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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 11

2009年10月09日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
          11
 監禁されていた薄暗い倉庫を出るとダイヤモンド
ダストがキラキラと高原の空気に舞っていた。オレ
はベンツに乗り込む前にその倉庫を振り返った。
その穀物倉庫の隣は、かなり大きな養豚場だった。
 そうか。豚のむせるような糞尿の匂いはここから
来ていたのか。ピンクのきれいな二つ穴の鼻が柵囲
いの隙間からいくつも突き出てまるまると太った灰
色の豚がオレを見つめていた。オレは、このベンツ
の奴らが駅で金の入ったロッカーを開けたら、この
養豚場の豚と同じように棍棒で頭を割られて死ぬん
だなあ、と直感した。そしてオレは、それもありか
と腹の底から渇望している自分がいることに何の違
和感も感じなくなっていた。
 ベンツは、高原の農道から海沿いの道に出た。ベ
ンツの後ろの席は、線路を走っているみたいに揺れ
ずにスイスイ進んで快適だったが首なしおっさんに
板で添え木されたオレの左腕が時間が経つに従って
ズキンズキンと痛みが加速して我慢できず唇を噛み
締めてヴヴヴと唸ってしまった。シルクシャツの男
が窓を開けたらオレの唸り声は、海鳴りにかき消さ
れた。
窓外には、広い広い海がつづいていた。
 午後の糸井駅は、人気がなかった。
車は海沿いの国道36号から駅に廻り込んだ。オレ
がこの駅を降りて逃げた出口と反対の方向だったの
でまるで知らない駅に来た感覚に襲われた。
 21番。それがオレのロッカーだ。シルクシャツ
が駅の待合室の奥にあるコインロッカーにカギをも
って行き、中から農協のビニール製の米袋に包んだ
金を取り出してマニキュアを塗った指で札束を確認
して駅の入り口まで戻って来た。
駅前のロータリーの敷石に乗ってシルクシャツは、
OKサインを出してニヤニヤ笑った。運転席でタバ
コを吸っていた髭面のロシア人がそれを見ると振り
返ってオレの目を覗きこんだ。その目は、鹿狩りで
絶壁に手負いの仔鹿を追い詰めたハンターの嬉しそ
うな輝きに似ていた。
 するとパトカーがベンツの後ろからゆるりとやっ
てきてシルクシャツの目の前で停まった。髭面は、
赤いあご髭をガリガリと毟るように掻いてベンツを
静かにバックさせた。パトカーから警官が二人降り
て来て、農協の袋を抱えたシルクシャツとすれ違っ
た。シルクシャツは慌てて速足になってベンツへ急
いだ。駅舎に入ろうとしていた警官の一人が振り返
って袋を抱えた薄着の男とベンツを見つめた。
髭面のロシア人は、シルクシャツを待たずに国道へ
ハンドルを切って出て行った。シルクシャツは、驚
いて立ち止ったがベンツの立去った国道と反対側へ
関係ないぜと言いたいように歩き出した。
 海岸線をずっと進んで今まで砂浜だったのが岩場
になったところでベンツは、停まった。そこは、真
下に大海原の荒波が牙を剥いている突堤の岩礁をコ
ンクリで固めた駐車スペースだった。そこからはま
っすぐに延びた海岸線が苫小牧の港へ美しい曲線に
なって望めた。他に行き交う車も少なく日が差して
いる割りに黒い雲がたれ込めているためにますます
荒涼とした荒いモノクロ写真のように見えた。
 その色のない空を映したウィンドーのドアを開け
て、若い肉団子のロシア人がベンツから出てくると
大きなカモメが急降下してその坊主頭を掠めて飛ん
でいった。
 オレは、背の高い赤髭のロシア人に車から押し出
されてコンクリの先の岩場へ連れて行かれた。絶壁
で足下では荒波が渦巻いていた。そして後からつい
てきた肉団子のロシア人が柔道の足払いの要領でオ
レの膝を蹴って岩場に膝まづかせた。海風が顔に当
たる。ゆるやかな海だと思った。宗谷海峡はもっと
厳しい。
オレの頭のすぐ上にカモメが初夏の湿原に立つ蚊柱
みたいに空を覆って群れていた。鳥の顔がはっきり
と目に入って来た。海鳴りとカモメの声が響く。ロ
シア人の髭面も肉団子も押し黙ってベンツの中で電
話している首なしおっさんを見ていた。
わかってますっ・・・・
ベンツから出て、首なしがケイタイに何か叫んで近
づいて来たが海鳥の声と岩雪も吹き飛ばす砕ける波
の音とで聞き取れなかった。
「ここにちゃんといますって。」と首なしはケイタ
イに向かって唾を飛ばすと座っているオレの顔を蹴
った。三本目の前歯が折れた。オレは、灰色の空に
カモメに混じってウミネコが舞っているのを見なが
ら血の色をした唾を吐いた。
「生きていますって。大丈夫です。それよか白井か
ら連絡ありました?」
白井っていうのは、あのシルクシャツのことか。と
仰向けになったままぼんやり思った。
「このガキが、指名手配。はい。はい。駅に来た警
官はその聞き込みに来たっていうんですか。白井か
らの連絡でわかった。あいつ、もうタクシーで組に
帰ってる・・・」

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