世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

天使クリエルの話

2012-08-06 07:39:25 | 薔薇のオルゴール

黒曜石の空に散らばる星々は、見えない水晶の木の枝に無数に実る、光る木の実のようでした。時折薄絹のようなオーロラが空を翻り、木の実のような星を鈴のように震わせて、空いっぱいに清らかな音をかき鳴らしてゆきました。

山も谷もない、どこまでも平らかに広がる雲の原の上で、天使クリエルは、ほぃ、というと、雲の原の上に樹冠豊かな桂の大木をあっという間に立たせ、少し呪文を歌って、桂の幹を加工し、幹の中ごろあたりに小さなオルガンの鍵盤をこしらえました。春の薄氷と夏の青い露草の花びらで作った、細長い板が帯のように行儀よく並んだ鍵盤の上には、清らかな香りを放つ桂の小枝が、何かを待ちわびるかのように震えて垂れ下がっていました。

耳をすまし、心を神の水に浸すと、銀河の神の歌が、かすかにクリエルの胸に火を灯し、歓喜に揺れ動きました。クリエルは、ほお、と幸福の息をもらしました。クリエルはオルガンの前に座って、その神の短い歌から得た歓喜から、よきことの美しさを歌うそれは美しい歌を一つこしらえました。それがまことにすばらしかったので、遠くで聞いていた友人が、風に乗せて、喜びと賛美の言葉をクリエルのところへ送ってきました。クリエルもそれがうれしかったので、友人にお礼の言葉を送ると、息を吹いて口から小さな透きとおった水晶の玉を吐き、それを手のひらの上に転がし、先ほど作った曲をその中に流し込みました。玉は、指でちょいちょいと刺激して、息を吹きかけると、先ほどクリエルが奏でたオルガンの曲を、一音たりとも間違えずに美しく歌いあげました。

そうやって、オルガンを弾きながら、いくつかの水晶玉をこしらえた頃、クリエルの耳に、かすかな祈りの声が聞こえてきました。クリエルは、おぉ、と言って立ち上がりました。空に目を細めると、幻の中に人間の世界が見え、たくさんの人間たちが一生懸命、祭りの準備をしているのが見えました。みな、たいそう真剣な顔をして、壁に花を飾ったり、祭壇に供物を並べたり、子どもたちが歌や踊りの練習をしたりしていました。

「ふぃを」クリエルは言いながら、金色の髪を揺らし、雲の原を二、三歩歩くと、普段は隠しておく薄緑色の大きな翼を背に広げました。そして目に力を入れて、全身を光らせると、雲の上をふわりと飛び立ち、目の前に透明な入り口をこしらえて、それをすりぬけ、大きな翼をはためかせながら、青い地球世界へと向かったのです。

入り口を抜けると、すぐに青金石の玉のような地球が見えました。クリエルは、その地球の、小さく光るある一点を目指して降りていきました。クリエルの耳には、そこから、花の歌のようなきれいな心の歌がひとすじ、聞こえてきました。クリエルは地上近くまで飛び降りてくると、ゆっくりと翼をすぼめ、静かに地上に降り立ちました。そして空の明るい太陽に胸に手をあてて深くお辞儀をすると、祈りの歌に耳を澄ませながら、小さな人間の町の中を静かに足で歩いていきました。クリエルが向かったのは、この町の隅にある、ケンパスと呼ばれる、丸い形をしたドームを梅の花の形に並べた、神殿のようなところでした。神殿の庭には花が植えられ、池には金色の鯉が泳いでいました。庭の隅にはこんもりと緑の濃い木が、小さな森のように何本か静かに立っていました。

ケンパスの中には、広間のような大きな部屋があり、そこでは、祭りの準備もほぼ整い、たくさんの大人たちや子どもたちが、行儀よく並んで座って、祭壇の最終点検をしている人の仕事が終わるのを、今か今かと待っていました。クリエルはその様子を、屋根の上から目を細めて透き見ました。クリエルは神の代わりに、これらの人々の祈りを聞き、願いを聞き、祝福や、導きをせねばなりませんでした。

