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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-41-

2007年12月28日 | 投稿連載
     愛するココロ 作者 大隅 充
           41
 夕陽は、正面玄関の門柱に植えられた棕櫚の木の長い影
を駐車場を隔てて車寄せのエントランスのあるひびき総合
病院の本館の三階の第二内科病棟まで投げかけていた。
その病院は、海岸沿いのスイカ畑のまっすぐな坂道を
のぼって行った突き当りにあった。
いま、夕方の定期便のバスが出て行ったばかりで静かに
なったところだった。そしてその坂道は、うす闇の立ち
込めたアスファルトに夕陽の残り火が反射して誰もいない
長い滑り台のように見えた。
しばらくして海から吹いてきた潮風がゆらゆらと坂道
の沿道に密生した雑草をはためかせてパタパタと揺れた
と思ったら、向こうの国道から小さなロバが、ふらふらと
歩いてくるのがわかった。
それは、ロバではなく痩せた老人だった。
疲れきって腰を伸ばしてまた歩き出した髭と剥げ頭の
唐辛子のような顔は、カトキチその人だった。
「先生?加藤先生!」
砂埃りをたてて久美が軽自動車で通りかかって急ブレーキ
を踏むと運転席から声をかけた。
「どうしたとですか。こんなとこ。一人で。」
「いや、若松から山越えでこん病院に来ようとしたっちが、
車は途中でエンストして、携帯電話も電池切れですぐ近い
とばかり思って歩き出したとやけど・・・
こん遠かとは思わんかった。」
「そうですか。乗ってください。夜勤で病院に行くとこやけん」
カトキチは、助かったと一息吐いて助手席に乗り込んだ。
「どこか具合でも悪いとですか。」
「いや、いや。わしは、到って元気ばい。エノケンの出た
映画ば持っちょる婆さんがここのひびき総合病院に入院し
ちょるって、言われたんだでね。」
「ああ。あのエノケンさんの名作ぅ。」
「いや。息子さんが手に入れたものでいつでも見せて
あげますって言われとって、急に連絡がつかんけん、
行ってみて留守で、どげんしょうか思っとったら、
ちょうど帰り際町内会長さんという人がその伏見さんな、
ひびき総合病院に入院しとるって言われて・・」
「そう。でエンストにケイタイの電池切れ。」
とアクセル踏んで滑り台の坂道を病院の中へ久美は、
車を走らせた。
「テクノロジーがいかに人間を弱い存在にしちょるか。
身にしみたばいね。」
ハンカチで思い切り洟をかむと、
「こげなっ!国道長々と歩きよったけん、洟まっ黒たい」
と久美の目の前に広げて見せた。
「先生。やめて・・汚いよ。」
「そうう。しっかりしたサンプルやち思うたけんが・・」
「ああ!そういえば伏見さんって一週間前に肺炎で
入院したおばあちゃんだ。いた。いました。第二内科に」
「八十ぐらいのー」
「そう。そうう。品のいいおばあちゃんよ。」
「肺炎だったとや。」
「あそこ。正面の建物の三階。」
と久美が指差した三階中央の窓に長い白髪の老婆が椅子
に座って外を見つめていた。
海に落ちる夕陽を眺めていた。
伏見さん。お体丈夫ですね。もうすっかり肺炎は治っとります。
このお歳で驚異的な回復力です。二三日したら退院できますよ。
今日の午後の検診で主治医にそう言われた。
皺やシミは確かに八十才だが細い顔立ちは、
きれいな面持ちをしている。
伏見京子。
「夕食下げに来ました。」
二人一組で白衣にマスクをしたおばちゃんが六人部屋の
配膳を片付けに来た。
「息子がまだ食べ終わっとりません。」
京子は、立ち上がってベッドに座った。
「おばあちゃん。どこに息子さんな、いると?」
「今そこにいたんよぉ。」
京子は、窓辺の自分の座っていた椅子を差した。
「誰もおらんねえ。」
京子は、辺りを見回して窓ガラスに映ったひとりの自分
を見つけて、ふぅっと正気に戻った。
「ごめんなさい。」
「よかヨ。亡くなった息子さんがいつもいるのね。
伏見さんには。いいねえー。」
「すいません。又わたし、ココロが空っぽになった。」
優しい笑みをして配膳係りは、出て行った。
入れ替わりにカトキチが入って来た。
「あら。加藤先生。どうしたんですか。」
ベッドに正座して伏見京子は、明るく言った。
「若松の町内会長さんに聞いて見舞いに来ました。」
「そうですか。それはワザワザすいません。」
「元気そうじゃないですか・・・」
さっきまで息子がいたと言っていた窓辺の椅子にカトキチ
が座って、ハンカチを裏返して大きな音で洟をかんだ。
「海に夕陽が落ちてきれいでしたよ。」
そう老婦人に言われてカトキチは、暗い窓を向こうの
境界のぼけた水平線に眼を凝らした。
ちょうど海が寝床についたところだった。
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自由が丘ロール屋~シーちゃんのおやつ手帖29

2007年12月28日 | 味わい探訪
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