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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局ー3-

2008年03月28日 | 投稿連載
  こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ
           3
 自由が丘デパートは、1953年に駅に隣接して線路に寄り
添うように建設され、大井町線と東横線のクロスする自由が丘
というターミナル駅の立地を生かして、地階から一階は手芸品
から鮮魚、金物、お茶、佃煮、印鑑、小物、洋品店など種々
多彩な店が軒を連ねている。二階三階は、飲食店が主に入って
その総数は百軒近くになる。
かつてこの自由が丘デパートの商店組合の理事長もやったこと
のある鶴見俊平ことツルさんも長年の知り合いのネコタ画材屋
さんの猫田半次郎のとこに年寄りと言っても女が訪ねてくる
ことなんかなかったなと思い返した。
「ネコタ画材店は、三階にあったけど、もうないよ。」
「そうですか。私が猫田さんの店に遊びに来ていたのは、もう
40年以上前ですから。無くなっても当然だわね。」
「ネコさんのお知り合いで?」
「古いお友だちです。」
小作りで、オカッパ頭はすっかり白髪だけどきれいな顔立ち
の水野ハルは、透き通るような声でしっかりと答えた。
ツルさんは、くるくるとバラの花束に贈答リボンを結び終える
と両手でハルに手渡した。
「亡くなりましたよ。二年前に。」
「・・・・・・」
「もうじき八十だったけどがんじゃね。」
「そうですかぁ・・・」
とバラの花束を抱きしめた。
「どうします?その花束。」
「はい?」
「ネコさんに渡すつもりだったら、無駄になるけど・・
お買い上げになりますか。」
「ええ。いただきますとも。」
「セールで2800円です。」
お金を渡しながらハルは、子供のようにチェっと舌を出した。
「もっと早く伺えばよかったわ。ドジね。私」
「でもね。お婆さん。三階の奥のネコタ画材店があったとこ
にお孫さんが新しく改装してカメラ屋さんを出したばかり
だから、行って見るといいよ。」
「ああ。そうですか。お孫さんが。」
「そこの階段の手前にエレベーターの小さいのがあるから
それに乗ると早いよ。」
「はい。有難う。階段で行きましょう。」
バラを抱えたハルは歩き出すと階段の手すりに掴まりながら
ゆっくりと上り始めた。
昔を懐かしんで思い出の道を辿るみたいに一歩ずつ足を進めた。
それはまるでこの階段は知っています、この手すりの手垢
も同じです、踊り場の窓ガラスも覚えています、とでも言う
ようにゆっくりと噛みしめる歩調だった。
 三階のカレー屋や雀荘の並ぶ暗い廊下をまっすぐ歩くと
ネコタ画材店は、あった。
猫田春の祖父、猫田半次郎は、ここに半世紀以上画材店を
開いていた。
このデパートでも古株の人だった。本来画家志望だった
のか赤いベレー帽を普段から被っていた。
いつもニコニコして人畜無害な生き仏みたいな人だったと
ツルさんたち商店仲間はみんな思っていた。よく多摩美
の学生なんかの溜まり場にもなっていた。
二階から三階へ上がる階段でハルは、大きなため息
をついて座りこんだ。
半次郎さん、黙って行っちゃったのね。
あんなに強い人でも病気には勝てないのね。
ハルは、天窓から覗いている青空を見上げてツルさん
たちとは違った、激しくて情熱的なネコさんの姿を
思い出していた。
 ちょうどその時窓の光を遮ったものがあった。
それは大きな額を両手に抱えた若い女だった。
「すいません。通ります。」
大きな体のわりに幼い顔の猫田春だった。
長いストレートヘアを振り乱して三段抜かしで階段
を駆け上って行った。
ハルは、階段の隅に身を寄せて、ごめんなさい、
と微かに声を出した。
そしてブラックジーンズに黒い綿シャツの若い春が
廊下の奥に消えていく足音を聞きながら、
やっぱり帰ろうかなぁ、とバラを壁に立てかけて縞の
着物の足を長く伸ばしたハルは長い深呼吸をして呟いた。
天窓から降り注ぐ陽光が眠ってしまいそうなくらい
ぽかぽかと暖かかった。
 
「すいません。今あけます。」
黒ずくめの春が滑り込むように祝開店の花束に入口が囲
まれた『写真館HAL』の表に駆けつけた。
「開店時間、間違えたかと思ったよ。」
若い母親と小学生の男の子が立っていて、制服を着た
その男の子が腕時計を見てそう言った。
「ごめんなさい。額ぶちを買っていたら、遅くって・・・」
ガチャガチャと大きな音を出しながら写真館扉の鍵を開けた。
「ようこそ、写真館HALへ。はじめてのお客様。」
店の中へ二人を誘導した。
「はい。これ。ギッズさんで服買ったらもらったんで・・」
ヤングミセスのスーツ姿の母親が券を差し出した。
「写真撮影半額券ー子供服キッズローブ」
と書かれていた。そのギッズローブの祝いの花がすぐ脇の
受付の前に飾られている。
「どうぞ、こちらのスタジオへ。」
春が白いドアを開けると中は、小じんまりとしたホリゾント
をめぐらしたスタジオになっていた。
制服姿の少年は、母親と手をつないでホリゾントの真ん中
に立った。
春は、袖を捲くって三脚に固定された6×6
のハッセルのビュアーを覗き込んだ。
「はあーい。自由が丘にぴったりの王子様!」
ライトの柔らかい光の中で少年が急に泣き出した。
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