世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ティルチェレ物語 8

2013-10-20 04:16:10 | 薔薇のオルゴール
7 ファンタンが消えた

 翌年の春に、ファンタンのことを書いた、ベックの最新作の本が出た。村長は大喜び。本を大量に買いこんで村人に配った。人気作家の書いた話だけにおもしろい。本は瞬く間に売れた。ファンタンの名前は国中に知られることになった。

 ヨーミス君も読んだが、なんだかあまりおもしろくなかった。話の中のファンタンは、ヨーミス君が感じているファンタンと全然違ったからだ。ファンタンはもっとやさしい。こんなにいたずらばっかりする、小悪魔みたいなものじゃない。

 本の影響で、村に来る観光客が多くなった。けれども、その秋くらいから、変なことが起こり始めた。

 果樹園のりんごが、ちっとも大きくならない。湖からとれる魚が、急に臭くなって食べられなくなった。今まで、湖からとれる魚は、澄んだ森の匂いがして、とてもおいしかったのに、なんだか腐ったようなにおいがする魚ばかりになってしまって、湖の漁で暮らしている村人が困った。もちろん果樹園のエシカさんもとっても困っていた。

 クリステラが倒れたのは、そんな騒ぎのさなかのことだ。グスタフが、いつものようにクリステラの小屋をたずねていくと、クリステラが死んだように青くなって床に倒れていた。グスタフは大慌てで、クリステラを背負って医者のティペンスさんのところに運んだ。

 それから間もなく、村人はようやく気づいた。クリステラのお守りの期限が過ぎても、どんぐりがお茶に入らないのだ。ヨーミス君の自転車にも、ファンタンはどんぐりをぶつけない。お守りの期限がすぎたら、てきめんに、ファンタンのいたずらが起こったのに。

 ティペンスさんの病院に入院したクリステラが言った。
「あのうそつきのせいよ。あいつのせいで、ファンタンがいなくなったのよ」

 ほんとうにそうだった。ファンタンがいなかった。村を覆う空が暗い。山から吹く風が冷たい。花が咲くのが少なくなった。果樹園の林檎の木が一本、枯れ始めた。湖の魚がどんどん臭くなってくる。

 村人たちは青くなった。


(つづく)
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