世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-03-30 06:51:41 | 月の世の物語・上部編

「そぃ」と、青髪の上部人は言った。青い髪の持主は、上部では珍しくなかったが、彼の髪は深く濃く、明るい月のもたれる宵の空の桔梗色に似ていた。

彼は鋼の大地の一隅に座り、呪文を唱えて、隣に一本の柳の木を立てた。そしてその枝に、月のように丸い銀の鏡をかけた。銀の鏡の中では、あるひとりの人類が、高い舞台に立ち、民衆に向かって、長い演説をしていた。青髪の上部人は、目をかすかに歪めつつ、じっとその様子を観察していた。

「にと」…何を見ている? 背後から声がした。振り向くと、黒い髪をしたひとりの上部人が、いつの間にか後ろに立っていた。彼は青髪の上部人の友人だった。ふたりとも、ついこの間まで地球にいて、何年かの月日を各地の地質浄化のために費やしていたのだが、このたびしばし休息を得るために、上部に戻ってきたのだった。黒髪の上部人は青髪の上部人の隣に座り、同じように銀の鏡を見た。

「よ、に」と、黒髪の上部人が言った。…ほう、選挙演説だね。大国の元首を決めるのか。「たりむ」…そう、なかなかにおもしろいぞ。嘘ばかりついている。見事なものだ。いや、嘘という言葉さえ、恥ずかしくて隠れてしまいそうだ。「いをん」…こいつは現職だね。今度の選挙に通るのは無理だろう。で、何がおもしろくて、こんなものを見ているのだ?

青髪の上部人は、苦笑しつつ、自分の額を指ではじいた。すると、銀の鏡に映る映像が変わった。鏡の中に、虹のようなとりどりの美しい色を織り込んだ夢のような絹のカーテンが現れた。カーテンの裾には、金糸を編み込んだレースの縁飾りが、細やかな花の模様を宝石細工のように並べて光っていた。黒髪の上部人が、顔を歪めた。友人が何を自分に示したいのか、すぐに気付いたからだ。そして、少し苦々しく目を細めて、隣の青髪の上部人を見た。「ゆの」と青髪の上部人は言った。…見ろ、見事だ。カーテンが翻る。すると、彼の言うとおり、銀の鏡の中でカーテンが翻った。するとその裏では、大きな鉛のロボットが、何百と群れをなし、たくさんの木の実のような赤いものをぐしゃぐしゃと踏み潰して地をのし歩いていた。踏み潰しているのは、命だった。無残な叫び声が、ロボットの足元から聞こえた。人の命がほとんどであったが、木や動物の命もあった。黒髪の上部人は苦しそうに目を背け、言った。「ふつ」…わかった。もうやめてくれ。

すると青髪の上部人はすぐに、鏡の映像を、元の選挙演説に戻した。黒髪の上部人は、はあ、と深い息をついた。「そにる、ちりね」青髪の上部人は言った。…気分を害したか?すまない。だがわたしには、少々こいつが興味深いのだ。見事だろう。彼は、まことにすばらしい歌い手だ。その言葉ときたら、本当に虹のように美しい愛を、見事に織りあげる。だが、裏では、邪魔者という邪魔者を、虫のようにつぶしている。特殊警察というものがある。権力とは毒だ。まさに、愚だ。

黒髪の上部人は困ったような顔をしながらそれに答えた。「ふる、ひぬぇ」…わかっている。これが人類の現実だ。こんなことに驚いていては、我々の仕事はつとまらぬ。しかし、君は実にきついことを言う。人類を愛してはいないのか? 
「ね、ひゅみ」…そういうわけではない。ただ、君より少し、彼らに対して抱く苦い思いが、多いだけだ。
「くゆ、ひ」…確かに。君のような人がいても、おかしくはない。それだけのことを人類はやっている。

黒髪の上部人はまた深いため息をついた。そしてまた、鏡に映る人類を見た。現職の候補は、演説を終え、大勢の民衆から喝采を浴びて、笑いながら手を振っているところだった。その笑いが、鉄でできている仮面に、ふたりには見えた。「ひ…」…これが人類か、と、黒髪の上部人が目を歪めながら、苦しそうにつぶやいた。

