入りきれず、めちゃ混みになっていたこともあって、徐々に人が離れていったのだが、集会のプログラムがつまらなかったので、さらに人の引きかたに拍車がかかっていった。午後8時を超えるころには広場の人は数千人規模になり、一部はいきなり立法院前に移って、国民投票法の改正を求めて勝手に座り込みを始める、という始末だった。
集会のプログラムがつまらないというのは、民進党の政治家が出てきて演説をするという、をいをい、何年前のパターンだよ?と問いたくなるほどアナクロなパターンだったからだ。
しかも、どうせ政治家を出すなら、張銘清事件の英雄、王定宇を出せばいいのに、そんなことをしないで、統一派から罵倒されることを気にしているのは、意気地がないというか、本当の意味で民意がわかっていない証拠だろう。
それに欲をいえば、民視か三立の討論番組を公開番組としてやれば、もっと盛り上がったはずだ。
張銘清事件で、台湾人の多くは内心では快哉を叫んでいるのである。リンゴ日報などにかかるとそれを歪曲するから、文字を読むのが大好きなインテリ主体の指導部は、リンゴ日報を信じこみ、王定宇や大話新聞を避けたのだろう。
馬英九政権の対中傾斜、および国民党全体の無能ぶりに愛想を尽かしている市民は多いのに、民進党がいまひとつそれを掬いきれず、支持率がドラスティックに上がっているわけではないのは、妙に嗅覚が鈍い点にある。
国民党が90年代前半の思考から、民進党もまた2000-04年の成功体験から離脱できていないというところか。
問題は現在新潮流が党本部を牛耳っていて、広範な社会運動や市民勢力との連携が出てきてない点にあるのだろう。口先では市民社会と連携を強めるといっているが、インテリ層主体の現行指導体制では難しい。
それだけ台湾の市民社会の発展は急速なのである。民主化主導勢力の民進党もいつの間にか市民に乗り越えられてしまった。
■馬を打倒して自分が総統にと夢想するより制度を変えるべし
そもそも現在の問題は、半大統領制という政治体制そのものに起因している。半大統領制は韓国もそうであるように、冷戦反共権威主義体制で、軍事と経済建設に総動員が必要だった時代の歴史的遺物なのだ。確かに総統民選は民主的な制度のように見えるが、行政権を務める首相をおいて、大統領は三権に超然とする形になっている半大統領制ははっきりいって単なる独裁の制度なのである。だから、エジプトと旧ソ連(バルト三国を除く)などを見ればわかるように、半大統領制は独裁と表裏一体なのである。だから、欧州の成熟した民主国家(フィンランド、アイスランド、アイルランド、オーストリア)は、本来の制度設計では大統領民選の半大統領制であっても、いつの間にか責任内閣制、議院内閣制に移行している。
ところが、現在の民進党と国民党本土派も含めた反馬派の問題は、馬を引きずりおろしていずれは自分が権限の強い大統領になろうという野望を抱いている点にある。だから、ダメなんだろう。
デモと集会では、陳水扁や蔡英文や民進党所属県市長らが「馬英九辞任」を叫んだが、こないだまで政権にあった勢力がこれを叫ぶのは本来なら妙なことだ。特に前総統が現総統に辞めろというのは異常である。もちろん、私も馬はやめるべき、あるいは任期をまっとうできずに辞めるだろうと思っているし、そもそも「ダメな総統は任期途中でも辞めるべき」というのは、2006年に赤シャツ隊が陳水扁辞任を叫んだ意趣返しであり、赤シャツ隊が前例をつくったわけだから、もともと国民党に非があるわけだが、問題はその後をどうするかにある。
馬辞任を叫んだ民進党の上層部は、馬が辞めて自分が総統になる、と夢想しているとしか思えない。しかし、それなら、どうせここ数年は良くなるはずがない経済状況の中で、次に総統になった人が引き摺り下ろされるだけなのである。
問題は今の台湾市民社会の発展ぶりにはもはや適していない、時代や社会の動きの速さについていけない(任期が4年というのは明らかに長すぎる)半大統領制にあるのだから、馬を辞めさせるためにも、その問題も考えておかないといけないはずである。
そして議院内閣制にするならするで、体制内でのチェックバランスは必要になるので、二院制にするとか、比例代表部分の比率を多く、定数も増やす必要も出てくるだろう。
反馬勢力のひとつである国民党本土派も一つにまとまった勢力ではないうえ、結局、民進党が強くならないと浮上できない情けない連中だから、民進党がインテリ主体で市民社会と遊離している現状では、国民党本土派も力を持てない。
ただし、民進党が広範な反馬勢力をまとめあげる求心力になりきれない状態も来年までには解決されるだろう。というのも、台湾経済は年末から来年春にかけてのっぴきならない状態になるだろうからである。そうなると民進党もガラガラポンにならざるをえない。
それまで政権側も凋落の一途だが、受け皿の民進党も受け皿になりきれないどっちづかずが続くだろう。