地上に降り立つと、クリエルの体は、ケンパスよりもずっと高かったのですが、クリエルは呪文の魔法をして、だんだんと自分を小さくし、そっとケンパスの中に入っていきました。ケンパスの中に入ると、そこには赤いつる薔薇もようの壁紙を天上にも壁にも一面に貼った美しい部屋があり、その壁の所々には、とても古い時代の形をそのまま残した、四角や丸や扇形の形をした妙にそっけない形のスイッチや、見ようによっては人間の笑い顔に見えるおかしな計器などが数々ありました。そこからもう一つ奥の棟に入っていくと、その部屋の真ん中ほどに、大きなくぼみがあり、その中にはとても大きな鋼鉄製のだるまのような容器が入っていて、その容器には、白いすみれの花の模様が一面に描いてありました。ところどころ、不思議な文字を並べて、呪文のような言葉を描いた黄色いリボンが、すみれの花の中に隠れた蛇のように描かれていました。クリエルは、ふぅ、と少し悲しげにもやさしい声をあげて、その天上の高い部屋を見まわしました。目を細め、人々のために悲しみ、神に祈り、そのすみれ模様の容器に静かな魔法をかけました。

さっき見た広間は、このだるま型の容器のある部屋がある棟の隣の棟にあり、そこではもう、ほとんど祭りの用意は整っているようでした。どうやら祭りの司祭役を務める人間は、クリエルがケンパスに来たことが、なんとなくわかるようでした。何ゆえにかというと、クリエルがその人を見るや否や、司祭はびっくりしたような顔をして、クリエルの方を振り向いたからです。もちろん、司祭には天使の姿が見えはしませんでしたが、しかし、いつもとは違うとてもきれいな匂いがケンパスの中に流れているのには、気付きました。司祭は、祭壇の前に並ぶ人々の先頭に座り、深々とお辞儀した後、後ろを向いて他の人に合図をしました。

司祭は、他のものを導いて、みんなでいっしょに、いかにも人間らしい、まだ堅い桜の実のようだが、愛らしく美しい神への祈りの歌を歌いました。歌は、神への感謝と、愛への賛美と、正しきこと、美しきことへの畏敬が、まことに良い言葉で語られていました。クリエルはしばしその歌に耳を浸し、人々の心の、素直に愛らしいことや、まじめに勉強していることを、心より喜び、愛を微笑みで表し、神の代わりに、あなたがたを祝福する、と深い魔法の言葉で言いました。

祈りの儀式が終わった後、子どもたちが、鈴をつけたかわいらしい衣裳を着て、踊りを踊りました。子どもたちは白い鳥の真似をした服を着て、鈴を鳴らしながら輪になって踊りました。子どもたちは何回も練習したと見え、品の良い所作で、とても上手に踊りました。白い鳥は、清くも正しい心を現すもので、それが喜び踊っているのは、世界が本当に美しくよいものになったということを、意味するのでした。大人たちは歌ったり、手拍子を打ちながら、それを嬉しそうに見ていました。クリエルも嬉しそうに笑ってそれを見ていました。

歌や踊りが終わると、人々は祭りの終わりの儀式をして、祭壇に向かって深くお辞儀をしました。そうして人々は、神への祀りものの、お菓子やお酒や魚や野菜や花などを分けあい、みなうれしそうに帰ってゆきました。残った司祭と数人の大人たちが、天なる神様に深くお辞儀とお礼をしてから、祭壇を折りたたみ、箱にしまいました。そして部屋をきれいに掃き清めると、司祭はもう一度、深く天に向かってお辞儀し、つつがなく祭りが終わったことに、再び神へのお礼をするのでした。

「はるかなる時をゆく我々の道を照らす日であり、ともに歩んでくださる風であり、苦しむ時は抱きしめて下さる月である、全ての神の愛に感謝いたします。我々は昔、間違っていました。でも今はそれを改めています。どうかお導きをくださいますように」

司祭の祈りに、天使クリエルは、その心を喜び、神に必ず伝えよう、そして、この神殿を我々はいつまでも守り続けよう、と答えました。その声は決して人間の耳の鼓膜を震わせることはありませんでしたが、魂の奥深いところには響き、司祭はなぜか胸が熱くなって、目に涙がにじむのでした。

