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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-38-

2007年12月07日 | 投稿連載
愛するココロ 作者 大隅 充
          38 
 夜勤明けは 海べりのルートを走って朝の淡い斜めの光線に
照らされながら遠回りして、好きなアンジェラ・アキの曲と
一緒に口ずさんでお家に帰るのが久美は好きだった。
対向車も少なく一本道を走れば走るほど青々とした玄界灘が
右手にずっとついてきた。
 妹の由香とまだ両親が仲のよかった小学生のときにいつも
この海へ夏休みになると連れてきてもらった。父の毛むく
じゃらの腕とドラミちゃんの浮き輪とを支えにして足の届か
ない沖まで泳いだ。浜辺の新しい水着ではしゃいでいる妹と
お母さんの声や海水浴客の歓声が全く聞こえなくなって不安
になり丸い浮き輪の中で立ち泳ぎをしていると父が静かだろう?
と嬉しそうな顔で言った。波の音と流れる風の音だけがあった。
しばらく父は黙って久美を抱いてくれた。
妙にいつものお父さんとは違う、と感得したことを覚えている。
あのとき幸せだった。
高校生になってまさか父と母が東京と九州で別居するとは夢
にも思わなかった。
あの海への思い出は、まだ無垢の証だった。
だから今でもこの荒い海を見るとココロが落ち着く。
 結婚四年目で仕事もチームで慣れてきて、そろそろ子供が
欲しいなとこの頃、非番の日に公園で親子連れを見かける
とそう思うようになった。
遠賀川の河口に差し掛かったとき、助手席に置いたハンド
バッグの中でケイタイの着信音がした。
久美は、橋の袂で車を停めてケイタイを取り出した。
カトキチからだった。
「エノケンのアメリカでの話は、まったくわからず。
他に何か聞いたことはないだろうか。こちらは、「生ける刃」
の持ち主が行方知れずで困っちょる。」
久美は、そのメールが由香へ送ったさっきの自分のメール
のカトキチへの転送だったことを確認した。加藤教授がそれ
を見て返答してきたところをみると、由香たちの返事が
来ないということは、まだ眠っているのだろう。
ケイタイの時刻は、朝9時を廻っていた。
「私がエノケンさんの担当になったあと聞いたことは、
そのセントルイスの野球チームで野球用具の世話をして
ちょったってことと、何かボールを投げる機械をつくって
アメリカ人がみんなびっくりしたちということだけです。」
 送信すると久美は、バックミラーで荒れた唇にリップ
クリームを塗り、再びエンジンをかけた。
「そうか。それがピッチングマシーンだ。エノケンの発明狂
の第二の人生は、セントルイスからはじまっとったんだ。
ありがとう。」
車を川沿いの道に出ながら久美は、そのカトキチからのメール
を読むとケイタイを開いたハンドバッグの口の中へに投げ込んだ。
 カトキチは、坂の上の古い木造一戸建ての閉ざされた
玄関の前でスマートフォンのキーボードを老人とは思え
ない速さですぐにつづけてメールを打った。
「真鍋くん。トオルくん。判ったよ。その写真に写って
いたマウンドの後ろの機械。エノケンがつくったピッチン
グ・マシーンたい。私は、「生ける刃」のもち主の若松の
家へ来たみたが何日も不在なので今から研究室へ帰ります。」
カトキチは、振り返って玄関の郵便受けにささったまま
の数日分の新聞を指ではじいて、表通りへ出るコケの
生えた石の階段を降りていった。
「なるほど人生自分の望んだコースへは行かんもンばいね。
機械いじりでエノケンは生き返った。日本にも帰ってこれた」
歩きながら今度は独り言をつぶやいた。
「望んだようにならんでん、うまく転がることが人生の秘訣か」
朱塗りの若戸大橋が見える細く曲がりくねった道に停めて
あったワーゲンにカトキチは、歌うように節をつけてそう
言うと乗り込んだ。しかしそのせっかくのメールも京都
では誰も読む者がいなかった。
 朝日に当たりながら所々外壁が剥げかかった五階建ての
ビジネスホテルの脇の百円パーキングの駐車場に停まって
いるワゴン車の中で由香、トオル、学、エノケン一号とが
寄り添うようにぐっすり眠って、ダッシュボードの上で
マナーモードで震えている由香のケイタイに誰一人として
気づかない。
それもその筈寝たのはほんの一時間前だったのだから。
やがてそのケイタイの震えが止まって、しばらくすると
ワゴン車の後部座席の窓ガラスを叩く女の手があった。
年は、四十前後で紺色の作業服を着た痩せたその女は、
ガラスに頬を貼り付けて中で寝ている学に向かって、
生気のない低い声で言った。
「マナブ。マナブったら。起きろ。母ちゃんだよ。」 



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