鏡の中の人間は、仮面に貼りつけた笑いをふりまきながら、大勢の人間と握手を交わしていた。その大勢の人間たちもまた、仮面をつけていた。嘘だった。すべては、嘘だった。何もかも、まるでおかしな芝居にすぎなかった。今も、こんなことをやっているのだ、人類は。今更驚くことではない。だが、青髪の上部人は、鋭い目で鏡を見つめると、ほぉう、と長い息を吐き、「ふぇぬ、もえ」と言った。それは、こういう意味だった。「…民主主義か。ふ、要するに、馬鹿の言うことを聞け、と言う意味だな」
それを聞いた黒髪の上部人は、思わず声をあげて笑った。「ゆぃ、るみ!」…全く、君といると、あきることがない!まさにそのとおりだ。だが自重はしたまえ。言葉が過ぎると、後に辛いことが来る。「ふ」…そんなことは、わかっている。青髪の上部人は言った。

青髪の上部人は、ふん、と息を鼻から吐くと、右手を横に振り、鏡を消した。そして、はぉう、と深い風を吐いた。彼は目を閉じ、眉に苦悶のしわを寄せながら、しばし動かなかった。悲哀の黒い幕が痛く彼の心に落ちた。黒髪の上部人は、悲しげに目を細め、彼の横顔を見つめた。同じ悲哀が、彼の胸をもふさいだ。

桜樹のシステムはもう、動き始めている。目に見えないところで、神は時代の車輪を回していらっしゃる。だが、地球に生きている人類は、まだ、何もわかってはいない。

「ちろ、ぬひ」と、黒髪の上部人が言った。すると、青髪の上部人は目を開けて、「ほろ、こり」と言った。彼らはしばし、風に静かに揺れる柳の木の下で、会話を交わした。

「人類も馬鹿ではない。あれがみな嘘だということくらい、とっくに気づいている。気づいていながら、やっているのだ。ほかに、何をやれることがあるのか、彼らはそれを知らないだけなのだ」
「ああ、確かに。今の彼らには新しい時代のページをめくることが、できない。誰かが教えてやらねば、自分が今やらねばならないことすら、わからないのだ。だから同じことばかり繰り返す」
「そう、だが、彼らは、新しいことを教えてくれる者を、ことごとく、殺してしまう。その者を妬み、憎悪をぶつけ、卑怯な方法で、いとも簡単に、殺してしまうのだ」
「愚かの極みだ。今まで、何人の希望の人がつぶされたか。人間が、魂に関する深い知識を積まないままに、すべてをまるっきり平等にしてしまったからこそ、こうなった。魂の段階の低い者ばかりが権利を振りかざし、自分より段階の高い者をことごとく妬んで殺してしまう。そのために、時代に新しい風を呼べる高い人材が、まったく地上に生きられなくなった。これが、民主主義の致命的な欠陥と言うものだ。時代を高めることのできる人間が今、地上に誰もいないのだ。時代は停滞し、だんだんと腐ってゆく。そして嘘ばかりがはびこり、嘘つきばかりが偉くなり、嘘だけで幻の世界をつくる。人類は気づいているだろう。このままでは、いつかはとんでもないことになるということに」

青髪の上部人が言うと、黒髪の上部人は、一息、沈黙を飲み、眉を歪めて、友人の顔から目をそらした。人類の未来の幻影が垣間見えた。彼の目に青い悲哀が霜のようにはりついた。

青髪の上部人は、緑の柳を見上げると、もう一度呪文を吐き、また鏡を作った。さっきの現職候補の姿が映った。夜になっていた。彼は、私邸の一室で、秘書と明日の遊説についての打ち合わせをしていた。その彼のそばに、ふと、灰色のスーツを着た体格の良い男が近づき、何事かをささやいた。現職候補はそれにうなずき、つぶやくように言った。それは、上部人たちにはこう聞こえた。
「ゴミは掃除しておけ」

