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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-42-

2008年01月04日 | 投稿連載
     愛するココロ 作者 大隈 充
            42
「わたしは、古い映画フィルムは、何もわかりません。
みんな息子が趣味でやっていたことで倉庫や息子の部屋に
もほとんど入ったことがないんです。」
「一緒にお住まいになられたとは、いつ頃からでいらっ
しゃるとですか。」
「はい。あの子が四十歳を過ぎたときに株とか不動産とか
で悠悠自適になりまして、博多のマンションと若松のわたし
の家と行ったり来たりするようになりまして五十歳で病気に
なってからは、わたしが食事の面倒も看るようになりました。
考えてみれば、二度オムツを子供に替えてやることになった
んですね。でもわたしより先に逝かれると、やっぱり辛い
もんです。この頃なんとなく朝三時とか四時とかに目が覚め
てしまって、長生きが恨めしく思うこともありますよ。」
「そんなこと云わんでください。健康が一番ですけ・・・」
「わたしもやっとお迎えが近くなったのか、
肺が弱くなってこうして入院させてもらって
こういうと変ですけど、少しうれしい気がしますよ・・・ああ。
すいません。そこのラジオのスウィッチを入れていただけます?」
ベッドの脇で椅子に座っていたカトキチが窓と壁の間に置かれた
キャスターラックの上にあるトランジスタラジオに手を伸ばした。
「これも年季ものですね。このチャンネルでいいとですか?」
モノラルのスピーカーからベルリオーズのクラシック曲が
聞こえてきた。
「はい。ありがとうございます。いつもこの時間にこの番組を
聞いているものですから」
「名曲クラブですね。そろそろわたしも帰ります。」
「もう少しいてください。無声映画のフィルムはちゃんと
お貸しますから・・」
「でも・・・・」
「ではこの曲が終わるまで。」
「そうですか・・・・」
再びカトキチは、椅子に腰をおろした。
最も原始的な電波に乗って埃の被ったトランジスタ回路を
通って東芝製のモノラルのスピーカーから流れる音楽がどうして
こんなに魅惑的にココロに響くのだろう。
最新のデジタルオーディオのステレオシステムよりもストレート
に音楽がレースのカーテンの締まった夜を隔てた窓カラスに
振動してカトキチと老婦人とのココロの奥底へ届いて波のない湖
のように澄んだ気持ちにさせた。
「亡くなられた息子さんにお子さんがいらしたのご存知でしたか」
「はい・・・」
「前に話したんですが、その栄一というお子さんが私の大学の
生徒で、去年亡くなったんとですよ。」
「はい。前に伺っております。」
「そのお孫さんにはお会いされたことはおありですか。」
「まだ赤ちゃんの頃何回か抱いただけで、息子と別れてから
お嫁さんは一度も寄り付かず、
ついに会わせてもらえませんでした。」
「それでは、博多の海でその、お嫁さんのイズミさんが溺死した
ことや、栄一君が教会の牧師さんに育てられたことは?」
「存じません。」
「・・・栄一君、自分のお父さんと判っていてあの珍しい無声
映画のフィルムを盗んだのではないでしょうか・・・」
「・・・はい。」
「会ってくれない父親に嫌がらせをして、最も健二さんが
大切にされている物を盗めば、取り返しに来て又会えると
自分で考えたとやないやろか・・・」
「・・・・・・」
「私はそう思えてならんとですよ。」
「・・・あの子も盗んだのは誰か、判っていたみたいです。
警察に届けだけ出したけどそれから先は放っておいたみたいですから」
「そうですか・・・」
「あの子は、父親を知らずに育てたもので少し偏った子になって
しまいました。本当に不憫させてしまって・・申し訳ない思いです」
「そうですか・・・・」
丁度ラジオのベルリオーズが終わって低い声の短い解説が入って、
ヨハン・シュトラウスに変わった。
「かならず息子の無声映画、何かわかりませんが警視庁から送
られてきた包みのままお貸しします。」
「ありがとうございます。では私はこれで失礼しますけん。」
ベッドの通路側に立っていたカトキチは直角に頭を下げて出て行った。
ココロに響く魅惑のワルツが聞こえてきた。
老婆は、お辞儀を返すとラックの上の鏡に顔を向けて長い銀色の
髪のほつれを直した。
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