祭りの後始末がすっかり終わると、司祭は何人かの大人と一緒に隣の棟に移り、だるま型の大きな鋼鉄の入れ物のある部屋を通り、つる薔薇模様の壁紙の部屋に入りました。そして、壁紙の花のつるに触ったり、刺に触ったり、壁のところどころにある計器をのぞき込んだりしました。そしてその部屋の隅に飾ってある青い鉢に植えられた小さな金の薔薇の形をした小さな装置に近寄り、その花の芯を、ミツバチのようにそっと指で触りました。すると薔薇が顔を揺らし、美しい声で答えました。

「すべては順調です。すべては、神のお気持ちの通り、正しく行われています」

それを聞くと、司祭はほっとして、ひとつ安心したため息をつきました。
「何事も、大切なのは、まことです。まことをつくしてやることです」司祭が言うと、周りの大人たちが、明るい笑いをして、言いました。「ええ、そのとおり」「ほんとうに、どんなにくるしくとも、わたしたちは、正しい道を生きているのですから、幸せですわ」人々は語り合いました。目に涙を灯す人も、いました。

クリエルは全てを見ていました。そうして、人々の仲良いことと、正しいことを正しくやっている心を喜び、ひとつの水晶玉を、ケンパスの一室の床の下に投げ込みました。それはさっき自ら作ったばかりの、オルガンの曲でした。クリエルは、水晶玉を、人間が美しいことを言うと、それをたたえるために、銀河の神の音楽を奏でるようにしておきました。人間たちには、多分夢の中以外ではその音楽を聴くことはできないでしょうが、清らかな風のように魂には静かにしみ込んでゆきました。それを感じるだけで、人間は自分が嬉しくなり、いくらでもよいことがしたくなり、友達を愛してなんでもしてあげたくなり、それが本当に幸せだと、なにもかもに感謝したくなるのでした。

祭りの後片付けもすっかり終わり、当直を務める人以外は帰宅すると、ケンパスは明かりを消され、夜の中に静もりました。どこからか潮騒の音が聞こえます。ああ、そうでした。ここは海の近くにあるのでした。クリエルはケンパスの外に出ると、体を元の大きさに戻し、しばしケンパスの上に静かに座って、海の景色と、地球の夜空に見える星空を楽しみました。そして心を神に浸し、地球上で聞こえる美しい歌を探しました。すると、クリエルの耳には、ケンパスの中で眠っている当直の人間たちの、見ている夢の中から、かすかな琴の音が聞こえたのです。

琴の音は少し物悲しく、切なく、苦しいとも思えましたが、同時にそれは、たとえようもない大きな喜びでもありました。クリエルは微笑み、その歌を捕まえて、新しい水晶玉に吸い込みました。そしてこれをもとに、新しい音楽を作って、人々の所にまた持ってこようと思いました。その音楽を聞くと、また、人間たちの間に、とても良いことが起こるでしょう。

やがてクリエルは、背に隠していた翼を、再びゆっくりとひろげ、空に飛び立ちました。

遠い遠い昔、今はケンパスと呼ばれるこの建物が、ゲンパツという怪物であり、それが暴れて地球を殺してしまわないように、人間がその怪物をダルマの中に封じ込め、何千年の間、人間たちが工夫した封じの技術を使ったり、時代時代に生まれた新しい技術や芸術や魔法を付け足したり、また神やその他の清らかな霊の導きを受けながら、ここで静かに管理してきたことを、クリエルはよく知っていました。

そして人間ももう、知っていました。何もかもを、愛のためにやれることは、真実の幸福であることを。これからもずっと、子々孫々にわたって、この、怪物を封じた神殿を、ただ毎日こつこつと管理していくという仕事を、人間の愛と正しさの証として、伝えて行かねばならないことを。

クリエルは翼をはためかせながら、高空から少し地上を振り返り、愛すべきものたちが眠っている大地に向かって、静かに祝福の歌を落としました。そしてそのあと、北極星を目印に作っておいた透明な扉から、静かに故郷へと帰っていったのでした。

(おわり)


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