すると灰色のスーツの男はうなずいて、すぐに彼のそばから離れた。上部人たちは悲しげにそれを見ていた。その意味はわかっていた。彼は、特殊警察に、一人の女を殺せと命じたのだ。その女がどういう人間なのかも、ふたりにはすぐにわかった。そして彼らが、どんな方法で彼女を殺し、それをどんな方法で秘密の中に塗り込めようとしているかということも、わかった。青髪の上部人は、く、と胸に声をつまらせ、頭を横に振った。黒髪の上部人は、氷のように青ざめ、悲しそうに鏡を見ていた。

「ちと」…もう、見るのはよそう。悲哀が増えるばかりだ。そう言うと、黒髪の上部人が右手を振り、鏡を消した。

「ぬみ」…愚かなのは、わたしの方か、と青髪の上部人は投げるように言った。「ひ、かや」…人類よ、おまえたちを全く憎むことができたら、わたしはどんなにか楽だろう。青髪の上部人が、喉をこするように言った言葉に、黒髪の上部人が答えた。「みる、えひ」…愛は、時に、苦しすぎる。我々は、愛だからこそ、苦しむ。君の苦い思いも、愛ゆえのものだ。人類を、愛することしかできないわたしたちの苦しみを、君はたぶん、わたしよりもずっと強く感じているのだろう。

青髪の上部人は目を伏せてかすかに微笑み、ただ「ふ」と言った。それには、友人への愛と感謝の意味がこもっていた。黒髪の上部人もまた、その彼の苦悩する横顔を、愛のこもった目で見つめた。柳の枝が揺れ、青い香りが沈黙の中に流れた。二人は心を共有し、黙って、空を見上げた。そこには、銀の魚の群れのような星が光っていた。美しい神の気配がした。時は静かに流れた。星の光は少しずつ彼らの悲哀を清めた。やがて、青髪の上部人は、天から胸に染みいるような愛が落ちてくるのを感じ、魂の奥に清らかにも痛い悲しみが刺さるのを感じた。彼は愛のガラスの中に深く沈みこみ、歓喜と悲哀の溶けた光の中で、あえかな卵が割れる音のように、かすかにも魂の奥からほとばしる声を出した。
「い、あめ、かり」…ああ、やらねばならない。たとえ可能性が、虚無よりも虚しくとも。愛は、やらねばならない…。

彼はもう一度呪文を唱え、鏡を出した。そして、例の現職候補を見た。彼は少し青ざめて、書斎の椅子に座っていた。何かよからぬことが起こったらしかった。「よ、ひみ」と黒髪の上部人が言った。…おや、失敗したらしいぞ。女が、どうやら、先手を打って逃げたらしい。青髪の上部人は、ほう、と言って目を見開いた。現職候補は目をあらぬ方向に向けながら、何かをぶつぶつとつぶやいていた。それは、「嘘だ、嘘だ、嘘だ…」と聞こえた。

「もく」「にれ」「じむ」…、ふたりは鏡を見ながら言った。
「マスコミだな。どこかの記者が嗅ぎつけたらしい」「おお、苦しそうだ。ばれたな、とうとう」「やれ、一気に崩れるぞ」「ああ、そう時間はかからぬ。彼は全てを失う」

青髪の上部人は額を指で弾き、鏡の映像を変えた。虹色のカーテンが無残に引きちぎれ、その後ろに、鉛のロボットが次々と倒れ、赤い炎の中にゆらゆらと燃えていくのが見えた。ほむ、青髪の上部人は目を見開いて言った。炎の上を吹く風の中に、ひとひら、桜の花びらを見つけたからだ。
とぅい…、神よ、と青髪の上部人は言った。黒髪の上部人もそれに和した。真実の時代は、もう地上に来ている。桜が、地上に何かの風を起こし始めている。

鏡の映像が、また変わった。書斎に、現職候補の姿はなかった。どこに行ったのか。ふたりはもう追わなかった。ただ、鉛のロボットを燃やしていたと同じ炎が、彼の私邸の柱の根元に、小さく灯り始めているのに気付いた。

ああ、幻が崩れる、という意味のことを、どちらかが、上部の言葉でささやいた。


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